孫権と陳武 2
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「孫権様!」
言葉と共に施然が吹っ飛んだ。
偽の御者が孫権に向かって切りかかってきたところを、施然が割って入って斬撃を受け止めたところだった。
小柄な施然では衝撃を流しきれず、反動でそのまま孫権の前から消える。
「施然!大丈夫か!」
声をかけたが、様子を確認する余裕はなかった。
次の男の攻撃に備える。
すぐに重い衝撃が孫権の剣に降り注いだ。
「よそ見をせずよく見ているようだ」
男の声がにやついている。
子供相手に余裕だと思われているのだろう。
「だがどれぐらい持つかな」
言って再び相手が剣を降ろす。
今度はすんでのところで横に避けた。
同時に視界の端で施然の様子を確認する。
ちらっと見えた施然はまだうずくまってはいるものの、地面に叩きつけられる直前に受け身は取っていたようで、動けない、という感じではなさそうだった。
その証拠に一瞬あった視線はしっかりとしていて、手にも剣が握られている。
こちらの状況を見て反撃しようと言った所なのだろう。
だったら隙を誘うまで。
「さっきからありきたりの事しか言えないんだな。自信があるのは子供をいたぶる腕前だけか?」
「なんだと?」
孫権の言葉に偽の御者が乗ってきた。
しめた、とばかりに孫権が続けようとした時だった。
「私は子供じゃありませんよ」
なぜか施然も乗ってきた。
施然の方に偽の御者が振り返った。
そしてまじまじとその姿を見る。
「いや、お前はどうみても子供だろう」
呆れたように言う偽の御者。
それに対し、施然が反論する。
「子供じゃありません!見かけで判断しないでください」
「いやお前歳いくつだ」
「十三です!」
「子供じゃないか」
口論を始める二人。
その様子をやや呆れて見ていたが、ちらっと施然が此方に視線を向けた。
なるほど、そういうことか。
孫権がそっと剣を構え直した時だった。
「甘いな。俺がこんなことで隙を見せると……」
「おーい!お前たち、お釣りを忘れてるぞ」
偽の御者が孫権に切りかかろうとしたところで、駆け付けてきた陳武に声をかけられ、動きが止まった。
その隙に孫権が後ろに飛び退り、偽の御者から距離を取る。
「あとこれ、俺の料理褒めてくれたからおまけでやる……って何してんだ?お前ら」
陳武が、二人の様子をまじまじと眺めた。
「なんだお前物盗りか?子供を襲うなんて感心しないな」
「いや、だから子供じゃ」
「なんだおっさん。お前もやる気か?」
偽の御者が陳武と対峙する。
「その体つき。相当な腕前とみる。先にやっとくか」
「ほう、わかってるじゃねぇか。だがな」
言って陳武が剣を抜く。
「何度も言うが俺はおっさんじゃねぇんだよっ、今年で十八だ!」
「陳武殿って若かったんですね」
「お前一言目に言うことがそれか?」
倒れて動かなくなった偽の御者を前に施然が言う。
陳武の腕前は相当なもので、ものの数合で決着がついた。
剣を払って収める陳武に孫権が言う。
「剣の腕前も大したもんだったな。料理が巧いだけじゃなったんだな」
「だろ?なんせこれからあの孫策軍に仕えるつもりだからな。これぐらいは鍛えとかないと」
自慢げに言った陳武の台詞に孫権が目を丸くした。
「え?お前これから兄上の所に行くつもりなのか?」
その言葉に陳武も驚く。
「ってえ?兄上ってことは……、もしかしてお前…いやあなた様は弟君の孫権様?」
「そうだぞ」
「これは失礼しました。無礼をお許しください」
言った孫権の前で慌てて陳武が跪き、拱手した。
「改めて俺は陳武。孫策様の御高名を伺い、その末席に加えていただこうと旅していたものです」
「そうか、俺も丁度兄上の所に行こうと思っていたところだ。陳武が良ければ一緒に行かないか?」
「それは願ってもない、是非」
二人が話していたところで施然が「ちょっと待って下さい!」と割って入ってきた。
「今さっき敵に襲われたばかりなんですよ!そう簡単に相手を信用するのは」
「そうはいってもさっき陳武は俺達を助けてくれたぞ」
施然の言葉に孫権が反論する。
それに対し施然も返した。
「そうやって私たちを安心させる手かも知れませんよ」
「だったらもっと先に俺達を殺すことはできたよな」
そういって孫権が持っていた焼餅を施然の口に突っ込む。
「さっきの食べ物に毒を入れてしまえばよかった話だ。違うか?」
「ほう……でふへほ」
「それに陳武も料理しながらつまみ食いしてただろう?命を狙われるのは今更じゃないからな。 その辺は用心してる」
孫権がもう一つとばかりに焼餅を口に頬張りながら答えた。
口をもごもごさせながら施然もそれにこたえる。
「むぐっ……ん、確かに」
「つまみ食いって……、一応あれは味見なんですがね」
陳武は気まずそうに頭を掻きながらも、二人の様子にほっと安心した。
「とりあえず証明できたなら何よりです。先ほども言いましたが旅費が足りなくて困っていたもんで」
「ってまさか私たちに旅費をたかる気ですか?」
陳武の言葉に朱然が叫び、陳武が慌てて反論する。
「あ、いや、ほらお二方御者いなくなったじゃないですか?俺馬も扱えるんで御者やりますよ?飯も作れるし」
「なるほど。陳武いるとなにかと便利だな。これはお買い得だぞ。施然」
「……確かに。これは納得せざるを得ませんね」
施然が財布の中身を見ながら考える。
「今後の旅を考えると一緒に来ていただいた方が得策かもしれませんね。いいでしょう。お願いします」
「期待してるぞ。陳武」
「ええ、ぜひともご期待にお答えしましょう!」
「私も期待しています」
「兄上もきっと喜ぶぞ」
「いやぁぞうですか?」
二人に褒められて、まんざらでもない陳武。
思わず顔がにやける。
が、
「こんな腕のいい料理人中々いないからな」
「戦場でも士気が上がりそうですね!」
馬車に乗り込み、楽しそうに話す二人の言葉に、
俺武将希望なんだけどな……。
そう思いつつも陳武は馬を走らせ、次の場所へと向かった。
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次は「蒋欽と周泰」の予定です。