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8/10

「好きなの」でお願いします!

 同じ高校に通うミキヒコ先輩(高2)とハナちゃん(高1)は付き合っています。そんな2人は演劇部員。ミキヒコ先輩は淡白で、ハナちゃんはそれが少し不満。ミキヒコ先輩から、もっとたくさん甘い言葉をかけてほしいハナちゃん。そこで、ハナちゃんは、思いつきます。ラブラブな台本を読み合わせに使おう!


 演劇部員にとって、読み合わせは、大切な稽古です。読み合わせとは、台本に書かれているセリフを、声に出して読んでみる稽古です。ただ声に出すだけでなく、感情を込めて読みます。ドキドキする台本を、ミキヒコ先輩と、いっぱい読み合わせしたい!照れたら負け!のルールで勝負です。

 今回、ハナちゃんが選んだのは『君に届け 2nd Season』(アニメ版/エピソード10/告白)だ。これも著名な、名作中の名作だ。


 ヒロイン黒沼爽子は、正直で素直な努力家だが、見た目がとにかく暗い。長い黒髪のせいもあって、ついたあだ名は「貞子」。高校に入るまで友達が(ほぼ)いたことがない。


 このヒロインとヤンキー2人との友情を育んでいく描写も素晴らしい。ヤンキーもまた、周囲から不当な偏見にさらされる経験をしている。不当に怖がられるヒロインに共感し、大好きになっていく。


 また、恋敵のライバルとのやり取りも、かなり切ない。ライバルがいればこそ、恋に積極的になっていける。ヒーローを取られたくないと争い、お互いのことを理解し合っていく。


 ヒロインとは対照的に、爽やかな人気者のヒーロー風早翔太は、入学式の日に、ヒロインの笑顔をみて(ほぼ)一目惚れをする。そして、みんなのために頑張るヒロインに心酔していく。


 タイトル「君に届け」は、好きという言葉では、とても自分の想いを伝えきれないもどかしさが見事に表現されている。


「届けたいものがあるとはいえ、何を届けたいのか?」を示す目的語がない。なぜなら、その何に相当することには、的確な表現が存在しないからだ。


「好き」という言葉では、軽すぎる。この気持ちは、もっと、もっと重く深いものだ。しかし「好き」という言葉でしか、この感情を相手に伝える手段がほとんどない。


『月がきれい』の場合は、ヒーローに、ヒロインに聞こえないところで「大好きだ」と叫ばせることで、重さ届けた。『ゼロの使い魔』では、ヒロインに相手の名前を連呼させることで、重さを届けた。


 そして本作では、好きと連呼することで、この重さを届ける。連呼することで、好きの意味が徐々に重たくなっていく。これもまた、歴史に刻まれるべき、名演技だ。


「聞いて。笑ってくれて、ありがとう。話しかけてくれて、ありがとう。優しくしてくれて、ありがとう。私に、今まで知らなかった気持ちをいっぱい教えてくれて、ありがとう・・・(涙をこらえる)違うの。好きなの・・・好きなの。好きなの。好きなの・・・好きなの。好きなの(とても伝えられない、この気持ち全部、どうやって言葉で伝えていいかわからない)ただ、好き・・・好きなの。好き。好き・・・」


 ハナちゃんは、ここを、台本として抜き出し、読み合わせをしたい。最高の台本だ。読み合わせの練習としても、このシーンはかなり参考になる。


 後にヒロインは、友達への報告として「想っていることの10分の1も伝えられなくて・・・」とコメントしている。これでも、10分の1以下ということ。


 演技するハナちゃんは、台本にある「好き」の10倍以上、感情をあふれさせて、読み合わせする必要がある。精神的な負荷もすごい、何度も練習できないセリフだ。


 さて。ハナちゃん、読み合わせに際して、台本を脚色した。途中に「先輩」と、誰を相手に話しているのかをはっきりさせるのだという。


 そして本番。ハナちゃんの独白なので、きっかけは、ハナちゃんが自分で決める。


「先輩・・・聞いて。笑ってくれて、ありがとう。話しかけてくれて、ありがとう。優しくしてくれて、ありがとう。私に、今まで知らなかった気持ちをいっぱい教えてくれて、ありがとう・・・(涙をこらえる)違うの。先輩・・・好きなの・・・好きなの。好きなの。好きなの・・・好きなの。好きなの(とても伝えられない、この気持ち全部、どうやって言葉で伝えていいかわからない)ただ、好き・・・好きなの。好き。好き・・・(大粒の涙)」


 ミキヒコ先輩は、感動した。先輩の負けかと思いきや、先輩は照れていない。ハナちゃんの演技に、ただ感動した。「君に届け」の目的語が示すべき内容が、届いちゃった。


 逆にハナちゃんは、入り込みすぎて、自我がまだヒロインに乗っている感じ。ぼーっとなって、しゃがみ込んでいる。役者には、まあ、あることだ。ハナちゃん、おもむろに


「今日は、手をつないで帰る」(しゃがんだまま)


「うん」


 届けたい人に、届いている。それは満足だ。でもハナちゃんは、もう、届くだけでは満足できない。先輩に物理的に触れたいと感じていた。そして、手をつなぎたいと思った。


「手をつなぐのに、いい台本がないんです。抱きしめるとか、キスするとかなら、たくさんあるんですけど」


 手をつなぐシーンの鉄板は、お祭りや初詣の人混み、滑りやすい雪道などだろう。どれも、セリフがあるようでない。このセリフがあれば、次は、手をつなぐみたいなのがない。


「うん」


「だから、手をつなぎたいときは、台本に頼らずに、直球でいわないといけないんです」


「うん」


「だから、今日はこれでもう、帰りましょう、先輩。手をつなぎたいから、帰るんです」


「うん」


 今回は、どちらも照れてない。まあ、引き分けかな。

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― 新着の感想 ―
これ初回だったら絶対照れまくりな読み合わせなのに。 二人の感情が読み合わせで確認しあえてるから、だんだんとお互いの気持ちのギャップが無いことを信じられるようになってきてるのかなと思いました。 だから、…
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