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ちょっと、待ってよ。混乱してる。
大丈夫。憶えてるもん。
わたるの愛らしい顔でしょ。
わたるのかわいいい声でしょ。
わたるの誕生日6月でしょ。
それから
わたるはオムライスが好きで人参が苦手で。
わたるはトラックの運転手さんに憧れてて。
甘えん坊の寂しがりやで
泣き虫で
誰よりも優しい子で
何よりも私のこと大好きで!
ほら、ね、大丈夫
ちゃーんと憶えてる。
うん。よし。
私が帰る場所は覚えてる。
わたるの隣。
大丈夫。
うん。大丈夫。
早く元気になって帰らなきゃ。
自分のことわからなくてちょっと焦ったけど、問題ない。
半ば自分に言い聞かせるように大丈夫、と頭の中で唱える。
繰り返しわたるのことを想ううちに、不安定な自分の存在がはっきりと安定していく。
本気で大丈夫だと思えるようになったころ、ふいに部屋の扉をノックする音が響いた。
「失礼いたします。姫様に白湯をお持ちいたしました。」
柔らかな声とともに入ってきたのは、あの青年ではなく、藍色のワンピースに白いエプロンを着た小柄な女の子だ。
「飲めますか?」
薄茶色のボブヘアー。まあるい目。瞳の色は・・・青緑色。
わたるの色だ。
「・・・姫様?やはりいきなり飲み込むのは難しいですね。氷片をお持ちしましょうか。」
声のトーンは柔らかいけど少し低め。
でも、なんて愛らしい子。
似てる・・・
「わたる?」
呟いてしまった名前に女の子の顔が一瞬強張る。
「い、いいえ。わたくしはレニーと申します。ナツメ様より申しつかってまいりました。」
けれど表情が固まったのはほんの一瞬で、すぐに柔らかい雰囲気にもどる。
「あ、ごめんなさい。レニー?」
驚いたことにさっきまであんなに苦労して搾り出していた声が、するりと発せられる。
不思議・・。
でもこれなら何か飲めそう。
「それ、飲んでいいかな?」
レニーはほっとしたように頷き、私の背中に枕を数個あてがう。
全くと言っていいほど力の入らない私を、意外にも軽々と抱き起こす。
華奢で小柄な少女。もしかして私はもっと小さくてほっそりとしているのだろうか。
「持てますか?」
レニーに問われ、ゆるゆると首を横に振る。
まだ物を持ち上げるほどの力はない。
では失礼します、とらくのみを口元まで持ってきてくれた。
コクリ、と程よく冷まされた湯が喉を潤していく。
やっと、生きた心地がする
「もっともらえる?」
ええ、と嬉しそうに微笑むレニー。
この子は姫の知り合いかな。
心配してくれていたのかな。
コクリ。
よほど身体が乾いてしまっていたのだろうか。
コクリ、コクリ。
どんどん染み渡る。
優しい水が身体を潤していく。
コク、コク、コク。
潤い満たされていく。
不思議と気だるさが抜けていく。
・・・ゴックン!
気づくと、レニーの手かららくのみを受け取り、おかわり3回の後、コップに替えて、ポットの湯全てを飲み干していた。
なんてこと!
飲んだのは魔法の薬か?
飲み終わるころには多少の違和感は残るものの、すっかり力が戻っていた。
やった!元気ハツラツ!!
・・って、いやいやいや。
変だ。
三日も眠り続けて飲まず食わずの人間が水分だけで元通りなんて・・・
あの話し声は夢だった?
もしかして普通に昨夜風邪を引いて眠りについただけ?
そうかも。
寝ぼけてる私にわたるが白湯を持ってきてくれたのかも。
目の前の14か15歳の少女にみえるこの子はやっぱりわたる?
「ねえ、私、寝ぼけてるの?」
誰とはなしに、空に問いかける。
シャンとした私を横で見ていたその子は怪訝そうに首を傾げた。
が、次の瞬間にはくすくすと笑い始めた。
微笑ましく・・・ではない。
どこか意地の悪い笑い方。
「ふふ。ねえ、ぼくがわたるにみえるの?」
ぼく??
今度は私が首を傾げる番となった。