わたるという子
「ねえ、あきらはさー・・・俺と弟とどっちが大事なの?」
今からまさに彼と初のベッドイン!という瞬間、室内に義弟からのコールが鳴り響いた。
着うたは「どんぐりころころ」だ。
慌てて電話に飛びつくと「(戦隊ヒーロー)ジャイナマンのお姫様が死んじゃった」と、泣きじゃくったわたるの声。
こうしちゃいられない。
「またね。」と彼に告げ、部屋の扉の前に立った時かけられた冒頭の言葉。
それは私にとってお別れの言葉だった。
「ごめんね。わたるが大事。けーすけのこと、好きだったよ。ばいばい。」
ここで別れ話をしている時間が惜しい。
笑顔で手を振り、部屋を出る。
彼の深いため息が聞こえたけど、私はふりむかない。戻らない。
付き合い始めて三ヶ月。けっこうがんばったほうだと思う。
圭介は優しかったし、一緒にいて楽しかった。
手もつないでキスもした。
彼を間違いなく好きだった。はず。
「だからって、泣いてるわたるを一人にしておけるわけないじゃん!」
・・・これが私の恋が長続きしない理由。
わたるは四歳の可愛いおとうと。
泣き虫わたる。
友達に乱暴されるとすぐに泣いちゃう。
でも、絶対やり返したりしない。
どうしてやりかえさないの?こわいの?ってきいたら
「だって、たたいたら、ともくん、いたいよ?」
逆に、なんでやりかえすの?って変な顔して。
泣き虫だけど、弱虫じゃない。
愛おしいわたる。
私が15歳のときに父親に抱かれて我が家にやってきた。
赤ちゃんなのにふさふさの栗毛色の髪の毛はふわふわで天然がかっていたし、瞳は青緑色のくりくりお目め。
一目見て、血の繋がりはないのだとわかった。
なぜなら、父方も母方も家系は超ストレートな黒髪に切れ長の黒目だから。
家族の誰とも似ていないその子を父親は「あきらのおとうとだよ」と私に抱かせたのであった。
以来私はわたるの虜。
抱いた胸に暖かい何かがずっとある。
「母親ってこんな気持ちなのかな」
我が子を思う気持ちとはちょっと違う気もするけど・・・
去年両親を亡くしたために、今、わたるはあの広いマンションにひとりぼっちになってしまっている。
家政婦さんは5時で帰ってしまっているから、私が帰るまで泣き続けてるに違いない。
なんでお姫様が死んじゃうかなぁ。
ジャイナマンのDVDなんて用意しとくんじゃなかった。
留守番なんて一人でさせるんじゃなかった。
けーすけの口車に乗って帰りが遅くなってしまった自分が恨めしい。
ああ!!早く帰らなきゃ
愛らしいわたるの顔が泣いて腫れあがってしまう前に・・・!!