第19話 夏祭り過保護編
夏の夜って、どうしてこうも湿気と人と屋台の煙で、空気がカオスになるんだろう。
——と、例年なら文句を言いながら友達とビール片手に歩くところだけど、今年はちょっと事情が違う。
理由はもちろん、うちの専業主夫・健。
「夏祭り? 浴衣着る? 人混み? ……よし、作戦会議だ」
会社帰りに何気なく「今週末、近くの神社で夏祭りあるんだって」と言っただけなのに、健の目が真剣モードに切り替わった。
いやいや、そんな大層なイベントじゃないから。屋台でかき氷食べて、ちょっと花火見て帰るだけだから。
なのに翌朝——。
「結衣、作戦書できた」
テーブルに置かれていたのは、A4用紙10枚にわたる「夏祭り過保護計画」。表紙には太字で《MISSION:結衣を安全かつ快適に夏祭りへ連行し、全行程を笑顔で終える》。
なぜ「連行」なんだろう。行きたいって言ったの私だよね。
中身をざっとめくると、
・想定される危険リスト(熱中症、転倒、屋台でのやけど、迷子、虫刺され、花火の煙)
・対応策(氷枕、救急セット、冷却スプレー、厚底草履禁止)
・経路図(混雑回避ルート、緊急帰宅ルート)
・屋台優先順位リスト(かき氷→焼きそば→たこ焼き)
などなど、読むだけで疲れる情報がぎっしり。
「健、これ……なんか遠足のしおりみたいだね」
「遠足より危険度高いよ、夏祭りは。俺は結衣を守る」
……いやもう、この人の中では私はガラス細工か何かなの?
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そして迎えた当日。
私が浴衣に着替えてリビングに降りた瞬間、健の目がスキャンモードに切り替わる。
「うん、髪のセットOK、帯もOK、でも下駄は危険だからこれ履いて」
渡されたのは、底がやわらかいスニーカー。
「いやいやいや、浴衣にスニーカーはないでしょ」
「ある。安全と快適性はファッションより優先」
「……ファッション警察に捕まるよ?」
「俺が守る」
話が通じない。もうこれ以上言っても無駄なので、渋々スニーカーを履く。
結果的には後で感謝することになるんだけど、このときはまさかあんなことになるとは思っていなかった。
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出発して10分後。
健は背中に大きなリュックを背負い、手には日傘と冷却タオルと扇子。
私はただ隣を歩いているだけなのに、どう見てもSPと護衛対象にしか見えない。
しかもリュックの中身は、氷水入りペットボトル、保冷剤、虫よけスプレー、ばんそうこう、タオル5枚、ミニ扇風機、予備の扇子、折りたたみ椅子。
完全に災害派遣仕様。
神社に近づくと、人の波が一気に増える。
その瞬間、健がさっと私の手を握り、もう片方の手で人をやんわりブロックしながら進む。
「結衣、ここからは密集ゾーンだ。俺から離れないで」
「……はいはい」
屋台を見つけて「わー、焼きとうもろこし!」と近づこうとすると、
「熱い。やけど注意」
「いや、大人だから……」
「俺が買ってくる。結衣は日陰で待機」
……なぜ私は戦国時代の姫みたいな扱いを受けているのか。
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花火が始まる時間になると、健は「混雑回避ポイント」なる場所に私を案内した。
確かに人は少ないけど、やや離れた住宅街の空き地。
「ここなら安全に座って見られるし、帰りもスムーズ」
「……でもちょっと遠いよね」
「双眼鏡持ってきたから大丈夫」
「花火を双眼鏡で見る人初めて見たよ」
花火が打ち上がるたびに、健は私の肩に冷却タオルをかけ、水分補給を促す。
「結衣、次の打ち上げまでに水を200ml飲んで」
「それタイムトライアルじゃないから」
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帰り道、スニーカーのありがたみを痛感した。
浴衣で下駄だったら絶対足の小指を犠牲にしていたであろう混雑と石畳。
私は素直に健に言った。
「……ありがとう。今日、安全だったのは間違いない」
すると健は満面の笑みで、
「だろ? 俺は結衣の安全第一係長だから」
「係長……昇進できそう?」
「君が俺のそばにいる限り、昇進し続ける」
……ああ、やっぱりこの人、重い。でも、まあ、悪くない。




