ゆるされない
「ほら、いって!」
彼女は僕の背中を押した。なにも言わしてはくれない、ハキハキとした声で僕を突き飛ばした。彼女らしいその声が、うるさい警報音すら押しのけて、嫌に耳に残る。
彼女の手の感覚が消えきらない内に、向こうから大きな鉄箱がライトで僕らを照らした。運転手が急いでかけたのであろう、ブレーキの高い音が聞こえる。だが、遅かった。僕の足元には変わり果てた彼女が転がる。
背後で感じる風が、電車の速度を物語った。僕はただ、ただ怖くって、これが悪い幻覚であることを、震える手で祈った。祈るだけだった。
電車がとうとう動きを止め、辺りに静寂が戻る。そのまま僕がぼんやりと立っていると、救急車だか警察だかのサイレンが聞こえてきた。
その途端に罪悪感が押し寄せる。僕が死ぬはずだった。僕のせいで彼女は、お姉ちゃんは死んだ。なんで僕は死んでいない? なんであんな良い人が代わりに? なんで僕なんかが生きている? なんで? なんで、なんで? なんで……。
振り返ってお姉ちゃんを、お姉ちゃんであった物を見る。もう、彼女の面影なんてなかった。ただの肉と血とが、地面に散乱しているだけ。ハキハキとした声も、しなやかな四肢も、力強い瞳も、柔らかくて短い黒髪も、何もかもがぜーんぶ血溜まりの中でぐっちゃぐちゃだ。
もういやだ。お姉ちゃんが戻ってこないなんて、そんな。僕のせいで。僕のせいで。僕のせいで。とたんに涙が溢れてくる。
警察の人が僕の肩を叩き、何か聞いてくる。聞こえているはずなのに、何を言っているのかわからない。足元がおぼつかない。ふらふらする。冷えた手先が動かない。でも、なにか言わなくっちゃ、と思い
「ごめんなさい」
そう呟いてしまうと、もう僕は許されないんじゃないかって、浅ましい考えが浮かぶ。こんな僕なんかが、許されるわけがないじゃないか。また涙が溢れる。
警察の人は僕の背中をさすって、僕を落ち着かせてくれた。聞き取れないが、僕を心配してくれているらしい。
そのまま背中を押されて、警察の人にパトカーに乗せられた。手の温もりがお姉ちゃんに似ていて、また泣いてしまう。
パトカーで警察署まで行き、また警察の人に何かをいっぱい聞かれる。でも、なにを言っているのかがわかんないし、のどに詰まった餅みたいに上手く言葉もつむげない。
しばらくしていると、お父さんとお母さんが来る。2人の声は、ほんの少し聞きとれた。僕のことを心配しているみたいだ。——僕は、泣いて謝ることしかできなかった。
僕はあの日からずっと責められている。暗い夜に鳴くスズムシが、風に揺れる雑草が僕を責めている。彼女の親も、お父さんもお母さんも責めている。彼女だって責めている。
ああ、のうのうと生きながらえている自分がおぞましい。彼女を殺したのに、人を殺したのに日の下を歩ける自分がおぞましい。
ごめんなさい。彼女を殺してごめんなさい。死ねなくてごめんなさい。迷惑かけてごめんなさい。生きててごめんなさい。
もう彼女のことなんて、罪なんて忘れてしまいたい。裁かれなかった罪なんて忘れたい。なのに、彼女に押された背中が罪を忘れさしてくれなかった。
赦されなかったお話。




