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気づいたら、知らない部屋で寝ていた。
見た覚えのある高い天井に大きな天窓。
身体に力は入らないけど、変なだるさはなくなっていた。
私、なんで寝てるんだっけ
すごいめまいがして・・男の人の声がして・・
ぼんやりと、天窓に伝う雫を見る。
少しずつ感覚が戻ってくるなかで、ふと、右手に違和感を感じる。
あのめまいが恐ろしくて、慎重にそろり、と右側に顔を傾ける。
見えたのは私の手を両手で握り、祈るようにベッド脇に膝間づいている男の人の姿。
まっすぐな黒髪を1つに束ね、そのまま背中に流している。
色白だし、髪の毛長いけど、たぶんあの声の男の人。
うつむいているため顔はよく見えない。
ずっとついていてくれたのかな。
状況がよくわからないけど、とりあえずお礼を・・
声を出すのにも力がいるようで、つい、握られた手に力が入る。
はっ、と男の顔が上がる。
「姫・・よかった。目が覚めたのですね。」
ほっとしたのか、泣き笑いのような笑顔。
その顔にドキッと心臓がはねる。
ん??なにこれ
顔も火照るほどに熱くなる。
確かに、切れ長の目にすっとした鼻立ち。整った顔の美青年。
一見冷たそうに見えるその顔が、笑顔で崩れるならどんな女子でもほだされてしまうに違いない。
とはいえ、わたるの笑顔ほどじゃないよね。
へんなの。
まだドキドキしてるよ。
自分の意識とは別のところで、身体が勝手に反応しているみたいな。
自分の身体の変化に戸惑っていると、右手からすっとぬくもりが離れそうになる。
「や、行かないで・・・!」
とてつもない不安感が身体を走り、慌てて相手の手をつかむ。
驚いたような青年の顔。
一瞬の間の後、ふ、と微笑まれ、額に口付けが落とされる。
なにやらヴェールのようなものを被っているようで、布越しに感じられたその感触に安堵する。
「大丈夫。どこにも行きません。ただ、貴方の目が覚めたことを控えの者に伝えてくるだけです。」
私の手から力が抜けたのを確認し、そっと離れる。
ああ、行ってしまった
おでこに口付けなんて初めてされたよ。
うん、チューでもキスでもない。
口付けというやつだ。
それで安心しちゃうなんて・・・
苦笑いしてしまう。
けれど、一人になると心細さがこみ上げてくる。
自分はどうなってしまったのか。
少なくとも3日は眠り続けていたらしいけど
ゆっくりと頭を動かして見える範囲では、ここがドーム上の形をした部屋であることしかわからない。
扉はたぶん右側。
窓もあの大きな天窓だけ。
部屋の真ん中にベッドはあるのか
左右見てみるが家具らしきものはここからじゃ見当たらない。
なかなかいうことをきかない身体。
しぼるようにして出た声も私の声じゃないみたいだった。
この手も自分の手ではないような気がする。
あの人なら何か知ってるかな。
見たことのないような人。名前も知らない 素性の知れない人。
でも、知ってる。
あの人の声を聞くと安心する。
あの人の笑顔を見ると心が騒がざわつく。
姫と呼ばれることも、どこか意識の奥で自分の呼称だと認めている。
だけど私は姫じゃないのよ。
わたるが心配してる。
きっと私を探して泣いてる。
早くわたるのところへ帰らなきゃ。
そうよ、わたしはひめじゃない。ひめじゃ、ない・・・
わたしは・・・わたし、は・・・・?
・・・えー・・・っとーぉ??