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伸ばした手は何も掴むことはできず、力なく膝元へ戻ってきた。
結局、あの子は何者だったのよ・・・
何一つ疑問が解けず、しばし呆然とする。
あー、でもわたるのことは心配ないって言ってたっけ。
でもここに来る力がないって?
それって、やっぱり、すごく心配
怪我したとか、風邪ひいたとか?
動けないくらいひどいってこと!?
・・そんな!!
自分の顔から一気に血の気が下がるのがわかる。
やだ。無理。
待ってなんていられない
どこでどんな風に苦しんでいるかわからないわたるを、ただ待ってるなんて・・・
必要とされなくたって関係ないわ
探してそばにいてあげなくちゃ!
今の今までぐったりと寝込んでいたことや理解できない現状なんてすっかり頭から追いやって、わたるに会いに行くことで頭がいっぱいになる。
わたるわたるわたる、わたる・・・・!!
また涙で視界が霞みはじめる。
(泣くべきじゃない。)
涙が溢れる一歩手前で、ふいにレニーのさっきの言葉が浮かぶ。
わー!!だめだめだめっ
わたる一色に染まっていく頭を冷やすように頭を振る。
そうよ。あの子を探すためには前に進まなきゃいけないのよ。
泣いてる場合じゃない。
さっき不老不死とか怖いこと聞いたし。
零れ落ちなかった涙にほっとして少し頭が冷える。
そうだ。うーんと、まずは自分の確認しなきゃかな。
たぶんこれは他人の身体。フレア姫という人。
この人の印象は純白。
透けるような白い布がゆったりと細い腕を包んでいて、袖口は手首で絞られ愛らしいフリルで飾られている。
金と銀の細いブレスレットを幾重にも巻いてあり、手を動かすたびシャラシャラと音を立てるが、重みはほとんど感じない。
首も隠す程に襟は立てられ、胸元から体を包む全ての白い布に複雑な刺繍が施されている。
刺繍糸は時折キラキラと光を放つ。
布地が柔らかいせいか着心地がよく動くのにも邪魔にならない。
よいしょ、とベッドから足を下ろし立ってみる。
めまいは無いが体に慣れていないせいか、意識して足に力を入れていないとバランスが摂りにくい。
着ている物はマーメイドラインのドレス。
ウエスト部分での切り替えしはなく、綺麗な刺繍が足元まで連なり上品に飾っている。
きつくもなく緩くもない。ずっと寝ていたなんて嘘だったかのように皺の一つも見当たらない。
床に付いてしまうほどの真っ白なロングドレス。
いくら動きやすくてもこんな・・・まるで、ウェディングドレス
ヴェールまで被ってるし。
なんでよ、寝込んでる人間に着せるようなものじゃないでしょ。
・・あ!
ここって、眠り姫の世界みたいな感じ?
待ってたらわたるが起こしに来てくれたのかな・・・
んー、それとも私フレア姫だから来るのはレッドか
若干現実逃避しつつ、幸せな方向へ考えを膨らます。
いやいや。現実を見なくちゃ。
私はもう起きて、立っているんだから。
何より、わたるの記憶しかない私が現状に疑問に感じても答えが出るはずもない。
ぐずぐず考えるよりまず行動。
どうしてこうなっているかはわからないけど、このお姫様の体をしばらくお借りしようと思う。
ごめんね、フレア姫。
人の体で無理しないし、貴方の害になるようなことしないから。
わたるに会えたら、ちゃんと私、出てくから。なんとかして貴方に返すから。
ちょっとの間貸してね。
胸に手を当て一応ご本人に断りを入れておく。
トクン、と心臓が一つはねる。
?
答えてくれたのかな?
受け入れてくれたような気がする。
この異常な状況下で、我ながらポジティブすぎる気もするけど。
思わず頬が緩む。
敵とか味方とかわからないけど、この子はきっと私と同じ。
どこが?ってよくわからないけど、大切な何かがきっと同じ。
うん、大丈夫。
がんばって早く元の貴方と私に戻ろうね。
まずはここを出なきゃ。
おぼつかない足取りで一歩一歩ゆっくりと歩む。
杖か手すりがあったらいいのに、伝い歩きのできるような家具もなにもない。
寝心地のいいベッドがあるだけ。
なんか
まるで・・・牢屋みたい
優しい雨に包まれてあまりいやな空気は感じないけど。
冷静に見ると、そう。寝室とはいえない。
まさか鍵とか、かけられてたりしないよね。
転ばないよう緊張して歩いたせいか、背中に一筋冷たい汗が流れる。
何もわからないってやっぱり怖いかも。
ようやくたどり着いた扉の前で、気持ちを落ち着かせるために深呼吸を二回する。
よーし。わたる!今行くからね!!
気持ちに勢いをつけ、そのまま勢いよく扉の取っ手に手を掛け・・・
ようとしたら、手が空を切る。
扉が勝手に開いた!?
と思ったときには時すでに遅し。
ただでさえ慣れていない体でバランスを立て直せるはずもなく、そのまま前のめりに倒れ込む。
「・・わっ・・?」
「ぅきゃっ・・!!」
ゴスン!!
・・普通ここでレッドが登場すると思うでしょ。
格好良く姫を支えたりしてさー
確かにナツメ・レッドはその場にいた。
扉を開けた人物の少し後ろに肩で息をして、今到着しましたみたいな感じ?
そして不幸にもタイミングよく扉を開けてくれた人物は、華奢なはずの私の体の下で潰れていた。