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軽い栄養失調、つまりはほとんど健常。
ナツメは無理やり私を休ませようとはせず、疲れたら言ってください。と前置きをしてから、話し始めた。
「あなたを知っているか、と言うのは難しいですね。私が知っているのは、あなたが水の神の愛し子だということと、ここではない世界から連れ戻したということ。あなた自身がどのような人間でどのような暮らしをしていたかまでは把握しきれていません。」
またカミノイトシゴ?
「カミノイトシゴって?」
ナツメは驚いたように私を凝視する。
「・・・世界が違うというのはすばらしいですね。あなたはさぞ、お幸せだったことでしょう。」
なぜか、彼の言い方は少し皮肉っぽい。
・・・知ると不幸になるの?知らないと幸せなの?
「何も知らないのですね?」
こくり、と頷く。
「神の愛し子とは、その名のまま、神に愛された人のことです。自身はただの人間です。ただし、その涙は全ての生物にとって良薬となります。そして自身も神に愛されているが故、病に脅かされることはまずない。」
それは、イイコトだよね?
「つまりはこの世界の宝、ですね。誰もがあなたを愛し、敬い、望みます。」
望む・・・?
「ですが、神の愛し子は神の宝。どんなに望まれても人のものにはなれません。もともと神は愛し子を御許にと望んでおりましたが、愛し子自身は人のもとを望んだため、触れない晒さないとの条件をつけてそれを許しました。」
ああ、だから肌の露出のないドレスか・・・
「そうですね、人らしい暮らしをするため顔を晒すのは一応許容範囲内ですが、儀式前なので今は顔も許されません。」
自分のことだ、なんて思えないけど。
私もその神の愛し子?
「・・・あなたは、水の神に歴代の愛し子以上に愛されているのです。」
愛されている”
・・・わからないなぁ
「ここは神の膝元といえるくらい、神に近い世界です。一方、あなたのいた世界は神の存在がとても遠くにある場所です。故に、たぶんあなたの存在は一般人と同等だったのでしょう。触れるのも、晒すのも、神の制約はほとんどなかったのだと思います。」
記憶があったとしても、私は「神の愛し子」って認識がなかったってことか。
でも、愛されてるのに遠くにいるって・・・
「神は愛し子を傍に置くためにこの世界を創られたと云われています。当然ですが、国の王よりも敬われ、大切にされます。・・・過去の王達は神の加護を求め、神の愛し子は存在を認められた時点で王の息子、或いは娘とされ王族になるようになりました。」
うーん?
生まれながらにして姫様とかじゃないの?
どこに生まれるかわからないってこと??
産まれたての赤ちゃんは裸よね?
触られるし、晒すよね?
わからなきゃ、困るじゃない?
愛し子の子供が愛し子になると決まってるわけじゃないのか。
ああ、いやだ。
わけのわからない世界
はやく帰りたい
帰りたい
帰りたい ね
・・・わたる?
ああ まだ 無理
ナツメの説明をしっかり聞いて、理解しなきゃ
この世界を知って、わたるを上手に探さなきゃ
何より自分のことをきちんと知らなければ
帰れない
そんな気がして
受け入れようと、がんばってみた
でも
まだ
無理
ナツメの話す声が遠くなっていく。
せっかく進めると 思ったんだけどな
まるで、現実を拒否するかのように
すぅー・・・っと意識が遠のき
声も聞こえなくなった。
━━━
姫は、どうやら身体を譲ったらしい。
いや。乗っ取られたのか?
記憶がわずかながらも残ってしまったせいだろうか。
邪魔な水ノ子は消せたはずなのに
フレア姫の身体の中にいる異界の女は、何の前触れもなく、話の途中でコテン、と意識を切らした。
一瞬無理をさせたかと焦ったが、しっかりとベッドに寝かせると、すぐに安らかな寝息が聞かれた。
ルー様は寝相の悪さを存分に利用して、どっぷり母の愛に包まれたいと、彼女の腕の中にもぐりこんで眠っている。
私は手を空間にかざし、椅子を取り出した。
音を立てぬようそっと座り、二人を眺めた。
・・・姫が閉じ込めた異界の娘
まず 驚いた
世界が違うとこうまで無知でいられるのか と
フレア姫とは違い、表情がくるくるかわる。
説明の最中でも不満な顔、不思議そうな顔、納得のいった顔。
声に出さずとも、考えが全て読めてしまいそうだ。
憎々しいまで人間味のある娘
フレア姫の得られなかった幸せを
当たり前のように持っていた
「これから話そうとしたことを聞かせてはならぬ、ということか・・・。」
己にある憎しみに近い嫉妬心。
それに任せて現実を突きつけてやろうと思ったのだ。
それを遮らせたのは
姫本人か
あるいは
水ノ子か
しとしと降り注ぐ雨
夜になっても月は姿を現さない
どちらにしろ・・・私は命拾いしたのか
冷静になってみれば神の愛し子を故意に傷つけたらどうなるか、などすぐ考えが及ぶ。
そもそも、この異界の娘に憎しみを向けても仕方のないこと。
ふ、と苦笑いが漏れる。
姿は愛おしい我が姫君
今
その頬を伝う涙はどちらのものか