孫権と陳武 1
閲覧ありがとうございます。
久々の更新になります。今回は2話です。
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曲阿を出て一日が経つ。
一行は何事もなく、平穏に目的地へと進んでいた。
「もしかしたら途中で賊の襲撃などがあるかもしれないと思っていたんですが、今のところ大丈夫そうですね」
孫権と並んで座った朱然が言う。
友達ではない、と言ったものの、お世話をする為に施然は孫権に付きっきりりだった。
今も起きたばかりの孫権の衣服を整えてあげている。
「それ位できるから世話を焼かなくてもいいぞ」
同い年の施然に世話してもらうのもと思って断るが、施然は頑として譲らない。
「孫権殿、この前紐の結わき方が甘くて解けかけてました。そんなみっともない格好でその辺を歩かれたら私がきちんとお世話出来ていないと疑われます」
腰に手を当ててぷんすこ言う施然。
一瞬、なるほどそうか、と納得しかけたが、
「いや、でも言ってくれれば自分で直すって?!」
「着崩れに関しては三度ほど既に注意いたしましたが?」
眼を細くして言う施然。
「つ、次は気を付けるから」
「わかりました。こちらも口頭注意で直していただけるものに関しては手を出さないようにいたします。手を出し過ぎて何もできない方になってしまっては困りますので」
言ってフンと鼻を鳴らす施然。
その様子に何か既視感を感じて脳内を巡らす。
そして気が付いてしまった。
思わず手で顔を覆う。
これは完全に母親だ。
子供どころか友達通り越して見事なお母さんだ。
「俺友達が欲しかったのに」
「だから友達にはならないと言ってますが」
嘆く孫権の言葉に施然が「何をまた」といった感じで返事を返す。
会話に距離を感じるが、とはいえ目的地はまだまだ遠い。
こうして二人旅をしている間に、着いた頃には友達になっているかもしれない。
「まずは俺がしっかりするか」
気合を入れなおす孫権だったが、地図を眺めていた施然が孫権に尋ねる。
「孫権殿、そろそろ町が近いので寄って食事にしようと思うのですがいかがでしょうか?」
「お腹空いた!食事にしよう!」
「わかりました、ではそうしましょう。孫権殿がお腹を空かせているので町の方へお願いします」
言って御者に指示を出す施然。
「ついでに必要な物の買い出しもしましょう。危ないので私の傍から離れないで下さいね。欲しいものがあれば伝えていただければ必要かどうか判断の後、購入するかこちらで決めます。道中長いので無駄遣いはなさらないで下さいね。あと嫌いな食べ物があればお聞きいたしますが、健康の為にも……」
細々と注意をする施然。
施然、おそらく根っからのお世話気質だ。
孫権はそう思わずにはいられなかった。
「お前よく食うな」
「おやじの料理も美味いぞ」
「おやじじゃねぇ」
背の丈八尺はあろうかと思われる大柄の男が言った。
筋肉も隆々として、やや無精ひげを生やした顔。
手慣れた感じで肉や野菜を刻む様は熟練の料理人で、日焼けした精悍な見た目は三十を軽く超えていそうに見える。
「ならおっさん?」
施然の時は若く見積もってしまい失敗してしまったので、次は間違えまいと孫権が言う。
その言葉に対し、男は眉をしかめて答えた。
「言い方の問題じゃねぇ、いいかよく聞け、俺は」
「そんな言い方失礼ですよ。料理屋の主人。とても美味な食事をありがとうございました」
先に食事を終えた施然が男に言う。
施然の誉め言葉に男がやや顔をほころばせた。
「そうかい、ありがとなって、俺は料理屋の主人でもねぇ。此処で一時的に雇われてるだけだ」
「そうなんですか。とても手際がいいので、てっきり長年営まれているのかと」
驚く施然に男がやや気まずそうに話す。
「ちと事情で旅費が無くなっちまってな。此処で稼がせてもらっているっていうか」
その言葉に孫権が喜々として答えた。
「おっさんの腕なら店が出せるぞ。俺が保証する!名前は何だ?」
「俺は陳武だ。ってだから将来店を出すつもりなんかねぇんだよ。それに何度も言うがおっさんじゃ……」
「そうか、陳武美味かったぞ。そこの焼餅も馬車で喰うように貰っていくな」
「あっ!勝手に買い物はしないでくださいって言いましたよね!こちらにも予算というものが」
「これは俺の懐から出すからいいだろ。じゃぁここに金置いて行くな。行くぞ、施然」
男の言葉を遮って食事の終えた孫権がいい、施然と共に店を出る。
それに対し、孫権の後を追いながら施然はご立腹だった。
「買い物は相談してくださいって言いましたよね?」
「いいじゃないか、ちょっとぐらい」
「よくありません、まだ旅も序盤なのですから節約……むぐっ」
「ほら美味しいだろ?」
口に焼餅を詰め込まれる施然。
「……美味しいですけど……」
思った以上にそれが美味で、思わず頬が緩む。
「施然!美味しいは正義だ」
「次は騙されませんからね」
孫権の勢いに押され、もぐもぐしながら付き従う施然。
「さぁ先を急ぎますよ、できれば次の町まで移動してから宿を探したいので」
「次の所も美味い料理屋があるといいな」
「遊びじゃないんですよ!敵がいつ来るかもわからないんですから」
言いながら馬車まで戻って来た二人。
御者が施然に振り返り、声をかけた。
「どちらに向かいましょう」
「では……」
不意に施然が言葉を途切れさせ、孫権の袖を掴んで共に馬車から飛び降りた。
急な出来事であるにもかかわらず孫権も反応し、その場で一転して構える。
先に口を開いたのは孫権だった。
「誰だ?お前は」
孫権が剣に手をかける。
「よく入れ替わっているとわかったな」
偽の御者が馬車を降り、得物を手に二人に対峙する。
御者は兜と鎧で身を包んでいる為、一見しただけでは前と同じように見えるが、
「叔父上の兵は敵がいつ襲ってくるかわからない状況下では常に周りを警戒しているので『声をかけられて後ろに振り返る』なんてことはしないんですよ。あと顔も全然違いますよ」
「前の奴の方がもう少し男前だったしな」
「あと鎧はきちんと紐を結んだ方がいいですよ、あまいと脱げますので」
施然のお世話属性俺に対してだけじゃなくて、全方位なんだな。
と孫権が心の隅に思いつつも、緊迫して敵と対峙する。
施然が言う通り、朱治の兵はよく訓練されており、それは御者をしていた兵も例外ではない。
それを倒したということは相当の手練れ。
腕に自信がないわけではないが……。
「施然腕に自信は?」
「それなりには」
言って構える様子は様になっている。
二人で立ち向かえば何とかなるだろうか?
「子供二人でどうにかなると思っているのか?」
偽の御者が言って得物を構える。
「呪うなら孫策の弟として生まれたことを呪うんだな」
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【焼餅】等参考文献:「中国社会風俗史」
※参考資料として歴史資料等を使用いたしますが、あくまでも創作小説ですので、その辺ご理解いただけますようお願いいたします。