再会
優馬くんと再会したのは、初めて会った日から5日後のこと。その日は朝から雨が降っていて、それに従って私も朝から上機嫌だった。
「ねぇ沙紀、なんで今日そんなに楽しそうなの?」
放課後、帰り支度をしていると仲のよい友人から声を掛けられた。ついつい顔に出てしまっていたらしい。
「別にぃ」
浮かれているのがばれると恥ずかしいのでキリッとした表情をしようとしたが、うまくいかず逆に変な顔をしてしまった。優馬くんとのことは誰にも話していない。女子校にいると恋バナが必然的に少なくなるので、男子と仲良くなったなんて話したら面倒なことになるだろう。
急いで支度を済まし、友人に手を振ってから学校を出た。買ったばかりの傘をさして、小走りで先日の商店に向かう。できるだけ急いだつもりだったが、優馬くんはすでにそこにいた。私に気がつくと、笑顔で手を振ってくる。
「早いね。私も急いだのに」
「え、そう? 俺の学校の方が朝早いからかな。それにほら、早く沙紀ちゃんに会いたかったから」
「……なっ」
突然恥ずかしいことを言われて、言葉に詰まってしまう。会いたかったなんて、普通直球で言えるものだろうか。もしや意外にも、相当な女たらしなのだろうか。
「そんな小っ恥ずかしいこと、よく堂々と言えるね」
仕返しに少し嫌味っぽく言ってみせると、今更のように彼の頬が赤く染まった。
「ちがっ、今のは無意識で! 別に変な意味とかじゃないから!」
必死になってそんなことを言い始める様子は、女たらしとは程遠い。それがとても可愛らしく、また面白くもあった。私がつい耐えきれなくなって笑い出すと、彼も遅れて笑い出した。会うのが二回目だと思えないほど、私たちは仲良くなっていた。
それからまた、前回のように話し始めた。この数日で起こったことや、小さい頃のこと、家族や先生の愚痴など、一つ話題を出すとすぐに話が広がる。前と変わらず、やはりとても話しやすかった。
しばらくそうして話していると、段々と喉が渇き始めた。学校に持っていっている麦茶は、飲みきってしまってもう残りがない。辺りを見渡すと、道の反対に自販機が一台あるのが見えた。
「喉渇いちゃったから、あそこの自販機で飲み物買ってくるね。優馬くんも何か飲む?」
「ううん。俺はいらないから買っておいで」
そんなやり取りを経て、自分の分だけ買いに行く。とりあえず目についたジュースを買うことにした。戻ってきてから傘を閉じてキャップを開けようとしたが、雨で濡れた手が滑るのかうまく開けられない。
「貸してごらん」
彼はスッとペットボトルを私の手から取り、キャップを開けてくれた。そのスマートな行動がかっこよく見えて、なんだか緊張する。私はドキドキしながらお礼を伝え、ジュースを飲み始めた。甘いオレンジの味が口に広がる。慣れ親しんだ味だ。おかげて少し心が落ち着いた。
だが、隣から感じる視線が気になって仕方ない。彼の方を見ると目が合ったが、その瞬間にパッと逸らされた。やはり何か飲みたいのだろうか。
「いる?」
飲みかけのペットボトルを目の前に差し出して尋ねる。しかし、彼は困り顔で首を振った。
「いや、いいよ。間接キスになるし」
「それならもう1本買ってくるよ。お金ないなら私が出すから」
さらに押してみると、彼はさらに戸惑った表情になった。なんなんだろう。前回聞いた長袖のことといい、なんだかちょっと引っかかる。とはいえ、むりやり飲ませなきゃいけないわけでもないので、途中で諦めた。それからはまた、雑談をする流れに戻る。追及しすぎて、嫌な思いをさせるわけにはいかない。
そのまま話し込んで、気がつけばだいぶ遅い時間になっていた。あまり遅くなるとママがうるさいだろうし、そろそろ帰ることにする。その旨を優馬くんに伝えると、若干しゅんとした顔をした。
「また次の雨の日にも会える?」
優馬くんが言った。なんとなく自然とまた会える気がしていたが、私と優馬くんには連絡する術がない。こんな確認なしには会えないのだ。彼の聞き方には不安げな響きが混ざっている感じがした。
「もちろん。優馬くんさえよければ」
私はそう答えて傘をさす。今日は朝から晩まで雨脚が強いらしい。そんな天気予報の通り、雨は一向に止む気配がなかった。
「じゃあ、次も会おう」
「うん、じゃまた次の雨の日にね」
「あっ、ちょっと待って!」
歩き始めた私を、優馬くんが呼び止めた。その声に引かれるように振り向くと、こっちに向けて何かが緩く投げられる。反射的にキャッチしたのは、この間のと同じ飴だ。
「ありがとう!」
「どういたしまして。またねー」
私は飴を持った手を大きく振り、雨音に負けないように大きな声で言った。優馬くんも手を振り返してくる。飴をもらえた喜びからか、また会えるという安心からか自然と笑みがこぼれた。
「遅かったね。今日は部活ない日でしょ?」
家に着いてリビングに入ると、ママは開口一番にそう言った。料理中らしく、キッチンからこちらを見ている。怒っている口調ではないものの、なんとなく責められているような感じがして、居心地が悪かった。
「うん。でも友達と話してたら盛り上がっちゃって」
嘘はついていない。ママの知っている私の友達の中に、優馬くんがいないというだけの話だ。ママはなおも、何か言いたげに私を見てくる。水が沸騰しているのか、グツグツという音が部屋に響いていた。
「誰ちゃんと話してたの?」
「……別に誰でもよくない?」
「教えてくれてもいいじゃん。なんで隠すの? ママの知ってる子?」
「知らない子だよ。別のクラスの子だし」
やっぱり嘘はついていない。別のクラスというより別の学校ではあるけれど。毎日しつこくいろいろ聞かれるうちに、嘘をつくのも、嘘をつかずに濁すのも上手くなってしまった。今回は後者を選んだけど、適当な嘘で乗り切ることも多分可能だ。ただ、嘘をつくと優馬くんの存在をないことにするみたいで少し嫌だった。
自分の部屋に戻ると、自然とため息が出た。あと30分もしないうちに夜ご飯の時間になる。そしたらまたママからいろいろと言われるだろう。時期的に来週のテストの話が話題にあがりそうだ。勉強はそんなに嫌いではないが、勉強の仕方やテストの結果に口を出されるのは嫌だった。毎度テスト前後は気が重い。
「だるいなぁ」
心の声が漏れたのに合わせて、ベッドに倒れ込む。その勢いで何か硬いものが太ももに当たった。さっきもらった飴だ。スカートにしまっていたのを忘れていた。包みを解いて口に含むと、やはりとても美味しい。それだけで幾分か気持ちが明るくなる。優馬くんがくれた飴だから、というのもあるだろうか。優馬くんと出会ったことで何かが大きく変わったわけではないが、多少なりとも楽しい気持ちになる時間は増えている気がした。