孫権と朱然 3
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「つまり勉強が嫌で学び舎から逃げていたってことですね」
さっさと誤解を解こうと木の上にいた理由を話した孫権。
その言葉に施然から呆れた口でこのような言葉が返ってきた。
「なる程、確かに孫権殿は勉強嫌いなお子様のようですが私は違いますよ。きちんと毎日書は欠かさず研鑽しています」
自慢げに言う施然。
どうやら未だに「子供」と言ったことを根に持っている様子。
そうむきになるところは年相応だな、と思いつつも、ふと思い出した。
「同い年って聞いて思い出した。お前朱治のところで可愛がられてるっていう甥っ子だろ。俺と同年代の子がいるって聞いた」
「最初にそう言いましたが」
馬車に揺られながら孫権が尋ねる。
その言葉に、ご機嫌斜めな施然が眉間に皺を寄せながら答えた。
「施家って確か名家だろ?なんでこんな朱治のお使いみたいなことしてるんだよ」
「叔父上の所で今社会勉強をさせていただいているのです。今は乱世ですから名家だからとのほほんと暮らしているわけにはいきません」
「でも危ないだろ?家に居ればいいのに」
「叔父上の兵を借りてきてますから大丈夫です」
「でも俺と同い年じゃないか」
「孫権様はお子様ですが私は違います」
思った以上に根に持っているらしい施然。
此処は誤解を解くと同時に謝罪をしておかねば。
「勉強から逃げてたんじゃなくて気分転換していただけだって。勉強自体は嫌いじゃない」
「確かに学び舎から避難していたのは正解でしたからね。危機管理能力は高いようです」
孫権の言葉に施然が少し考えた後頷く。
施然が言う通り、あの後屋敷まで戻る途中学び舎の傍を通ったが、何者かに火をつけられたのか、そこは真っ赤な火柱を上げていた。
屋敷よりも先に被害が出ていたところから見て、自分が真っ先に狙われた様子だ。
孫策の弟だから。
と危険視されることも少なくなかった。
今回もそういうことなのだろうか?
だったら先ほど施然がいっていた通り、家族とは分散して行動した方が正解なのだろう。
「施然も判断能力すごいな。感心したぞ」
碧眼を輝かせ、褒める孫権。
その瞳に吸い込まれたように、施然の動きが一瞬止まるが、
「私は当然のことをしただけです」
澄まして答え、目を逸らす。
が、耳がほんのり赤い。
照れているようである。
そんな様子はやはり年相応だが、
「さっきは子供なんて言ってごめん。施然は立派な指揮官だな。頼もしいぞ」
素直に謝る孫権。
言われて今度はやや頬が紅くなる。
「わかっていただければ幸いです」
しかし言っている言葉は冷静だ。
それに、
「施然は兄上と俺を比べたりしないんだな」
思っていたことをつい呟く。
「孫権殿は孫権殿でしょう?」
当たり前の様に施然が返す。
その言葉に孫権の顔が笑みで綻んだ。
施然は孫権を「孫策の弟」としてではなく「孫権」として扱ってくれる。
自分を自分として見てくれる。
それが孫権にはすごく嬉しかった。
「俺施然と友達になりたいな」
孫権が言う。
「俺さ、兄上と周瑜みたいなあんな感じの親友が欲しかったんだよな」
孫策と周瑜は、巷で『断金』と呼ばれているらしい。
自分もそんな友がずっと友達が欲しかった。
兄の様になんでも許し合える。
なんでも語り合える友が。
しかしその言葉に頭がもげんばかりに、施然が首を左右に振った。
「私が周瑜様なんて恐れ多いですよ」
施然の態度に孫権が驚いて尋ねる。
「周瑜を知ってるのか?」
「当り前じゃないですか。三公を二度にわたって輩出した名家のみならず、周瑜様といえば眉目秀麗、武芸に優れ、智謀もあり、音楽にも通じ、優雅かつ……」
「そんなに有名なのか」
「この辺で知らない人はいないですよ!」
「そうか、流石周瑜だな」
えっへん、となぜか孫権が誇らしげに言う。
それを見て不思議そうに朱然が尋ねた。
「何故孫権殿が自慢げなんですか?」
「俺周瑜の屋敷に住んでたことあるんだぞ!すごいだろ」
「すごいですね!ってなんでです?」
今まで澄ましていた施然もさすがにこれには驚く。
「父上が董卓討伐で留守番してた時、舒に移住したことがあってさ。周瑜も舒に住んでいるから兄上とのよしみで屋敷に住まわせてくれたんだ」
「……それ、孫策様がすごいんですよね」
「だろ?兄上すごいだろ!」
「ですから孫策様がすごいのは知ってます。叔父上が認めた方ですから」
俺もさっきそれ施然から聞いた。
と答えようとしたところで、先に施然が口を開いた。
「本当に孫権殿は兄上が好きなんですね」
「そうだぞ、でも施然も気に入った、友達になろうな」
にっこり手を出す孫権に施然が慌てて首を振る。
「駄目です、友達にはなれません」
「なんでだよ!」
言う孫権に施然は、ここに来る前、叔父朱治から言われた言葉を思い出す。
『孫権殿には同年代の子供が周りにいないからな。よく相手をしてやってくれ』
つまりそれってお世話をしてあげなさいってことだよな。
施然がそう解釈する。
「私は孫権殿のお世話係です」
「なんだよそれ!」
背筋を正して言った施然に孫権が文句を言う。
馬車はゆらゆらと揺れながら目的地へと向かって進んでいた。
「これで孫権は孤立してくれたようだね」
走り去っていく馬車を、小高い丘の上から男が一人眺める。
「あの教師が弟の気持ちを煽って兄と対抗してくれればと思ったけど、巧くいかなかったようだし。まぁでも他に手はいくらでもある」
言って脇に数巻抱えていた竹簡を一つ落とし、それを拾い上げる。
弾みで竹簡の紐が解け、からからと音を立てて文面が開いた。
その内容を見つめながら男が呟く。
「さぁて、次はどうしようかな。楽しみだな。」
その中身を読まなくても諳んじている兵法書を指でなぞる。
「待っててね。大好きな父親の後を追わせてあげるよ。嬉しいでしょう?」
そう呟いて男は薄ら笑みを浮かべると、竹簡を巻き直し、その場を後にした。
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