第3話「元木恵子」
谷崎俊一朗は自宅浴槽の風呂に浸かる形で喉を切り、出血死で亡くなった。
見つけたのは大家さんだが、その腐敗状態はとても酷かったよう。
死亡解剖の結果、死後1カ月半は経過しているとの事。何ならばその時系列は裕翔が殺害された日にあたるとまで知らされた。いよいよ私のなかで裕翔の事件と谷崎が関わっているように思えて仕方がなくなる。
一連の事実は元木さんから話された。
「柏木さん、話は伺っておりますよ?」
「何の話ですか?」
「あなた、勝手に探偵を雇って谷崎の家に向かっていたようですね」
「どうしてそれを……?」
「私達は私達で目を持っているのですよ。勝手な真似はやめてくださいと言ったじゃないですか。私達の捜査に影響を及ぼします。もっと私達を信じて欲しい」
「私は裕翔が死んだ事で彼がどうなっているのか気になって動いただけですよ」
「一度離婚して決別したヤクザに対してですか?」
「嫌味を言うのですね?」
「嫌味じゃない。彼は自殺をしてしまうほど不安定な精神状態にあった。もしもその彼があなたの言葉に逆上して手をだしたのなら、それはただの暴力なんかで済まされなかった……!」
「でも、変ですよ」
「何が変ですか!」
「彼が自殺したのが裕翔の殺された日と同じ日だなんて。何の関係もなかったと関係者はそれを聞いて思うことなんかできません」
元木さんは溜息をつく。
そして私の隣のブランコに乗って煙草を吸い始めた。
「煙草、吸われるのですね?」
「やめていたのですけどね。ストレスの掛かる仕事だから。ごめんなさい」
「私も1本いいですか?」
「柏木さんも吸われるのですか?」
「やめていたのですけどね。今日からまた吸おうかなって」
「悪いことさせちゃいますね。裕翔君のこと、申し訳なく思います」
「いいえ。私の方こそわがままばかりを言っているようで」
私はずっと疑問に思って仕方なかった。
裕翔がまっすぐ家に帰ってこなかったこと。
その裕翔がこの公園で殺されてしまったこと。
あの九条天理という女と接点を持っていたこと。
全部が全部、信じられない嘘で塗り固められているような気がするのだ。
久しぶりの煙草。
谷崎と別れて心機一転、真面目に生きる女性になれた気がしたのだけど……
人生とは何事もうまくいかないものだ……
「柏木さん、これから何も余計な事をしないと約束してくれるのならば機密事項を教えてやらないでもないです」
「機密事項?」
「ええ。でも、知ればあなたは動揺するでしょうし、これから開かれる裁判にも影響がでかねません」
「知りたいです。知りたい」
「約束してくれますかね?」
「約束?」
「これ以上は余計な詮索をしてくれないと。裁判までは静かにしてくれると」
「分かりました。だけどこれからそういった事は分かり次第にこの私にも教えて欲しい。それを逆に約束してくれますか?」
彼女は煙を空に向け吹かし「全部秘密にしてくださいね」と念押した。
気がつけば陽はとっくに沈んでいた――
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