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正体

それから私と優馬くんは、雨の日にほぼ必ず会うようになった。ほぼ、というのは、会うのは平日のみにしているからだ。土日だとお互いの負担になることを考慮した結果である。雨の降る休日にわざわざ出掛けたりしたら、ママがしつこく質問をしてくるに違いない。そう説明すると、親にいろいろ聞かれると面倒だよねと、優馬くんも同意してくれた。

 

会ってもするのは、たわいのない話だけだ。友達とどこどこに遊びに行っただの、先生がこんなこと言っただの、そんな話ばかり。だが、それがとても楽しかった。

 

会った回数がだいぶ増え、世間でも冬服が当たり前になったころ、私は自分が優馬くんに恋心を抱いていることに気がついた。元々魅力的だと感じていたが、とあるやり取りをしたときにそれが明確になったのである。

 

「いつもお母さんの愚痴言っちゃってごめんね。話せる相手いなくてさ」

 

きっかけは私のそんな言葉だった。優馬くんは優しく首を横に振る。そんな穏やかな仕草がなんかいい。

 

「学校の友達とかには話せないの?」

「学校の友達に話したこともあるんだけど。沙紀のママ優しいじゃん、感謝しなよ、みたいなこと言われて何も言えなくて」


その友達の言う通りだと思う。ママは優しいし、私はそれに助けられている。だから感謝をしなくてはいけないことは分かっていた。でも、それなら全部受け入れられるというわけではない。

 

「そっか、それはちょっと話しにくいね。俺的には、感謝する気持ちと干渉されたくないって気持ちは、どっちもあっておかしくないと思うんだけどな。だって沙紀ちゃん優しいもん。ちゃんとお母さんのこと大事にしてるんだなっていうのは伝わってきてるよ」

 

暖かい雰囲気で、優馬くんはそう言ってくれた。それが嬉しかった。ママに執拗に干渉されたくないと思っている自分は、嫌なやつなんじゃないかと思っていた。そんな私の心を救う言葉を掛けてくれたのが、優馬くんなのだ。私はこの人のことが好きだ。そのときにはっきりとそう感じた。

 

しかし、好きになったからといって何が変わるわけでもない。とりあえず今は、雨の日に会うだけの関係を保てれば構わないと思っていた。



十日ぶりに優馬くんと会った日の帰り道、私は彼からもらった飴を舐めながら歩いていた。優馬くんは会うと必ず飴をくれる。出会った日に私が飴を好きだと言っていたのを覚えてくれているのだろう。彼のそんな優しさも私の好きなところだ。


家の近くの角を曲がろうとしたところで、人とぶつかりそうになる。咄嗟にすみません、と謝ると、相手も同じように返してきた。


「……ってあれ、沙紀じゃん!」

「谷口! びっくりした!」


突然呼ばれた名前に驚いて相手の顔を見上げると、中学時代の友人が立っていた。久々の再会に驚いて、つい大きな声を出してしまう。数ヶ月ぶりに見た彼は、少し背が伸びてシュッとしていた。


「お前なぁ、声でけーよ」

「あはは、ごめん」

「そういや、沙紀はあそこだっけか」


谷口はそう言って、私の後ろの方を指さした。恐らく高校の話をしているのだろう。彼が指をさしたのは私の学校がある方向だ。


「うん。谷口はあそこでしょ?」


私は同じように、谷口の通っている高校の方を指さした。うんと谷口が頷く。


「それなら坂田優馬って子知ってる? 一年生なんだけど」

「えー、分かんねぇ。少なくとも一緒のクラスではないな」

 

谷口は優馬くんと同じ高校である。制服も確かに同じだ。きっちり着ているか、着崩しているかの差はあるが。彼らの学校は1学年に400人ほど生徒がいる。同じクラスじゃないのなら、認知していなくても無理はない。


「どういう知り合い?」

「どういうって聞かれると難しいけど……偶然知り合って、よく話するようになったみたいな」

「あ、分かった。お前そいつに惚れてるんだろ」


谷口のストレートな言葉に、うっかり黙り込んでしまった。無言はイコール肯定だ。目の前の男はニヤニヤしながらこちらを見ている。ちょっとムカついたので、肩の辺りを小突いてやった。


「坂田優馬ね。オッケーオッケー、俺が調査しといてやろう」

「しなくていい!」

 

なおもニヤニヤしながら言った谷口に、もう一発お見舞いする。その後は近況を少し話してから帰った。旧友と会えたせいか、なんだかんだいつもより気分がよかった。


それからきっかり一週間後、谷口から電話が掛かってきた。しなくていいと言ったのに、優馬くんのことを調べてくれたのだろうか。宿題をこなしていた手を止めて、応答のボタンを押す。



「坂田優馬は2年前に亡くなってる」


谷口の第一声はそれだった。意味が、分からなかった。

 

「沙紀、聞いてる?」

「えと、ごめん、意味が分からなくて」

「いや、意味が分かんないのは俺の方だよ。沙紀が言ってるのって、本当に坂田優馬なんだよな?」

 

谷口の声は険しかった。それが、彼が嘘を言っていないということの証拠だろう。そもそもそういうタチの悪い冗談を言うような人間ではない。

 

「だって、本人がそう名乗ってた」


返事をする声が震える。優馬くん本人が名乗ったのだ。それを疑ったことなんてない。でも、もしそれが嘘だとしたら。嫌な汗がじんわりと額に滲んだ。


「それならそいつは、死んだ人間の名前を騙ってるってことになる。おかしいだろそんなの」

「でも、優馬くんはそんなことする人間じゃない……と思う」

「じゃあなんなんだ。少なくとも俺の学年には坂田って名字のやつはいない。他の学年を調べたって、同姓同名のやつはいなかった」 


徹底的に調べてくれたらしい。そこまで言われてしまうと、言い返しようがない。ここで谷口にはっきり言い返せるほど、私は優馬くんことを知っているわけではないのだから。

 

「なぁ、お前なんか変なことに巻き込まれてるんじゃないのか。気をつけろよ。嘘の名前教えるやつなんて、どんな理由があったとしてもまともじゃないだろ」


何も言い返せなくなった私に、谷口はそう言った。心配してくれているのが伝わってくる。だが、優馬くんのことをそんなふうに言ってほしくはなかった。少なくとも私の知っている優馬くんは、誰かを騙して悪いことをしようとするような人ではない。

 

「ごめん、正直今は頭が追いついてない。整理ができたらまた連絡するから」

「分かった。でももし何か危ないなって感じたら、俺でも誰でもいいからすぐに言えよ」

 

そんなやり取りをして、電話を終わらせる。声がなくなると、自分の鼓動の音が聞こえた。頭がぐるぐるして、瞬きが多くなる。机の上のプリントに目を落とすが、全く頭に入ってこない。私は立ち上がって、ベッドに移動した。小さいころから使っている抱き枕をぎゅっと抱いて、どうにか心を落ち着かせようとする。もし、谷口の言っていることが本当だったら、なぜ名前を偽る必要があるのだろう。本名がばれたらまずい理由があるのか。それか、もし考えられることがあれば。


「……幽霊?」

 

しんとした部屋に、半開きになっていた私の口からそんな言葉が落ちた。自分が言ったことなのに驚いてしまう。

 

「いやいや、それはないでしょ。まさかそんなことあるわけないじゃん!」


あえて明るめに否定する。さすがにそれは有り得ない。漫画の読みすぎだ。飲み物のこととか、服のこととか、確かに不自然なところはあるけれど、幽霊なんて存在するはずがない。


「なんで……」

 

それ以上は何も言葉が出てこなかった。なんで、に続く言葉が何なのかは、自分でも分からない。ただ、彼の正体に対する不安だけが私の中に残っていた。

 


次の日、アラームの音で目が覚めた。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。朝だというのに部屋がなんだか暗かった。カーテンを開けて外を見てみると、雨が降っている。つまり今日は、優馬くんと会える日ということだ。いつもなら喜んでいるところだが、昨日知らされたことを考えると素直に喜べないのは当然だろう。今日は会いに行くのをやめようかと思ったが、何も言わずに取りやめると長時間待たせることになってしまうだろうから一応行くことにした。

 

「今日はちょっと遅かったんだね」

 

会って早々、そう声を掛けられた。確かにいつもより30分ほど来た時間が遅い。行くと決めたにもかかわらず、なかなか足が進まなかったからだ。

 

「ごめんね、ちょっと学校でいろいろあって」

「そっか、お疲れさま。いつもより遅いから今日は来ないのかなって心配してたんだ」


こうして話してみると、普通の男の子だとしか思えない。だからといって、谷口が嘘をついているとも思えない。確認してみようか。そう思うものの、なんて聞けばよいのか考えつかなかった。優馬くんって偽名なのなんて聞けないし、ましてや優馬くんって幽霊なのなんて聞けば、おかしなやつとも思われかねない。結局、その場では何も聞くことができなかった。

 

そのまま解散した後、なんとなくいつもと違う道を歩いた。少しでも気を紛らわせたかったからだ。思いつきで商店の近くの大きな交差点を渡ることにする。少し遠回りになるが、今日は解散が早めだったのでそのくらいは問題ない。その交差点で信号が変わるのを待っていると、ふと足元に目がいった。そこには小さなお地蔵さんがあった。そして、その前には花が数輪手向けられている。おそらく以前ここで事故があったのだろう。なんだかとても嫌な感じがした。

 

仮に、ここで事故にあったのが優馬くんだったら。よく見ると、お地蔵さんはそんなに年季の入ったものではないようだった。考えたくないのに、信じられないのに、辻褄が合ってしまう。可能性だけでいえば、かなり低い。それでも否定できる材料を私は持っていなかった。


もし、本当に優馬くんが幽霊だとしたら、遠くないうちに別れる日が来るだろう。彼が亡くなってしまっているということもだが、別れが近いであろうことも、私を苦しめる。好きになったのに、このままお別れなんて嫌だ。自分本位だがそう思った。もっと一緒にいたい。でもそのためにどうすべきかは分からない。ただ、とにかく優馬くんの正体については胸にしまっておくことにした。

 

それからは優馬くんと会うとき、今までの自分の態度を貫いた。同い年の、近くの男子校の男の子とたわいのない話をしているだけ。たまにハッとさせられることもあったが、そう思えば以前の自分と同じように接することができた。

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