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「きみはなにをどこまで覚えているの?」
え・私?
急な質問に戸惑う。
「ええと、わたるは4歳で私のおとうと・・」
「はい、ストップ。」
話し始めたところで止められた。
「初っ端から違うよ。わたるはきみの弟じゃない。ぼくの双子の兄だよ。」
「へ?」
抗議の声を上げようとした私の口から出たのは間抜けな音。
「じゃ、次。続けてよ。」
小悪魔はしれっとした態度で話を促す。
なんなの。どういうこと。
「待って。ちゃんと教えて。確かにわたると血の繋がりはないけど、4年間家族として一緒に暮らしてきたわ。・・・間違いなく、わたしのおとうとよ?」
この子と似てるとは思うけど、まず年が違う。
「その記憶こそが違う。わたるがきみの前に姿を現したのは、きみの両親が亡くなった日だよ。つまり一緒に暮らしたのは1年間。」
むぅ・・小悪魔め。
何を言ってるのか意味がわからない。
「何ゆって・・!」
「ぼくはさっき、全部は教えてあげないって言ったよね。早く話し、続けてよ。」
言葉を遮って冷たくあしらわれる。
なんてやつだ。
納得がいかないけど仕方がない。
しぶしぶ従う。
「うーんと、わたるが私に誕生日プレゼントをくれるって・・・って、あれ?それは夢だったっけ?」
最後に一緒にいたわたるとの記憶ががあいまいだ。
素敵な贈り物くれた・・・?
「ううん?すごく怖い夢を見た気がして・・・」
・・・だめだ。出てこない。
夢ももう憶えてない。
「・・ふぅん。自己防衛ってやつかな。それとも直前の記憶は消えちゃうものなのかな。」
小悪魔はうんうん唸っている私を尻目にまたよくわからないことを言う。
話を始めてから私を眺めるその顔は無表情。
猫被ってたときは可愛かったのに
あー、この子の名前レニーでいいのか?
いっそ本気で小悪魔に改名してあげてもいいけど・・
少しの間の後、小悪魔は私の目を見て言う。
「続きはやめとこうか、きみの精神が壊れても困るしね。」
えっ、それは困る。それじゃ、なにもわからないままじゃん。
「壊れるって何?私わたるが心配で・・!どうしてるかをどうしても知りたいの!!」
そんなふうに言われたら余計心配で夜も寝れなくなって・・・困る!
「そんなの、きみが忘れちゃってるから悪いんじゃない。」
うっ
それを言われては元も子もないというもの。
突き放されひるんでしまう。
「それにさー、やっぱりぼくきみのこときらいだ。わたるが心配って言ったって、結局は自分が不安だから聞きたいだけでしょ。」
「きみがいなくたってわたるはへっちゃら。泣いてもいなければ困ってもいないだろうね。きみの知ってるわたるはきみの都合のいいように作られている記憶の中だけのわたるだよ。わたる、わたるって騒ぎ立てるきみと一緒にしないでほしいね。」
この子はさっきから何を言ってるのだろう
わたるに私は必要ないっていうの?
じゃぁ私の胸ですやすや寝てた赤ちゃんのわたるは私の妄想?
夜泣きするわたるをあやして寝かしつけたのも?初めて立って一歩踏み出せたわたるを見て感動したのも?ごはんふぅふぅして冷ましてあげたのも?わたるが初めて幼稚園行く時泣きまくったのも?三歳までのわたる、わたしのこと大好きでくっついて離れなかったわたる、しっかり憶えてるのに
全部なかったこと・・・?
わたる似の顔で私を冷たくあしらう子
突然
ぶちっと
切れた。
「・・・わけのわからないこと言わないで!勝手なこと言わないで!私が悪いの?不安がってちゃいけないの?だってわからないことだらけじゃない!いったい何がどうなってるのよ!!ここどこよ!わたるはどこ?何で私わたるのいないところにいるの?姫って何?ナツメって何?私そんな人知らないわ。聞きたいのはわたるの声で見たいのはわたるの顔、ほかの誰でもないわ。わたるがどうでも私はわたるの側にいたいの。わたるに触れたい。そうよ、わたるがいないから不安でしょうがないのよ!今の私にはわたるがすべてなの!!知ってるなら早く教えてよ!はやくわたるに会わせてよ!!」
目が覚めてから何もかも現実味がなくて、ぼんやりしてた。
レニーが私に向ける敵意に徐々にここが夢の中ではないことを感じはじめ、不安が募った。
私が知るわたるが違う??
まさか、と思うけどわたるのこと以外は全て記憶がない。
思い出せないのが悔しい。
そうして私は心配と言いながら、唯一の記憶、わたるに縋り付いている
せっかく止まっていた涙も再度ポロポロ零れる。
私こんなに泣き虫な人間だったのかな
あーぁ、自分がどんな人間だったかすらも覚えてない。
ほんとになんなんだよー、もぅ
半ば八つ当たりなのは自覚しているが、とりあえず小悪魔レニーを睨み付けておく。
レニーの反応は
極上の
・・・笑み・・・??
「な、何よ。何喜んでんのっ。」
暖かみのある微笑では一切ない。
単純に嬉々としている。
ぞっとする。
ってゆーか、そんなに嫌われてんの
私何したんだろ
「情報料。今のでたんまりいただいたよ。」
「は?」
語尾にハートマークがつきそうなくらい上機嫌な声。
「ああ!もったいない零れちゃう!!」
へ?と一音もらす間もなく、レニーの顔が近づき左の目尻のあたりを舐められる。
「ちょ・・っ、な・・?」
「あ、こっちもね。」
右側もぺろり・・・??
な・・なんなの!?
「んー、最高!さすが水神の愛し子の涙。これじゃぁ火の女神も嫉妬だってしちゃうはずだよね。」
呆気にとられている私にニッコリ笑いかける。
涙をなめられた、ということは理解した。
どうやら情報料は私の涙らしいということも。
ご機嫌な笑顔を見るからに、たぶん、わざと私を泣かせたのだろう。
でも、神?
「・・どういうこと?」
「さっき最後の一滴だけとりこぼしたんだよね。最高級の涙をこぼしたの!それが悔しくてねー、もう一度泣いてもらっちゃった。・・・ふふ、わたるの話ではきみは泣くのを我慢するって聞いてたからさ、精神不安定なうちにとるものとっておこうと思って。」
さっきまでとはうってかわってニコニコと話す。
「そうじゃなくて・・・」
「わたるはね?大丈夫だよ。ちょっと力が足りなくて姿を現せないでいるけど、心配することはない。すぐそばにいるんだよ。ほら、今は雨となってきみを見守ってる。中には入れないようになってるからさっきから雨音がちょとせつないんだよね。」
なにを言ってるのか全くわからないんだけど・・??
「・・・ええと、1からじゃなくて、0からすべて教えてくれない?」