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専業主夫の夫が私を好きすぎる件について  作者:


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14/22

第14話 妻の机大改造

朝の出社ラッシュ。

私は地下鉄の揺れに耐えながら、「今日は午前中にゲラチェック、午後は打ち合わせ三本」と頭の中でスケジュールを確認していた。

夫の健は今朝も例によって、私が出社する直前まで“出発前点検”を実施してきた。

「スマホの充電、100パーセント。お弁当、まだ温かい。あ、それと…」

と、なぜか耳打ちで「今日は“職場環境改善”の日だからね」と言い残したのだ。


職場環境改善?

うちの会社にそんなイベントはない。

健語録にある「意味深な宣言」は、大体の場合、私を困惑させる前兆である。

過去の例でいうと、

・「午後は“愛の防災訓練”ね」=帰宅したら、家中に私の写真入り避難誘導ポスターが貼られていた

・「今夜は“味覚サミット”」=夕飯が全品カレー味だった

…といった具合だ。


だから今回の“職場環境改善”も、ろくでもない匂いしかしない。

ただし、出社前の私には阻止する手段はない。

健は専業主夫だ。時間も体力も行動力も無限。しかも「妻のため」なら自分の限界を簡単に越える男である。



---


午前十時。

私はいつも通りデスクでゲラに赤を入れていた。

そこへ、視界の端に妙な影がよぎった。

スーツ姿じゃない、作業服の男性が三人。台車を押している。

…って、え、こっち来るの?


「こちらですかねー、○○出版の結衣さんのデスク」

一人が確認し、もう一人が台車から何かを降ろす。

白い箱。いや、家具だ。新品のオフィスチェア? いや違う、やたら高そうな人間工学チェアだ。


「えっと、何ですか?」と聞くと、作業服の一人が笑顔で答える。

「本日ご依頼いただいた机と椅子の入れ替えです。奥様からのご依頼で」


奥様———つまり、健だ。

何勝手に「奥様」やってんのよ。私の机は会社の備品だし、勝手に替えるなんて…

あ、でも、この椅子、座り心地良さそう…いやいやいや、流されちゃダメ。


しかも台車の上にはまだ物がある。

木製の小さな引き出し、パステルカラーのデスクマット、そしてやたら目立つLEDスタンドライト。

「こちら、すべて“奥様監修”でカスタムされてます」

監修…? 私は一切聞いてないけど。



---


作業は10分ほどで完了した。

私の机は、地味なグレーの事務机から、一瞬でカフェの一角みたいな温かい雰囲気に変わってしまった。

デスクマットには私の名前の刺繍入り。ライトの首の部分には小さな木製プレートが下がっていて、「YUI’s HAPPY SPOT」と書かれている。

引き出しを開けると、きっちり仕切られた中に、可愛いマスキングテープでラベルが貼られている———「付箋」「ペン」「おやつ」。


おやつの引き出しには、私の好きな塩チョコとミニクッキーがぎっしり。

…これ、確実に健の仕業。しかも、やたら几帳面に賞味期限ごとに並んでる。

極めつけは、机の奥に差し込まれた一枚の厚紙。

「今日も素敵な一日になりますように。世界で一番愛してる、健より♡」


いや、職場でこういうメッセージカードやめてほしい!

後ろから覗かれたら、完全に惚気暴露じゃないの。



---


案の定、隣の席の佐伯さん(同僚・30代独身女子)が、にやにやしながら話しかけてきた。

「結衣ちゃん…これ全部、旦那さんが?」

「…たぶん」

「たぶん、じゃないでしょ。愛されすぎ案件だよこれ」

「案件って…」


別の部署の後輩まで寄ってきて、「すごーい! いいなあ〜」「椅子、高そう!」と騒ぎ始める。

あっという間に私の席は“職場見学ツアー”の目的地みたいになった。

極めつけに、部長までやってきて「結衣さん、この椅子、座り心地いいね。私のも替えてほしいなあ」なんて言い出す。

いや、部長、それは会社経費じゃなくて私情です。



---


昼休み、こっそりスマホを開くと、健からLINEが入っていた。

『机、気に入った? 人間工学的に最高の環境を整えたよ。これで肩こりゼロ間違いなし!』

『引き出しの右奥も見てね』


右奥? 恐る恐る開けると、小さな封筒があった。

中には、近所のカフェのギフトカードとメモ。

『残業で疲れた日は、帰りにここで甘いもの食べてね(できれば僕も迎えに行く)』


迎えに行く、じゃなくて、迎えに来る、でしょ。

こういうときだけ控えめな表現をするのが、健のズルいところだ。



---


午後、再び仕事に戻ろうと椅子に腰を下ろした瞬間———背もたれの中から「ピロリン♪」と電子音が鳴った。

…は?

慌てて椅子の裏を見ると、小さな温湿度計が内蔵されている。

そして、下の方にはBluetoothのマーク。まさかと思ってスマホを見ると、新しいアプリがインストールされていた。

名前は「YUI-WORK-MONITOR」。開くと、「座りすぎ警告」「室温変化アラート」などの通知がずらり。


いやこれ、確実に健が設定したやつ。

座りすぎたら「そろそろ立ってストレッチしてね♡」ってメッセージが来るんだろう。

…いや、案の定5分後に来た。しかも「そろそろストレッチ(※君の笑顔が見たい)」という余計な一文付きで。



---


終業後。

私は新しい机と椅子に囲まれた自分の席を見渡した。

正直、座り心地は最高だし、机も使いやすい。おやつの引き出しも、午後の眠気覚ましにかなり助かった。

でも、それ以上に問題なのは、この“健の存在感”だ。

私は会社にいるのに、半径1メートル以内に夫の気配が充満している。

職場にまでラブラブ臭を漂わせる夫って、どうなの。


帰宅すると、玄関で健が満面の笑みで待っていた。

「どうだった? 仕事しやすくなったでしょ?」

「…まあ、そうね」

「よし! 次はパソコンのキーボードも変えよう。君の指の長さに合わせて特注して———」

「待て」


私は健の口を手でふさぎ、「しばらく改造禁止」とだけ告げた。

彼はしょんぼりした顔をしながらも、「じゃあ、その分、家を改造するね」と呟いた。


———それはそれで嫌な予感しかしない。



---


オチとしては、翌週、会社の人事部から「備品の私物化について」のお知らせが全社員に回り、暗に私がやり玉にあげられた。

もちろん、犯人は私じゃない。

犯人は、世界で一番愛情過剰な専業主夫———健である。

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