彼は秘密共有者 3
「いやー、本当に良かった。君が申し出してくれなかったら、六年も無駄なことすることになってたよ」
神子になってから数日後。最高神官様に挨拶をするため、また大神殿を訪れた。
相変わらずノリの軽い人だが、圧倒的なオーラを放っている。これがカリスマ性ってやつなのか。なんてことを考えながら頭を下げる。
「初回の時点で私が気絶せずに完遂できていたらよかったのですが。申し訳ございません」
「ごめんごめん、頭を上げて。謝ってほしいわけじゃないから。それから、敬語じゃなくっていいからね。神官なんて、そんなに偉いものじゃないし。タメ口で構わないよ」
「それはさすがに出来ませんよ」
全力で否定させてもらう。
年上にタメ口なんてきけない。それに、他の人以上に彼にそんなことするのは、なんとなく罰当たりな気がする。
「そっか、残念。それはそうと、私まだ神具を見ることができてないんだよね。見せてもらってもいいかな?」
「はい。分かりました」
右手に魔力を集中させるように意識する。そうすると、すぐになぎなたが現れた。
「儀式のときに現れたものと一緒だね。えっと、なぎなた、だっけ?」
「はい、そうです」
「まさか、創作の武器が神具として現れるとは。驚いたよ」
自分が創作したという設定は、ソラーレ様と一緒に考えた。本で読んだというものも考えたが、自分が言い訳していくことができないとなり、それならもういっそのこと考えたことにしようとなったのだ。
「それじゃあ、一回消して、もう一度出してみて」
消すときは息を吐くみたいに、魔力を周りに分散させる。コツをつかむのになかなか苦労したが、ソラーレ様に教えてもらって今ではもう慣れたものだ。
「おお、すごい。もうお手の物だね」
「ソラーレ様が教えてくださったおかげです」
「いえ。私はただ、他の神子様がおっしゃっていたことをお伝えしただけですので。それに、ルーチェ様は初めから安定して出現させていたじゃないですか」
「いやいや。本当にソラーレ様の説明が分かりやすかったおかげですよ」
そんな会話をしていると、なぜか最高神官様が満足げな表情をうかべた。
「名前で呼びあえるくらいになったんだね。良かった良かった」
「え?…………あ」
いつも微笑みを浮かべていて感情をあまり表に出さないソラーレ様が、驚いた顔をして慌てる。確かにこれまでは名字で呼ばれていたが、今日は下の名前だった。いや、この国では名字が下にくるから上の名前?まぁ、今は関係ないか。呼び方が変わったのには理由がある。
「申し訳ございません、ブライト様!」
「顔を上げてください、ソラーレ様。先ほどまで父が同席していましたから、分かりやすいように名前で呼んでくださっていたんですよね」
急ぎの用事ができたらしく帰ってしまったが、今日はお父様も一緒に神殿にきており、ソラーレ様から神子についての説明をうけていた。その時は名字だとどちらの事か分からないため、自分のことは名前で呼んでいたのだ。そして、そのままの呼び方になってしまったのだろう。
「あれですよ。近所のおばさんのことを間違えてお母さんって呼んでしまうみたいなものですよ」
「……ん?」
「……えっと」
……言っていて自分も気付いた。絶対この例えじゃない。しかし、他の例えはすぐに思い付かない。このまま突っ走るしかないか。
「まぁ、そういうことで」
「まって、そのままいくの?本当に良いの?」
「ダメやったら早くツッコミいれてくださいよ!」
何か一言でも貰えたら、今の沈黙の時間はなかったのに。よく分からない例え話をしてしまった自分が悪いのは重々承知だが。それにしても、
「笑いすぎやないですか!」
「ごめんごめん、こんなに強い返しされたの久しぶりだったから。それに、フフッ、改めて考えても全く違う例えだなぁと思って」
「ッ!……いいかえせない」
「そうだな。例えるとしたら、あれじゃないかな。一つの教室に同じ名字の生徒がいたら名前で呼び分ける、とか」
そのたとえを聞いた瞬間、雷に打たれたような衝撃があった。大げさだと思われるかもしれないが、言われたらそれしかないと思い、本当に感動したのだ。
「それだ!さすが最高神官様!」
「まさか、例え話でこんなに褒めてもらえる日が来るとは思わなかったよ。でも、君がそんなに学校のことを知っているとは驚いたな」
「……?」
「最近兄妹が登場する学園を舞台にした小説が流行っていたそうですから、そこで知ったのではないですか?」
「あぁ!そ、そうなんです。よく分かりましたね」
九年も学校生活をしてきたから、当たり前だという気分でいてしまった。今の自分は貴族なのだ。ルーチェは家庭教師がいたため学校に行っていなかったし、周りの人たちもほとんど同じような状況だった。ソラーレ様が誤魔化してくれて助かった。
ちなみに、先ほど出てきた小説は本当に最近流行っていたし、自分もちゃんと読んだ。魔力保持者が通う学園を舞台とした作品で、メインキャラに王族の兄妹がいるのだ。
「読書がお好きだと伺いましたので、ご存じなのではと思いまして」
「なるほど」
「そうだった、ソラーレに聞いたよ。ここの図書館だけど、自由に使ってもらっていいよ。入り口の受付はもちろん必要だけど」
大神殿の図書館に入ってもいいか、ソラーレ様に確認してもらっていたのだ。許可をもらえたため、一緒にこれまでの儀式のことを調べることもできる。
「本当ですか!ありがとうございます」
「いえいえ。っと、もう少しお話ししたかったけど、次の用事の時間だ。図書館への案内、お願いしてもいいかな」
「かしこまりました」
「よろしくね。珍しい本もたくさんあるから、是非楽しんで。今日は来てくれてありがとう。お先に失礼します」
「こちらこそ、お時間いただきありがとうございました」
礼をして扉が閉じるのを待つ。その時、最高神官様が何か呟いたような気がした。少し顔を上げると、彼は微笑みを浮かべ手を振りながら扉を閉めた。
なんと言ったのか気になる。ソラーレ様は聞こえているのではないかと思い目線を隣に動かすと、彼はちょうど顔を上げたところだった。これは自分の勘違いだったのかな。
「どうかされましたか?」
「あ、すみません。少し考え事してました。そういえば、先ほどはありがとうございました。流行りの小説のこと、ご存じだったんですね」
「実は私も読書が好きでして」
「そうなんですか!ぜひおすすめの本教えていただきたいです」
「それでは、図書館でいくつかご紹介しますね。ご案内いたします」
後について部屋を出ると、隣の部屋で待っているはずのルミさんがいた。話を聞くと最高神官様が声をかけていたようだ。この後は図書館にいくと伝え、一緒に向かった。