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「ハナの全てが、愛おしい」でお願いします!

 同じ高校に通うミキヒコ先輩(高2)とハナちゃん(高1)は付き合っています。そんな2人は演劇部員。ミキヒコ先輩は淡白で、ハナちゃんはそれが少し不満。ミキヒコ先輩から、もっとたくさん甘い言葉をかけてほしいハナちゃん。そこで、ハナちゃんは、思いつきます。ラブラブな台本を読み合わせに使おう!


 演劇部員にとって、読み合わせは、大切な稽古です。読み合わせとは、台本に書かれているセリフを、声に出して読んでみる稽古です。ただ声に出すだけでなく、感情を込めて読みます。ドキドキする台本を、ミキヒコ先輩と、いっぱい読み合わせしたい!照れたら負け!のルールで勝負です。

 今回の台本は『ゆびさきと恋々』(アニメ版/エピソード12/私たちの世界)から。この作品は、聴覚障がいで耳が聴こえないヒロインの雪が、同じ大学の先輩である逸臣いつおみと恋に落ちる物語だ。


 甘いセリフの宝石箱としても有名である。今回、ミキヒコ先輩が読み合わせるのは、アニメ版第12話の終盤に出てくる以下の長セリフだ。


「前、2、3時間でも時間合わせて、会えばいいって言ったけど、本当は10分でも5分でも会いたい。自分でも不思議なぐらい、雪に出会えて、知りたいことばかり増えていく。何に触れて、どう感じているのか。何が心を動かして、どう響くのか。俺が雪に何を与えられるのか。全部、俺に教えてほしい、雪の全てが、愛おしいから」


 少しだけ、手話について説明しておきたい。まず、当たり前だが、手話を知らない人には、手話の内容がわからない。次に、手話は、盗み聞きされにくいという特徴がある。


 手話では、手の動作を目で追いかけないと、意味が解読できないからだ。つまり通常の音声会話のように、聞きたくなくても、聞こえてしまうようなことは起こらない。こうした背景から、手話の世界では「内緒話」が成立しやすい。人前では話せない甘い内容の会話も、手話ならできる可能性がある。


 ハナちゃんが、今回この台本を選んだのは、手話の魅力を知ったからでもある。アニメ版を参考にすれば、セリフ「〇〇の全てが、愛おしい」の手話表現も学べるのだ。


 ミキヒコ先輩には、今後、いつでもどこでも「ハナの全てが愛おしい」を手話でやってもらう。ハナちゃんの目線は、とても高いのである。今回の読み合わせの場は、演劇部の部室だ。他の部員がいないことを確認し、二人は読み合わせを開始する。


「じゃあ、ミキヒコ先輩。私が耳コピして用意した台本、いま先輩のSMSに送りました。ちなみにですけど、アマプラで、ちゃんと予習してきました?」


「第1話と最終回の第12話だけみた。よかった」


「でしょ、でしょ!雪さん、超かわいくて、めっちゃ応援したくなりますよね!ぜったい、全部、観てくださいね!今度、原作の漫画も、漫喫で一緒に読みましょ!」


「じゃあ、読み合わせ行くよ」


「ちょ、ちょっと、いきなり?他に、感想とかないんですか?もうちょっと、色々、話しましょうよ。私、話し足りないです、先輩。もっとミキヒコ成分をください・・・」


 ミキヒコ先輩は淡白で、どちらかというと口数も少ない。ミキヒコ先輩は、いきなり読み合わせに入った。


「前、2、3時間でも時間合わせて、会えばいいって言ったけど、本当は10分でも5分でも会いたい。自分でも不思議なぐらい、雪に出会えて、知りたいことばかり増えていく。何に触れて、どう感じているのか。何が心を動かして、どう響くのか。俺が雪に何を与えられるのか。全部、俺に教えてほしい、雪の全てが、愛おしいから」


「ダメです。まず、雪じゃなくてハナでしょ?ハナ!ハナ!私の名前にしてもらわないと、ドキドキ半減です。あと、最後の手話のところ、先輩、手話してなかった。ちょっと手話だけ、やってみましょう」


 ミキヒコ先輩は手話の再確認をし「ハナの全てが、愛おしい」を手話で表現した。


「先輩、それ手話としては合ってますが、手話をしつつ、口でも言ってくれないとダメです」


「ハナの全てが、愛おしい」(手話+声)


 ハナちゃんは、真っ赤な顔をして、ミキヒコ先輩の背中をバンバン叩いている。そしてハナちゃんは「ゲヘッ、ゲヘッ、グエヘッ」と変な声(音?)を出して、喜んでいる。


 ミキヒコ先輩も、嬉しそうなハナちゃんが見られて、ちょっと幸せな気分になった。


「前、2、3時間でも時間合わ・・・」


「きっ、きっかけ!きっかけなしで、いきなり始めないでください!こっちは聞き漏らすまいと、気合を入れて聞くんですから!きっかけがないと、心の準備ができないです!」


 解説しよう。「きっかけ」とは、演劇用語で、アクションを開始するタイミングを知らせることだ。「よーい、はい!」のような合図で、役者や裏方のみんながアクションを開始する。ここが合っていないと、演劇にならない。


「私がきっかけ出しますね。いいですか?よーい、はい!」


「前、2、3時間でも時間合わせて、会えばいいって言ったけど、本当は10分でも5分でも会いたい。自分でも不思議なぐらい、ハナに出会えて、知りたいことばかり増えていく。何に触れて、どう感じているのか。何が心を動かして、どう響くのか。俺がハナに何を与えられるのか。全部、俺に教えてほしい、ハナの全てが、愛おしいから」


「キューン!な、なんてこと言うんですか先輩っ!恥ずかしい!恥ずかしいですっ!うれっ、うれっ、うれしい!超、うれしい!・・・本当に・・・嬉しい・・・です。先輩、ありがとう・・・」


 ハナちゃんは、照れたから負け。負けたのに、もう一回やってとミキヒコ先輩の制服の裾を引っ張っている。


 先輩は、このあとも、同じセリフを手話つきで5回もやってあげた。このとき、ミキヒコ先輩は、この勝負もしかして、ハナちゃんは勝つ気がないのでは?とは思った。


 次の日、二人の体育の時間がたまたま重なっていた。学年と性別が違うので、それぞれ、内容は異なる。ミキヒコ先輩はバレーボール、ハナちゃんはバトミントンだった。


 どちらも同じ体育館を利用していたので、二人は、お互いがそこにいることはすぐに気づいた。しかし二人の距離は、とても会話できる距離ではなかった。でも、手話なら届く。ミキヒコ先輩から、ハナちゃんに。


「ハナの全てが、愛おしい」(手話のみ)


 ハナちゃん、嬉しくて泣いちゃったみたい。周りの友達に「どうしたの?」って聞かれてる。遠くからでも、それがわかった。


 ミキヒコ先輩は、こういう大事なことは、いつでも、どこでも、何度でも伝えなくちゃいけないんだってわかった。先輩は、小さな声で、こんな独り言をいった。


「僕は、ハナちゃんのことが、大好きだ。本当は10分でも5分でも会いたい」

『ゆびさきと恋々』(アニメ版)の第5話(10:45あたり)、雪さんが思わず声を出して笑ってしまうシーン、最高に好きです。声優さんって、本当にすごいですよね。

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