彼は秘密共有者 4
「わぁ、すごい」
図書館だから静かにしなければいけないのだが、思わず声が出てしまう。
三階建ての吹き抜け構造となっており、天井の硝子から日の光が優しく降り注ぐ。楕円形の建物の壁は全てが本棚となっており、中央には三階まで続く階段、その左右に本を読むためのスペースが作られている。
「ルミさんも来たらよかったのに」
図書館の受付部屋に入る前、ルミさんが外で待っていると言い出したのだ。
「私は図書館に入る許可をいただいておりませんから」
「それなら大丈夫だと思いますよ」
ソラーレ様はそう言ったが、ルミさんは引かなかった。そして、ずっと廊下で立っていてもらうわけにはいかないからと、さっきまで使っていた部屋に戻ることになったのだ。
「こんなに短期間で信頼される方ではないと思ったのですが……」
「信頼、ですか?」
「あぁ、はい。そういえば、おすすめの本についてですが、貸出可能なものをいくつかまとめておきますね」
「ありがとうございます!」
「いえいえ」
そんな会話をしながら後に付いていく。階段を上るのかと思ったがその予想は外れ、裏へと向かった。
「わぁ、隠し部屋や」
階段の下に途中まで壁がつけられており、扉が付いてたのだ。
「隠されてはいませんけどね」
そう笑いながら、ソラーレ様が鍵を開ける。
「こちらが神子様や儀式に関する資料をまとめた部屋となっています。鍵は私が持っておりますので、入られる際はお声がけください」
「分かりました。でも、自分が入っても大丈夫なんですか?鍵をかけるくらいですから、重要なものとかが置かれているんじゃ」
「もちろん大丈夫ですよ。最高神官様から許可をいただいていますから」
開かれた部屋は少し埃っぽい。壁の一面が本棚となっており、中央には机が一卓と椅子が六脚おかれている。本棚に入れられている資料は三つに分けられていた。
「左から順に、これまでの神子様についての資料、神殿でのご様子をまとめたもの、旅の記録となっています」
許可をもらい一冊手に取ってみる。表紙もしっかりしており、重厚な本だ。最低でも百年ほど前のものになるのだろうが、それを感じなかった。
しかし、ひとつ疑問がある。
「資料ってこれだけなんですか?」
「そうですよね、私も驚きました。しかし、ここにある過去四回分で全てのようです。それ以前のものは記録されていないのか、何かがあり破棄されてしまったのか。理由は分かりませんでした」
「そうですか……」
たくさんあると思っていたから少しビックリしてしまった。全て調べるのにあまり時間がかからないことを喜ぶべきか、資料が少ないことを悲しむべきか。どちらにしろ、読んでいくしかない。
「神子様の資料については一応すべて目を通しましたが、それらしい記述はありませんでした」
「え、まだ一週間もたってないですよね?その間にこの範囲の本を読んだんですか?」
「いつも仕事の時間以外はほとんど読書にあてていますから。そのときに少し調べてみました」
「すみません。ありがとうございます」
「私自身も調べたいことでしたから、気になさらないでください。知らないことも知れて楽しかったですから。ただ、記述があるとしたらこの資料だと思ったのですが……」
「他の資料に載っているかもしれませんから!調べてみましょう!」
「そうですね」
手分けをして資料を読む。自分は旅の記録を調べていくことにした。最初に手にしたのは百年前のものだった。内容としては日記のようなものだが、自分の知らない世界で、時間を忘れどんどん読み進めてしまった。
「ブライト様」
その呼び掛けで、意識を外の世界に戻す。
「何か分かったんですか?」
「いえ。こちらは見つけることができませんでした。ただ、もう時間が来てしまいましたので」
ソラーレ様が持った懐中時計を覗くと迎えのくる時間が近づいていた。
「もうこんな時間!?」
「とても集中して読まれていましたね」
「自分の知らないことばかりで面白くて。でも、別の記憶を持っていたような記録はありませんでした」
「そうですか。しかし、資料はまだたくさんありますから、気長に探していきましょう」
「そうですね!でも、本当に大丈夫ですか?ソラーレ様もお忙しいでしょうし」
「先ほども申しました通り、私自身が調べたいことですから気にしないでください」
資料を本棚に戻し部屋の外に出る。図書館は夕日に照らされ、オレンジ色に変わっていた。
「この時間はより一層綺麗ですね」
「はい。私のお気に入りです」
他の利用者の邪魔にならないよう、小声で会話しながら図書館を後にした。
「ソラーレ様。こちら頼まれていたものです」
「ありがとうございます」
受付で退館時間を記入していると、受付係さんが手さげ袋と数冊の本を渡していた。部屋で読むのかなぁ、本当に読書が好きなんだなぁ。そんなことを考えながら記入をすませた。すると、確認を終え本を入れた袋を、ソラーレ様はこちらに手渡してきた。
「約束していたおすすめの本です。気に入っていただけると良いのですが」
「えっ!ありがとうございます!でも、ずっと一緒におりましたよね?いつ集めたがですか?」
「実は入館の受付で記入されている間にメモを渡していたんです。それを彼らに集めてもらっていました」
「全然気づかんかった……。ありがとうございます!帰ってすぐに読みます!」
「喜んでいただけたのなら何よりです」
「お二人も、ありがとうございました!」
受付をしている人たちにも頭を下げる。本を集めてくれたことはもちろんだし、その間受付は一人で行っていたのだろう。
「いえいえいえ!」
「頭をお上げください。光輝の神子様、でいらしゃいますよね?」
「はい。そうで」
「失礼いたします」
会話の途中でルミさんが部屋へと入ってきた。
「ルミさん!もしかして、もう迎え来ましたか?」
「今ちょうど着いたところです」
「分かりました、すぐ行きます。そうだ、本の貸出期間て何日ですか?」
「二週間ですが、お時間のあるときで大丈夫ですよ」
「いえ!二週間以内に時間作ってきます!調べものの続きもしたいので」
鍵を借りる必要があるため、約束を取り付け神殿を後にした。そして、馬車のなかですっかり忘れていた重要なことを思い出した。
最高神官様と神様がそっくりだった理由を調べることを。