キャンプの朝
昨日の夜使っていた竈には真っ黒になった炭が残っていて、キーナさんはそれも使って火を熾すみたいだ。けど、その前にキーナさんは細めの薪を手に取って、ナイフで先の方を薄く削いでいく。
「それは何をしてるんですか?」
薪の皮を剝くみたいに、何度も先端に向かって削いでいくんだけど、キーナさんは器用にその剥けたささくれを切り落とさないように削っているんだ。
「フェザースティックよ。こうやって薄く削った木の皮を先端の方に集めていくと、羽毛みたいになっていくでしょ? こうしておくと燃えやすくなるの。つまりは着火剤ね」
「なるほど。あたしも火熾しの経験は何度かありますけど、太い木とかってなかなか燃えないんですよね」
「そうそう。だから、薄く削った部分を作って燃えやすくして、これを火種に薪へと火を移すのね」
「あたしは落ち葉とか使ってました。ただ、燃えやすいけどすぐ火が消えちゃうんですよね……」
「落ち葉を火種にするなら、それなりの量は必要よね。意外と火持ちがいいのは松ぼっくりかしら。この季節はちょっと難しいけど、かさが開いて乾燥しているものはよく燃えるわよ」
説明しながらも、手際よく三本のフェザースティックを作ったキーナさんはそれを竈に並べて、そこになぜかナイフを翳した。
すると次の瞬間、右手でナイフの背中を何かで素早く擦ったかと思うと火花が弾け飛び、それがフェザースティックに燃え移っていた。
「ええっー! 今の何ですか!?」
「ファイヤースターター。まあ、カッコよく言っているけど、ただの火打石よ。右手に持ったこの棒を擦ると火花が飛ぶの。火を付けるだけならマッチで全然構わないんだけど、マッチだと濡れると使いものにならない。けど、これは濡れても使えるのよ」
確かに急な雨に降られて道具が濡れちゃうってこともあるだろうし、キーナさんの場合は船乗りだから水没の危険とはいつも隣り合わせだ。だから、選ぶアイテムが防水のもの、濡れても大丈夫なものになるのも当然か。
「あとは少しずつ太い薪を重ねていけば……」
ぼうっと火が大きくなる。ただの火なのに、何か違って見えた。マッチやライターなんかで簡単に付けた火とは違う。知恵と少しの手間が加わった火は、何だかカッコよく見えたんだ。
昨日は全然気にしてなかったから知らなかった。野営をするなんて機会、今までじゃ考えられなかった。でも、こっちの世界じゃあり得ない話じゃないよね。だから、フェザースティック……憶えておこう。
さて、じゃあ今度はあたしの番か。
火熾しをしている間に鍋に張った水の中には昆布ともう一つ、最近新たに作ったものを入れておいた。
「ミコト、鍋に浮かんでいる小さな干物みたいなのは何なの?」
よくぞ聞いてくれました。
「それは煮干しです」
「ニボシ?」
「サビキで釣った小さなイワシを茹でて干したものですね。昆布と同じで出汁を取るために使うんです」
煮干しの作り方は簡単だ。まずはイワシの鱗を取る。これは指で水洗いするだけで簡単に取れる。あと、内臓もしっかり取っておこう。内臓が残ってると苦味や雑味が出てしまうからね。
イワシを洗ったら、次に茹でる。これは真水じゃなくて塩水がいい。何ならあたしは海水で茹でたけどね。真水だとイワシの旨味がそっちに溶け出しちゃうんだ。
そして、茹でる時の注意点は二つ。まずは温度。低温で、って言っても八〇度くらいのお湯がベストだ。沸騰はさせないこと。
そして、もう一つは茹で時間。イワシの大きさにもよるけど、大体三分から五分くらいかな。これも茹ですぎちゃうと旨味が逃げてしまうんだ。
茹で上がったら、あとはそれを天日干しにするだけだ。今回は五日ほど干したかな。簡単だけど時間はちょっと掛かるんだよね。けど、旨味が凝縮されるから、いい煮干しができるよ。
時短でサクッと作りたい場合はオーブンを使えばいい。
「これも鍋の時みたいに三十分くらい置いておくのね?」
「そうですね。絶対ってわけではないんですけど、時間に余裕があるならやっておいた方がいい一手間ですね」
「これで何を作るの?」
「やっぱり朝ご飯って言ったら、お味噌汁が必要でしょ」
「そ、そう言うもの……?」
キーナさんの反応は至極当然だ。何度も言うけど、ここはパンやパスタが主食なんだ。味噌汁が合うわけないよね。屋敷で出されるスープは大体コンソメかコンポタだもん。
ただ、味噌自体はあるから、こっちの人たちも味噌汁は知っているんだ。作る機会、飲む機会が極端に少ないってだけで。
「それ、アサカもたまに言うのよね」
「そうなんですか?」
「飲んだ次の日の朝は無性に味噌汁がほしくなる、って」
「ああ……それ、あたしも聞いたかもです」
「私はその感覚があまりわからなかったんだけど、ミコトの料理を頂くようになって、少し気持ちがわかる気がしてきたのよね。私もスズカゼ色に染まってきたのかも知れないわ」
くすっと笑うキーナさん。
スズカゼ色と言うか、和食文化に染まり始めてるんだけどね。
「沸騰する前に昆布は取り出して、煮干しは沸騰してから五分くらい煮ます。その間、灰汁が出るんで灰汁取りをします」
そう言えば、鍋をやる時にいろいろ仕切る人のことを鍋奉行って言うよね。これは有名だ。その他に、灰汁代官ってのがいるのを知ってる? 灰汁を取る係の人のことを、悪代官と絡めてそう言うらしい。あと、鍋が完成するのを待ってるだけの人を、町娘から転じて待ち娘って言うんだとか。
どうでもいい話だけどね。
「鍋のお湯が少し黄色く染まってきたわね」
「出汁が出た証拠ですね。じゃあ、煮干しも取り出して具材を入れて一煮立ちしたら味噌を溶きます。具材は昨日の鍋の残りですね」
豆腐にキノコ、ニンジンとネギだ。
「なるほどね、朝食用に残しておいたのね。余っていたから多く持ってきたのかと思っていたけど、ここまで考えるとはさすがミコト」
「いえ、ほんとはお肉入れたり、他の食材使ったりしたかったんですけど、どうしても荷物が嵩張ってしまって……。馬車で運んでもらえるとは言え、荷物を積んだり降ろしたりするのを考えたら少なくて軽い方がいいよな、って……」
「そうね。野営をするってなると、持って行けるものに制限が掛かるわ。だから、出発前まで装備には悩んでしまう。けど、その道具選びも楽しかったりするのよね」
それはあたしもわかる。釣りの場合でも、持って行けるアイテムが制限されることはある。おかっぱり釣行なら特にだ。釣りたい魚、釣りに行く場所、シーズン、天候。いろんなものを総合して考えて、リュックに詰め込むんだ。
その作業は本当に悩ましいものだけど、キーナさんが言うように楽しい時間でもある。
「キーナさんのマストアイテムはそのナイフですか?」
「な、何でわかったの?」
「いや、何となく」
強いて言うなら、自分自身もナイフを使うからだろうか。キーナさんのナイフ捌きを見ていて、手に馴染んでるだなぁ、って単純に思っただけだ。
だから、ちょっと驚き気味なのが、あたしにとっても少し驚きだ。
「これは一人前の船乗りになった時に、アサカが作ってくれたものなのよ。だから、切れ味もいいし、使い勝手も抜群。肌身離さず持っている御守りみたいなものかしらね」
「へぇー、ほぉー、なるほど」
「な、何よ、そのにやにやした顔は!?」
「別に何でもありませんよぉー?」
何だかんだ、この二人の話はほんわかするような、微笑ましいエピソードが多いんだよな。
「味噌汁が完成したら、一旦竈から退かして、網を置いたらメインディッシュを焼いていきましょうか」
「それはカマスの干物ね。また釣れたの?」
「はい。今回は桟橋から狙えて。もしかしたら季節が変わって岸寄りに回遊するようになったのかも知れませんね」
「あぁー……干物を見てるとお酒が飲みたくなってくるわ……」
「別に飲んでもいいのでは……?」
この後、運転するわけでもないんだし。馬車に乗って帰るだけだし。
どうでもいいけど、馬車って飲酒運転ダメなのかな……? ダメじゃなくても、普通に危ないか……。
「いや、さすがに朝っぱらから飲んでいる姿を見せるのはちょっとね……。一応、ミコトたちの保護者でもあるんだし」
「あたしは別に気にしないので、みんなが寝ている今のうち、かもですよ」
「もぉー、ミコトっ。惑わさないでっ」
焼き魚に味噌汁と来たら、やっぱりお米がほしいよね。けど、普通に白米じゃ面白くない。なので、お米も焼いちゃおう。
「お、お米って焼いていいものなの!?」
「もちろん。これは焼きおにぎり、ですよ」
昨日の出発前に握っておいたおにぎりを、スチールボックスに入れておいたんだ。サイズは少し小ぶり。それは醤油と味噌、二種類の味を楽しんでほしいからだ。
両面に焼き目が付いたら、まずは醤油を塗る。刷毛があればいいんだけど、それは持って来てないから、松葉みたいな植物を見付けて、それで代用している。醤油は何度か重ねて塗りながら、両面をこんがり焼いていく。
味噌を塗るのは出来上がり間近。味噌は焦げやすいから最後の仕上げって感じかな。
「ふわぁー……おはようさん」
朝食作りの最中に起きてきたアサカさんは、寝惚け眼を擦りながら欠伸をしていた。でも、鼻をくんくんさせた瞬間、一気に目が冴え渡るのだった。
「何かええ匂いしてると思ったら、干物やんか! しかも、カマス!? こら、あかん。寝起きでボーっとしとる場合ちゃうで」
スチールボックスに向かったアサカさんは、まだ融けずに残っていた氷をグラスに入れると、そこに冷酒を注ぐ。
その瞬間、あたしの傍にいたはずのキーナさんが静かにアサカさんの背後に回り込んでいた。
「ぷはぁー! 起き抜けの酒って背徳感あって美味さが三割増――」
ゴツン!
「痛っあああああー! 何やねん、何でいきなり拳骨喰らわなあかんねん!」
「私の我慢を返せっ!」
「何の話じゃボケ! 飲みたいんか!? 飲みたいんやったら飲めや!」
「そう言う話じゃないの! けど、とりあえず私にも一杯寄越しなさい!」
結局飲むんかい。
この二人のやり取りがうるさかったのか、ユフィとシルキーも起こされる羽目になるのだった。
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