第29話 やっぱり重くていい
朝5時。
枕元のスマホが震えて、目を開ける。画面には「けんさんからのメッセージ(画像6件)」。
……嫌な予感しかしない。
布団から腕だけ出してスワイプすると、そこには——
・私の寝顔のアップ(おでこにキスされてる途中らしい)
・私の寝顔のミディアムショット(ピースサイン付き)
・私の寝顔のロングショット(ベッド全景)
・おまけで、私の寝顔を油絵風加工したバージョン
・「今日も結衣は世界一可愛い」の文字入り画像
・そして最後に、なぜか「世界一かわいい妻を守る10の掟」という箇条書きメモ
——えーっと、朝の5時からなにやってんだこの人。
「……健、寝てたよね?」
私が小声でつぶやくと、背後から、すでに着替え終わった健の声がした。
「おはよう、結衣。寝顔、今日も最高だったよ」
やっぱり起きてたか。ていうかもう撮影から編集まで済ませてるとか、行動早すぎる。
彼はパリッとアイロンのかかったシャツ姿で、キッチンから立ち上る味噌汁の香りをまとっている。私より2時間は早く起きて朝食を作り、洗濯と掃除を終えて、そしてたぶん「寝顔撮影会」を開催していたのだろう。
……そう、これが私の夫・健。愛情表現が濃すぎる男。
結婚してから3年、専業主夫の健と暮らし、笑って、ちょっと呆れて、でもやっぱり笑って。
彼の愛は、ときどき重すぎて息が詰まりそうになるけれど、不思議と嫌じゃなかった。
むしろ——。
「結衣、今日は特別な日だから、朝ごはんも特別仕様にしたよ」
テーブルには、ハート型の卵焼きと「LOVE」と書かれたラテアート。
あれ、これ初期のころやってたやつじゃん。最近は恥ずかしがって封印してたのに。
「なんでまたこれ?」
「最初の朝を思い出したくてさ。ほら、原点回帰ってやつ」
そう、原点。
思えばあの日、私が二日酔いでフラフラなのに、健は朝5時から台所に立ち、完璧な朝食を並べた。そして卵焼きにはGPSタグ(卵型のマイクロチップ)を仕込まれていた——「会社までの安全確認」だと言って。
……今思い出してもヤバい。
食事をしながら、健がぽつりと口を開く。
「結衣、俺さ……最初は、不安でいっぱいだったんだよ」
珍しい。健が弱気なことを言うなんて。
彼は照れくさそうに笑って続けた。
「君が仕事で忙しいのも、同僚と笑い合ってるのも、全部わかってる。でも俺のいない時間、君がどんな顔してるのか、どんなこと考えてるのか……全部知りたくて。だから、やりすぎちゃった」
——やりすぎのレベルがGPS卵焼きや職場潜入だったわけだけど。
「で、結衣はそんな俺を、笑って受け止めてくれた。正直、最初は引かれると思ってた」
私はフォークを置いて、彼の目を見る。
「まあ……引いたよ」
「やっぱり?」
「でも、同時に安心したの。あ、この人、私のこと本当に大事にしてくれてるんだなって。だから……うん、重いけど、嫌じゃなかった」
健が一瞬、ぽかんとした顔をして、それから子犬みたいに笑った。
「それ、プロポーズのときに言ってほしかったな」
「そのときはまだGPS卵焼きしてなかったでしょ」
「じゃあ今日が、真のプロポーズだ」
そう言って、健は急に立ち上がり、冷蔵庫から小さな箱を取り出した。
開けると、中には指輪……の形をした金属製のキッチンタイマー。
「……何これ」
「俺たちの時間を刻むやつ」
——いや、意味はわかるけどさ。なんでタイマー。
結局その日、健は私を半ば強引に連れ出し、出会ったカフェ、初めて手をつないだ公園、プロポーズされたレストラン……全部を巡る「原点ツアー」を決行。
各スポットで、彼は当時と同じ服(事前に用意してたらしい)を着替え、同じセリフを再現。
恥ずかしさと笑いと、ちょっとだけ泣きそうになる瞬間が、交互に押し寄せた。
最後、夕暮れの公園のベンチで、健が真顔で言った。
「結衣、俺、これからもずっと、重いままでいい?」
——普通、そこは「幸せにする」とかじゃないのか。
でも、私は笑って答えた。
「いいよ。だって、それが健でしょ」
そして私は心の中で付け足す。
(ただし、GPS卵焼きは二度とやめてね)
——こうして、私たちの「重すぎる愛の日常」は、まだまだ続く。




