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専業主夫の夫が私を好きすぎる件について  作者:


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20/22

第20話 夫、軽い家出

朝のコーヒーにラテアートで「YUI♡FOREVER」と描かれているのは、もはや日常風景だ。

初めて見たときは吹き出したが、今は「あー今日もか」と、ほぼ天気予報を確認するくらいの気持ちで眺められる。

ただし——問題はその直後に来た。


「結衣、今日の帰りは何時? 駅まで迎えに行くから」

健が朝からスマホ片手に、私の勤務スケジュールをチェックしている。

ちなみに私、まだ歯磨き中。


「健、今日はちょっと残業になるかも」

「じゃあ待つ。駅の近くで」

「いやいや、待たなくていいから」

「……重い?」


歯磨き粉の泡を口に含んだまま、一瞬言葉に詰まった。

“重い”——この単語は、健にとって禁断のキーワードだ。

もちろん、これまで何度も心の中では思っていたけれど、口に出すのは初めてだ。


「いや、そんな……ちょっとだけ……」

「……そっか」


健はそれ以上何も言わず、食器を片付け始めた。妙に静かだ。

あれ? 拗ねた? いやいや、まさか。35歳の大人だし。



---


その日の夜。

会社を出た私は、LINEを開いて驚く。


> 健:先に寝てて。

健:ちょっと考えたいことあるから。




「考えたいこと」? なにその小説みたいな別れの前兆ワード。

慌てて電話をかけたが、出ない。既読はつくのに、返事は来ない。

これって……もしかして軽い家出? いや、ガチじゃないよね?



---


帰宅すると、家は真っ暗。

キッチンもリビングも完璧に片付いていて、まるでモデルルーム。

冷蔵庫の扉にメモが一枚貼られている。


> 結衣へ

夕飯は冷蔵庫。チンして食べてね。健




あまりにも事務的。

普段なら「僕の愛情カレーを召し上がれ♡」みたいな、暑苦しいキャッチコピー付きなのに。

急に“普通”になられると、逆にホラー感あるんだけど。



---


翌朝。健は帰ってこなかった。

出社前に、私は捜索モードに入る。

まずは健の行きそうな場所ランキングを脳内で作成。


1位:私の実家(母と仲良し)

2位:お気に入りのカフェ(ラテアート仲間がいる)

3位:近所のスーパー(特売チェック)


順に回ってみたが、どこにもいない。

母に至っては、「あら、また喧嘩? たまには放っておきなさい」と、軽く笑っている。

いや、母さん、その“また”ってどういう意味。



---


結局、見つかったのは夕方だった。

私が駅前の商店街を歩いていたら、遠くから見覚えのあるシルエットが。

白いエプロンをかけ、屋台のたこ焼きを焼いている——健だ。

なぜだ。


「……健?」

「お、結衣。買い物帰り?」

「いや、仕事帰り。ていうか何やってんの?」

「ここ、友達の屋台なんだ。手伝ってた」


さらっと言うけど、その“友達”って、多分昨日知り合ったレベルだよね?

健の交友関係、ほぼゼロだし。

どうやら駅前でぼんやりしていたら屋台の店主に声をかけられ、流れで手伝うことになったらしい。

家出というより、職業体験だ。



---


帰り道、健は小声で言った。


「昨日さ……『重い』って言われて、結構ショックだったんだ」

「ごめん、悪気はなかったんだよ。ただ、仕事で疲れてるときは少し距離あってもいいかなって……」

「わかってる。でも、結衣のこと考えるのが習慣になってて。抑えると、なんか手持ち無沙汰で」


——なるほど。

愛情表現って、この人にとっては趣味であり、ライフワークなんだ。


「じゃあ、こうしよう。迎えは週2回まで。それ以上は“重い”ってことにする」

「……それ、結構つらいな」

「大人の練習だと思って」

「……わかった」


そう言いつつ、健は早足で私の手を握る。

距離を取る練習は、どうやら明日かららしい。



---


家に帰ると、冷蔵庫には新しいメモ。


> 今日のたこ焼きは僕の愛情入り。

重さは……ちょっと軽め。




軽めってなんだ。

食べてみたら、ソースの上にマヨネーズで小さく「LOVE」と書いてあった。

——たぶん、この人の“軽め”は、世間基準だとまだまだ重い。

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