第三章 時雨琴廻
私はただ守りたかっただけだ。
あの日、あのクリスマスの日、私の息子は死んだ。
交通事故だった。時間針平、それが私の息子の名前だ。
小学校からの下校途中だった。
私は仕事が忙しく針平の迎えに間に合いそうになかったので友達と一緒に帰ってくるよう言っておいたのだ。
針平に母親はいない。針平を産んだその日に私の妻は亡くなってしまった。
針平の事故現場では二人組の学生も事故に巻き込まれた様だが二人とも怪我もなく無事だったらしい。
なぜ針平だけが・・・二人の学生は何一つ悪くないはずなのに二人に対しての憎悪とも取れる感情が芽生え始める程に私の心は行き場を失っていた。
時間を戻したい。あの時以上にそう思った時は無いだろう。
針平を失ってから数年が経過したある日、私は一人の女性と運命的な出会いを果たすことになる。
仕事の帰り、その日はあまりにも疲れていたのでコンビニで弁当を買って帰ることにした。
会計を済ませて店を出る。私はこのコンビニから徒歩十五分程先にあるアパートに住んでいた。
少しぼろいアパートだったが男一人暮らしていくには十分な物件だった。
家賃も安いので金銭面でも助かっている。
針平を失って以来生きる気力も意味も何もかもを無くしてしまった様な感覚が続いている。
何もせずただ時間を失っていくだけの日々。時間を戻したい。針平が生きているあの世界に戻りたい。
そんな事を日々考えていた。絶対に叶う事のないただの蜃気楼だ。
いっそこちらから針平に会いに行ってしまおうか・・・そんな危険な考えすらも浮かんでくる毎日だった。
コンビニを後にしてアパートの方へ歩みを進めようとしたその時だった。
一人に女性に声を掛けられた。
「今日はアパートには帰らない方がいいと思います。」
「え?すみません、どう言う事ですか?」
「これからあなたの住むアパートは火事になってしまいます。今アパートに帰ってしまうと命の危険があるので今日は帰らない方がいいと思います。」
急にそんな事を言われたので驚いた。何かのいたずらだろうか。
その後その女性はさらに驚くべき事を口にした。
「信じてもらえるかわかりませんが私には時間が見えるんです。未来のこと・・・これから何が起こるかが見えるんです。」
そんな事を言われて信じれるはずがなかった。疲れも限界に達していたのでその女性を無視してアパートに帰る事にした。
しかし女性は私の後を付いてくる。
「何なんですかあなたは!これ以上付いてくるなら・・・」
その時だった。サイレンの音と共に消防車と救急車が私のアパートがある方へと向かって行った。
まさかと思い、彼女の方へ視線を移す。
彼女は私の目をまっすぐに見つめて頷いた。
私達は消防車が向かった先へ走っていく。たどり着いたのはやはり私の住むアパートだった。
ものすごいい炎と黒煙が夜の空を赤く染める。
消防隊の懸命な消火活動が行われているが、見たところ明らかにこのアパートは手遅れだった。
もちろん私の部屋も赤い炎と黒煙を窓から吐き出している。
私は住む場所まで失ってしまったのだ。隣に立っている彼女の方を見る。
「あなたのこと、信じます・・・」
絶望を通り越した先の冷静に私は飲み込まれる。
この女性が本当に時間が見えるのだとしたら・・・
「あの・・・すみません。あなたに話を聞きたい。少し話せますか?」
「はい。わかりました。」
これが私と彼女との出会いだった。
そう。時雨琴廻との出会いだった。




