「先輩はかっこいいですし、優しい人ですよ」でお願いします!
同じ高校に通うミキヒコ先輩(高2)とハナちゃん(高1)は付き合っています。そんな2人は演劇部員。ミキヒコ先輩は淡白で、ハナちゃんはそれが少し不満。ミキヒコ先輩から、もっとたくさん甘い言葉をかけてほしいハナちゃん。そこで、ハナちゃんは、思いつきます。ラブラブな台本を読み合わせに使おう!
演劇部員にとって、読み合わせは、大切な稽古です。読み合わせとは、台本に書かれているセリフを、声に出して読んでみる稽古です。ただ声に出すだけでなく、感情を込めて読みます。ドキドキする台本を、ミキヒコ先輩と、いっぱい読み合わせしたい!照れたら負け!のルールで勝負です。
実は、ハナちゃんは、すごくモテる。可愛くて、明るくて元気だ。夢は声優になること。だから、声だって素敵だ。役者の才能があり、多くのヒロインのセリフと雰囲気を習得しているため、言葉や行動のセンスも磨かれている。
当然、運動部のエース(スクールカースト上位)からも、しょっちゅう告白や、それに近い誘いを受けている。
それに対して、ミキヒコ先輩は、よく見るとかっこいい系。でも、よく見ないと、そもそも目立たないので、女子からモテることがない(スクールカースト下位)。なので、ハナちゃんのところには「なんで、あんな奴と付き合ってんの?」といった、失礼なコメントがしょっちゅう入ってくる。
この前なんて、ミキヒコ先輩が数名の男子に囲まれて「おまえなんかじゃ、ハナちゃんと釣り合わないから、別れろよ!」とかいわれてた。それを、ハナちゃんが聞いてしまったりもした。さすがに、ミキヒコ先輩も、こういう話が多すぎて、自信を失っている。
そこで今回、ハナちゃんが選んだのは『お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件』(アニメ版/エピソード12/臆病だった自分にさようならを)に出てくる、ヒロインによる、とてもかっこいいセリフだ。
この物語でも、天使様レベルで完璧すぎるヒロインに対して、モブが「なんでこんな奴と」と詰め寄るシーンがある。それに対する反論を、今回は読み合わせの台本とした。例によって、オリジナルのセリフにあるヒロイン、ヒーローの名前は、ハナちゃん、先輩に変換している。今回は、ハナちゃんが主役だ。
「私がどのような理由で誰を好きなろうと、他人に口を出される筋合いはないと思うのですが。少しいじめすぎましたね。すみません。あなたの言葉を訂正させていただきますけど、先輩はかっこいいですし、優しい人ですよ。物静かで温かい雰囲気も素敵だと思っています。それに先輩は、すごく紳士的ですし、私を尊重してくれる素敵な人です。私が苦しい時はそばで支えてくれる、とても思いやりのある人です。少なくとも、誰かの悪口をいったり、人の恋路を邪魔するような人ではありません。まだ何か言いたいこと、ありますか?」
ミキヒコ先輩、ちょっと泣いた。また、ミキヒコ先輩の負け。
「先輩、私、このセリフ、ずっと覚えておきますね。いつでも、このセリフをいえるようにしておけば、いつでも、先輩のこと、守れます」
「ありがとう、ハナちゃん。俺、情けなくて、ごめん」
「なにいってるんですか!私のことを愛してくれているからこそ、誰かに取られちゃうんじゃないかと不安になるのでしょう!その辛い痛みは、先輩が私のことを愛している証拠なんです!そういう風に、クエって人のウェブ小説に書いてありました!だから、大丈夫なんです!」
「ありがとう。嬉しいよ」
「私だって、先輩のかっこよさが、他の女子にバレないか、いつも心配してるんです・・・先輩が髪型を整えたり、ファッションに気をつかうようになったら、ヤバいです。先輩に、本来のかっこよさを前に出してもらいたいけど、正直、それは隠しておきたいんです。でないと、不安が大きくなっちゃうから」
「いや、俺はカッコよくなんかないし」
「ふ、ざ、け、んな、よっ!私が全身全霊好きになって、結婚さえ夢見ている先輩が、カッコ悪いはずがないだろうが!マジで、そんなこというなよ!おまえは、私にとっては、世界一かっこいいんじゃ!それを忘れんなヤ!二度というなよ、そんなこと!恋愛の女神、アスナ様に謝れ!マジで、やってらんねーぞ、コラ!盗んだバイクで走り出したいんか?夜の校舎、窓ガラス壊してまわるぞ、オラ!」
ミキヒコ先輩、また泣いた。ミキヒコ先輩、ちょっとおまえ、負けすぎやろ。しかも、ダメおしに名言でた。
「いいか、おまえだけじゃねえ。誰かが好きになった人のことを、自分自身も含めて、絶対に、絶対にバカにすんな。それは、全人類に共通する、最低限のマナーだ。みんな、たった一回の人生で、たった一人を選ぶんだ。打算も妥協もあるだろうさ。成功も失敗もあるだろうさ。でも、それがみんなの人生で一番重要な選択なんだ!生半可じゃない、本当の本気なんだ!他人の意見なんて、聞いてる余裕なんてねえんだ。忘れんなよ、コラ!・・・私は、お前だけが、好きなんじゃ!」
「ごめん、よくわかってなくて」
ハナちゃん、さっきまでの威勢がゼロになる。無理して、オラオラしてた。別の台本で覚えた、オラオラの勢いに頼らないと、何もいえそうもなかったから。
本当は、ハナちゃんだって、誰かに先輩を取られちゃうんじゃないかって、いつも、いつも、いつも、不安なんだ。誰かを愛する人は、愛するがゆえに、不安になるんだ。それ、当たり前なんだよ。
ハナちゃんの、本音。消え入りそうな声で。
「辛いから、もうやめてください。私は、ただ、先輩といたいの。どうして、そんな意地悪いうの?ただ、普通に、毎日、一緒にいたいんだよ?どうして、わかってくれないの?いい?いつも通りの先輩がいいの。無理しなくて、いいの。私は、いつもの先輩が好きなの。余計なこと、しないで。自信を失わないで。私は、死ぬまで、先輩のことが好きだよ。先輩は、違うの?」
「違わない。ずっと、大好きだ。僕は、ハナちゃんのことが、大好きだ」
ああ、先輩も、結局ハナちゃんのこと、泣かせた。でも、悲しい気持ちにさせたんじゃなくて、うれしい気持ちにさせて、泣かせたんだよ。
「嬉しい。ありがとう・・・」(泣く)