「俺の命は、君のものだ、ハナ」でお願いします!
同じ高校に通うミキヒコ先輩(高2)とハナちゃん(高1)は付き合っています。そんな2人は演劇部員。ミキヒコ先輩は淡白で、ハナちゃんはそれが少し不満。ミキヒコ先輩から、もっとたくさん甘い言葉をかけてほしいハナちゃん。そこで、ハナちゃんは、思いつきます。ラブラブな台本を読み合わせに使おう!
演劇部員にとって、読み合わせは、大切な稽古です。読み合わせとは、台本に書かれているセリフを、声に出して読んでみる稽古です。ただ声に出すだけでなく、感情を込めて読みます。ドキドキする台本を、ミキヒコ先輩と、いっぱい読み合わせしたい!照れたら負け!のルールで勝負です。
ハナちゃんが今回選んだ台本は『ソードアート・オンライン』(アニメ版/エピソード10/紅の殺意)からだ。言わずと知れた名作で、素敵なセリフも多い。その中でも、ハナちゃんが一番好きなシーンが以下である。
「ごめんね。私の、私のせいだね。」(大粒の涙)
「アスナ・・・」(アスナが泣いていることに気づき)
「ごめんね。私、もう、キリト君には、会わない」(大粒の涙)
(キリトがアスナに強引なキスをする)
「んっ」(驚き、受け入れる)
「俺の命は、君のものだ、アスナ。だから君のために使う。最後の一瞬まで一緒にいよう。」(告白)
ヒロインのアスナは、ヒーローのキリトを愛している。しかし、アスナといると、危険なのだ。だからアスナは、キリトを愛しているがゆえに「もう会わない」と、絶望をこらえつつ発言する。
ヒロイン目線からすれば、お別れを覚悟したところで、逆にキスからの告白を受ける。ヒロインが、地獄から天国へのコントラストを味わうところが、観ていて、とても嬉しい。
幸せになってほしいと願う。ここから二人はラブラブ夫婦になるわけだが、その前後を分けるのが、このシーンだ。
ハナちゃん、このシーンをやりたいと、前から思っていた。だが、ミキヒコ先輩とハナちゃんは、まだキスをしたことがない。二人ともお互いが初めての彼氏彼女なので、他の誰かともしたことがない。
ハナちゃんは、このシーンを読み合わせたい。純粋に、このシーンが好きだから。でも、自分がキスをおねだりしていると先輩に思われたくない。いやらしいと思われたくない。
もちろん、できるなら先輩とキスがしたい。しかし、このシーンをやりたいと伝えることは、実質、キスしましょうという意味になってしまう。
そういうわけで、ハナちゃんは、キスは無しで、セリフだけ読み合わせようと、何度も強調しつつ、セリフと合わせて、ミキヒコ先輩にSMSしておいた。
ミキヒコ先輩も『ソードアート・オンライン』(アニメ版)の大ファンで、ヒロインであるアスナのフィギュアも持っているらしい。読み合わせの提案に、先輩もワクワクしてくれた。
とはいえ、ハナちゃん、アスナのフィギュアには嫉妬した。まあでも、この名場面を読み合わせできることが嬉しい。早速、復習もかねて『ソードアート・オンライン』(アニメ版)を第1話から観直しはじめている。
読み合わせの日、部室の外は、結構な雨が降っていた。部室の外の音が雨音だけになり、普段なら聞こえる生活音のような音がまったく聞こえない。
二人は、部室にある、壁掛け時計の秒針が12時になるところをきっかけに、読み合わせを開始した。
「ごめんね。私の、私のせいだね」(ちゃんと涙が出てる)
「ハナ・・・」(ハナちゃんの涙をみて、本気で動揺する)
「ごめんね。私、もう、先輩には、会わない」(ボロボロ涙が出てる)
(ミキヒコ先輩がハナちゃんに、ぎこちないキス)
「んんんー!!!えっ、なになになになに、なにが起こった?わかんない、わかんない」
「えっ、ああっ、ごめん!ごめんなさい!ごめんなさい!」
ハナちゃんの演技は、ガチでうまい。役に入るのが得意なので、涙も簡単に流せる。しかも、アスナとハナで、名前が似てる。
ミキヒコ先輩、もしかしたら、ハナちゃんに引っ張られて、役に入りすぎたかもしれない。
ミキヒコ先輩は、もともと、ズルはしない性格だ。つまり、キスしたことを、先輩自身が驚いている。えっ、どうしてそんなことした?って思ってる。
ミキヒコ先輩は、逃げるように部室を出ていった。外、雨なのに、傘もささずに。部室に残されたハナちゃんは、混乱していた。ぼーっとしながら帰宅して、家でシャワーを浴びているとき、やっと、嬉しい気持ちが湧いてきた。
奥手な、この二人のファースト・キスは『ソードアート・オンライン』(アニメ版)が存在しなければ、もっと遅れていただろう。
ハナちゃんは、あらためて『ソードアート・オンライン』(アニメ版)の偉大さを認識した。ハナちゃん、今では、アスナのフィギュアを御神体として自宅の部屋の高いところに置いて、毎日、拝んでる。嫉妬してたのにね。
デレデレになったので、勝負は、二人とも負け。そもそも、読み合わせになってねーし。