古びた電球屋
とある都市の一角、真新しいコンクリートが並ぶ中に、場違いな古びた建物が建っている。
その建物にある看板には「電球交換屋」「罪人以外は大歓迎」「お好きな物を選べます」と、下手くそな字で書いてある。
恐らく個人経営なのであろうその店の扉を、誰かが叩いた。
「電球交換、やってるかい?」
今日は雷が轟き、雨が降り注ぐ日であった。40代ほどの、コートとカウボーイハットを身につけた男が電球交換屋へ入って来た。その男の右目の電球は今日の空のようにチカチカと点滅していて、今にも消えてしまいそうである。
「はい、やってます。こちらのサンプルの中からお好きな型をお選びください」
客の男にそう言い放ったのは、落ち着いた店内の雰囲気と合う、黒いつなぎを来た店員だった。店員の目の電球は細かい装飾がされていて、その腕前がうかがえる。
客は、多種多様なサンプルを見て悩んだ末、7番と記されたシンプルで分厚いものを選んだ。
「この型でお願いします」
「7番ですね、かしこまりました。燃費のいい蛍光灯種か、世界を色鮮やかに楽しめるハロゲン種、どちらが良いでしょうか?」
「では、ハロゲン種で頼む」
「はい、ハロゲン種ですね。明るさ調整機能の他に、オプションとしてつけたい機能や装飾はありますか?」
客は少し落ち込んだ様子でポケットから、刺繍のある白い古びたハンカチを取り出した。
「……この刺繍のような、チョウ型のフィラメントにすることは出来ないか? 妻の、亡くなった妻のプレゼントなんだ」
「……出来ますよ、少し燃費が悪くなってしまいますが。それでは、電球を制作しますので30分ほどお待ちください」
そういうと、店員は奥の扉へと入っていってしまった。客は店内にあった1人掛けのソファへ座り、ため息をついた。
「はぁ、どうして……」
今日、客は自身の妻が電車事故で天へと旅立った、と知ったばかりであった。遺された客の男に戻ったのは無惨な姿となった妻と、妻が最初にくれた色違いのお揃いのハンカチだったのだ。
客の男は、それを聞いた時自分の半身が消え去ったような感覚に陥った。
それに呼応するように右目の電球が切れかかり、つい先ほど、急いでこの店へ入ったのであった。
もっと妻と一緒に過ごしていればよかったと思った、と仕事ばかりだった自分に後悔しながら感傷に浸る。
そうしていると、いつのまにか店員が戻って来た。
「お客様、電球が出来ましたので試着してみてください。違和感などがあればお申し付けください」
客は右目の古い電球を外し、かわりに曇り一つない電球に付け替える。
「ああ、綺麗だ」
客は思わずそう言い、後悔した。
妻を亡くしてしまったというのに、もうあの綺麗な笑顔は見れないというのに、なぜ感動してしまったのだ。
「それならばよかったです。それではお代の方ですが、1000円となります」
客は値段の安さに驚きつつ、財布から千円札を出した。
「はい、1000円ですね、丁度になります」
「あ、あのう。店員さんは、妻を亡くした当日に、ダメな夫が喜んで良いと思いますか……?」
客は、喜んでしまった負い目から、思わず店員にそう聞いてしまった。こんな質問をしてしまったことに客の男は後悔するが、店員は少し驚きつつも、質問に答えてくれた。
「そうですね、難しいですが……僕は良いと思いますよ。夫の妻だって、夫が自分のことで悩み続けていたら悲しいでしょうし。きっと、いつまでもクヨクヨしているよりは嬉しいでしょうよ」
客の男は店員の発言を聞いて、元気はつらつとしていた妻のことを思い出した。
そうだ、妻はこうやって背中を押してくれる人だった。
「変な質問をして済みません、ありがとうございました」
「いえいえ、お客様の心に寄り添えたならば幸いです。ご来店ありがとうございました」
店員の声に見送られながら、男は店の外に出た。いつのまにか、外の激しい雨は勢いを落とし、優しい雨になっていた。
男は、水たまりだらけの道を、真新しいチョウ型のフィラメントが使われた電球を使い、家へと歩いて行った。
電球を目とする世界で、人知れず電球を作る人のお話。




