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専業主夫の夫が私を好きすぎる件について  作者:


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17/22

第17話 健の交友ゼロ事件

 金曜日の夜。出版社の仕事を定時で終えた私は、同僚たちとの飲み会に向かっていた。珍しく、校了もなく、電話もかかってこない。こういう夜は貴重だ。

 駅前の居酒屋で同僚たちとワイワイ騒ぎ、帰宅したのは22時半。玄関を開けると、リビングの明かりがぼんやり漏れていた。

 出迎えてくれるのはもちろん健――我が家の専業主夫であり、元商社マン。相変わらずエプロン姿で立っている。いや、この時間にエプロンって何を作ってるの。

「おかえり、結衣。おつかれさま。……遅かったね」

 声色は柔らかい。でも、その奥にかすかな寂しさが混じっているのは、長年の経験でわかる。

「飲み会だって言ったでしょ。楽しかったよ」

「そっか……よかったね」

 ――あ、これ完全に拗ねてるな。


 キッチンのカウンターには、私の好物・いちごショートケーキが一人分だけ置かれていた。たぶん、飲み会帰りでも甘いものを食べるだろうと予想しての用意。優しい。優しいけど、同時にちょっと怖い。

「健も一緒に食べる?」

「ううん、俺は……お腹いっぱいだから」

 そう言ってソファに座った健は、テレビをつけもせず、私の一挙手一投足を観察している。まるで大型猫が獲物を狙っているかのような眼差し。

「えっと……どうしたの?」

「いや……」

 沈黙。こういう時はだいたい、地雷がどこかに埋まっている。私はスプーンを動かしながら、慎重に探りを入れる。

「……何かあった?」

「結衣さ」

「うん?」

「俺って……友だち、いると思う?」

 ――え? 今なんて? 私は思わずケーキのいちごを口から落としそうになった。


「いきなりどうしたの」

「いや、さっき、スマホの連絡先を整理してたら……ほとんどが結衣関係だったんだよね」

「……」

「会社辞めてから、飲みに行く相手もいないし。今日も結衣は同僚と楽しそうだったなぁって……」

 これは……嫉妬というより、孤独感に近い。しかも、普段「結衣がいれば十分!」と豪語していた健が、珍しく弱音を吐いている。

「じゃあ、友だち作ればいいじゃん」

「……作り方、忘れた」

 35歳男性、友だち作りのスキル紛失。いや笑えないけど、笑ってしまう。


 私は少し考え、提案した。

「ほら、地域の料理教室とか参加してみたら? 料理得意だし」

「俺が行ったら、結衣以外の人に俺の味を知られることになるよ?」

「その発想がもうダメなんだってば!」

 健は真剣な顔で「俺の味は結衣専用」とか言っている。愛はありがたいが、それが交友関係ゼロの一因になっているのは明らかだ。


 翌日。健の「友だち作り計画」を強行すべく、私は彼を半ば強引に市民センターの「家庭料理サークル」体験会に連れ出した。

 会場に入るなり、健は周囲を見回して固まる。参加者は主に主婦層。

「……なんか場違い感がすごい」

「大丈夫、あんた料理スキル神レベルでしょ。むしろ頼られるから」

 実際、健はあっという間に包丁さばきを褒められ、若干の囲い込み状態になった。

 が、そこで出た第一声が――

「このレシピ、結衣にしか作らないんで」

 ……おい。初対面の人に何の宣言をしてるんだ。


 案の定、場は「???」という空気になり、健はそれ以上打ち解けられないまま体験終了。帰り道、私は説教モード全開。

「だから、なんでそこで私の名前を出すの」

「だって、俺にとって料理は結衣への愛情表現だから」

「それはわかってるけど、友だち作りには向かない愛の使い方なの!」


 結局、その後も健の友だち作りは難航。試しにジムに連れて行っても、「結衣の健康維持のために筋トレしてます」とか言い出す始末。おかげで、トレーナーさんが「奥さん大事にされてますね」と笑って終わる。


 数週間後。私は仕事でまた飲み会に参加した。その帰り道、ふと思い出して健にLINEする。

「今日は友だちできた?」

 既読がつくと、すぐに返事が来た。

『うん。スーパーのレジのおばちゃんが名前覚えてくれた』

 ……それ、知り合いだよね? 友だちとは違うよね?


 帰宅すると、健はにこにこして言った。

「でも、やっぱり俺は結衣一人でいいや」

 ああ、この人は本当に治らない――と、ため息混じりに笑う私だった。

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