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聞きたいことがたくさんあるでしょうが、今は・・・
私にくっついていたルーをベッドへ降ろし、ナツメは言った。
医師が来ても、彼らに対しては一言もしゃべらないでください。
感情を顔に出さないでください。
意思表示もしてはいけません。
なにかあればゆっくりと「ナツメ」と呟いてください。
私を通じて話はできます。傍に居りますので耳打ちしてください。
ですが、あなたの中にある疑問は彼らには問わないようにしてください。
極力じっとだまって座っていてください。
フレア姫のように振舞って凌いでいただきたいのです。
なんか、押し付けすぎじゃない?なんて不満が頭をよぎる。
どうしてそんなことしなきゃいけないの?
うつむきかけた顔を上げるとナツメはただじっと私を見つめていた。
私の気持ちを見透かすような色違いの瞳が私の不満を不安に変えていく。
どうして?
私がフレア姫だからじゃないの?
そうすべき人間なのかもしれない
だって、私は自分がどんな人間かわからない
ナツメの瞳が私を視ている・・・・
「ご無礼は承知の上でお願い申し上げます。無事やり過ごせたら貴方の質問に全てお答えしましょう。どうか、言った通りにお振る舞いください。・・・我が姫君。」
ふいに、ナツメは片膝をつき、じっと見つめていた目を伏せると私の右手をとり、甲に口付けをする。
ぅわわわああぁ・・!
ぼんやりとナツメの瞳に魅入っていた私は急に我に返り、瞬時に手を引っ込める。
びっくりしたびっくりしたびっくりした!!
「う、うん。よくわかんないけど、あとで説明してくれるのね。わかったわ。大丈夫。私はフレア姫ね、黙ってじっとしていればいいのね。」
心臓がばくばく波打つが、これはフレア姫のせいじゃない。
なに。私ってこんなに初心な人間なの?
額にされたときは意識する余裕も無くぼんやりしてたけど
騎士様の口付け?なにそれ・・・ちょーはずかしいんだけどっ!!
急に引っ込められた手を拒絶の意味かと思ったのか、ナツメはテンパりながらもうなずく私を見てほっとしたように微笑む。
「ありがとうございます。それでは早速ですが・・・・」
そうしてニッコリと微笑んだまま、冷たい空気を放つ。
「フレア姫はそのように慌てたそぶりは決していたしません。そちらの御手を膝に乗せ、背筋を伸ばし、俯いたりなどはしないでください。顔の色はヴェールで隠れますが、今のようにあまりにも赤くなりますと白のヴェールではごまかしようがなくなります。どうぞ、ご注意ください。」
恥ずかしくて顔が熱くて、手で顔を仰いでいた私はぴたりと固まる。
赤くさせた本人に言われると、腹が立つよりもよりいっそう羞恥心が募る。
ナツメって今の言い方ちょっと意地悪くない?
涙目になりそうなのをぐっと堪えて、言われたとおり手を膝に置き、スッと前を向く。
姿勢を正すと煽られた気持ちも不思議と落ち着きを取り戻していく。
そういえば、姫はクールだってレニーも言ってたっけ。
フレア姫が今の私じゃ困るのかな、カミノイトシゴだし・・・?
「では、何を言われてもその姿勢を崩さずにお過ごしください。」
ナツメは満足気にうなずくと、フレア姫(私)を庇うかのように背を向け、扉を見る。
誰か扉の外まで来ているらしい。
睨むようにじっと扉を見やり、口を開く。
「・・・名を、名乗られよ。」
私に話すよりも機械的な低い声で問いかける。
「火の神官フィル。」
太く硬い声が扉の向こうより響く。
扉は開かれない。
「私は王に医師を、と申し上げた。なぜ神官殿が参られる?」
「王より命じられ、参った。」
長い間扉の前で待っていたのだろうか。
フィルの答えは端的だが若干イラつきが感じられる。
「姫には医師が必要である。神官殿をこの間にいれることはできないが?」
「神の愛し子様には医師は不要であろう?王の命だ、通せ。」
両者ひかず、通せ通さぬの問答が繰り返される。
下手に意見してボロが出てもいけないので私はしばらく成り行きを見守ることにした。
横で寝ているルーは、時折寝返りを打ちつつも目覚める気配は無い。
彼の周りは平和だ。
寝息が心地よく響く。
ルーも気持ちよさそう。
眠ったままニコッと笑う。
・・・かわいい
扉を隔てた二人のやり取りはもはや私の耳には届かない。
ルーがベッドから落ちないか心配しながら寝顔を堪能する。
そうして、とうとう私に睡魔が襲い掛かる一歩手前で最後のナツメの言葉にフィルが折れた。
「貴方もご存知の通り、陽が照らない今、4日間も飲まず食わずでは神の愛し子様といえど正常ではいられないであろう。必要なのは貴方ではなく、医師である。医師の見立てなく、人との面会は叶わぬ。王にもそのように伝えられよ。」
「・・・愛し子様は、床に臥せられたままか?」
「はい。」
「意識ははっきりとしておられるか?」
「はい。」
「身体の不具合を訴えられてはいまいか、何かお言葉は聞かれたか?」
「いいえ。」
「では、姫はぐったりと床に横たわられていた、しばらく面会はなりませぬ、と王へ申しておく。すぐ医師をよこす故、安心なされよ。」
「・・・。」
「ああ、最後に一つ。ルーズベリィ様はこちらにおられるか?」
「はい。」
「そうか・・・それは、よかった。」
では、失礼する。と、フィルの足音が遠ざかっていく。
なんだ。
警戒したわりに良い人そうじゃない。
単純に心配して見舞いに来てくれたんじゃないのかな。
ころころ転がって私の膝まで来てしまったルーの頭をなでてやる。
柔らかい髪の毛を手ですくとさらさらと金色が輝き流れた。