ウナギの……
「た、確かによお見たら愛嬌のある顔に見えんこともないけど……何やこいつ、やたら元気やない? 魚も最初はぴちゃぴちゃ跳ねよるけど、こんなずっとぬめぬめ動き回ってんのは初めて見るで」
「ウナギってめちゃくちゃ生命力が高いんですよ。普通の魚なら陸に上げて、少し置いてると死んでしまうけど、ウナギはこの通り全然元気なんですよね。だから、あたしの国ではウナギを食べて、その生命力と元気を頂こうって言う日があるんですよ」
「や、やっぱ食べるんや……」
みんなして、そんな青褪めなくても……。
ウナギを食べようって日は、言うまでもなく土用の丑の日のことだ。夏の丑の日に栄養価の高いウナギを食べて、夏バテせずに乗り切ろうってことらしいけど、これはウナギじゃなくて「う」の付く食べ物なら何でもいいらしいね。
昔は瓜とかうどんとか食べてたとか。だしじゃないけど、夏の暑い日にはそう言うさっぱり系がいいよね、普通は。
「どんな風にして食べるの?」
「一番メジャーなのは蒲焼きじゃないかな。ウナギを開いて、醤油ベースのタレに付けて焼くの。それをご飯の上に乗せて食べる」
「……想像したら、ちょっと美味しそうかも」
「ただ、捌き方が少し特殊でね。知識として頭にはあるんだけど、実際に捌いたことはないんだよな」
だから、捌いてみたい……とは思う。けど、ご飯食べたばかりでお腹も減ってないんだよな……。興味と好奇心だけで捌いて、無理して食べるってのもウナギに悪いから、今回はリリースかな。
「特殊ってどう特殊なのですか?」
「うーん……まず、あたしの国では捌き方が東と西で二種類に分かれるんだ。東の地方では背開き、西の地方では腹開き」
「そ、それはなぜ……?」
「一般的には好みの違いかな。東の人たちはお腹から捌くやり方があまり好きじゃなかったんだよ」
東、東京、つまりは江戸。江戸のお侍さんたちは切腹を連想させる腹開きは縁起が悪くて嫌いだった。だから、背開きが浸透した。
逆に西、大阪は商人の町。商人さんたちは腹を割って話がしたいものだ。だから、腹開きが好まれた。
って、説をよく聞く。これも間違いとかではないんだろうけど、単純に東と西とではウナギの焼き方が違うから、捌き方も違うんだ。
関東はウナギを一度蒸してから焼く、蒸し焼き。関西は生のままからの直火焼き。蒸して焼く場合、身がふっくらして柔らかくなる代わりに、身が割れやすくなる。だから、身が厚い背中の部分に串を刺さなきゃだから、背開きにせざるを得ないんだ。
「あと、これだけ元気に動き回る上に体がぬめぬめするから、目打ちって言って釘みたいなものをウナギの頭に打って、それで固定してから捌くんだよね」
あと注意しなきゃなのは、ウナギの血だ。実はウナギの血には毒がある。まあ、強い毒性のものではないんだけど、手を怪我していたり、目に入ったりすると危ないから気を付けないといけない。
もう少し観察した後、ウナギをそっとリリースしてあげると、うねうねと夜の湖に消えていった。
「それにしても、魚ってほんといろいろなものがいるのね。さすがにあれはどう見ても蛇だったわよ」
「二人の悲鳴聞こえた時はお化けでも出たんかと思ったわ」
あたしは蛇よりそっちの方が嫌だな。てか、出ないよね、ここ? 何の気なしに出た言葉ですよね!?
「今から焚火囲んで怖い話でもしよか」
「しませんし、したらぶっ飛ばしますっ」
「ミコっちゃん、目がマジやから……」
その後暫く、竿はそのまま置き竿にして、みんなでカードゲームに興じるのだった。トランプみたいな感じだったけど、あたしが知っているものとは少し違くて、ルールを教わりながら楽しんでいた。
カードゲームなんて小学生以来じゃないかな。この世界でもこれは子供の遊びだと思う。でも、こうやって夜空の下で焚火を囲みながらやっているだけで、高揚感が湧き出てくるみたいだった。
更に夜が更けるとぶっ込み釣りの仕掛けを回収して、みんなでシルキーの別荘のお風呂へと向かう。ガチ勢なキャンパーさんには、贅沢なキャンプだな、とか言われちゃうのかもだけど、初心者なんで目を瞑ってもらえるとありがたい。
「こうやって、みんなで風呂入んのもええもんやなぁ」
「シルキーは恥ずかしそうですけどね」
「わ、私は家族以外の方と入浴するなんて……は、初めてなんですから!」
別荘だって言うのに、それとも別荘だからこそ、なのかな? お風呂って言うより浴場って感じのそこは、五人で入ってもまだまだ余裕のある広さだった。
「私も一応、これでも緊張しているからね? シルキー様やユフィ様みたいな貴族の方と庶民が同じお風呂に入るって普通あり得ないから」
「細かいこと気にすんなや、キーナ」
「あなたが気にしなさすぎなのっ」
あたしもキーナさんの感覚の方が正しいんだと思います。アサカさんとあたしは、ちょっと慣れすぎちゃってるのかな。
「お嬢さん、背中流したろかぁ?」
「ちょ、ちょっと、触らないで下さい……!」
「アサカさん、それはやりすぎです」
疲れを癒すための入浴だって言うのに、何だかんだと騒がしいあたしたちだった。
お風呂から上がったら、またみんなで焚火を囲みながらお喋りして、今日の寝床へと向かう。自動的にと言うか、自然にテントの振り分けは決まっていた。あたしとユフィとシルキーの三人、もう一つのテントにアサカさんとキーナさん。
ただ、大人二人はもう少しだけ晩酌を楽しむとのことだ。
あたしたちはテントへと入り、真ん中のポールに頭を寄せ合うような形で寝転がる。そのポールにはランタンを引っ掛ける部分があって、上手いこと作られてるんだな、と少し感心してしまった。
マットは折り畳み式でそこまで厚手のものじゃないんだけど、背中は痛くないし寝心地も普通だ。ちょっと硬めの布団ってくらい?
寝袋は軽くて薄い、フリースみたいな素材が使われていて、肌触りがめちゃくちゃ気持ち良かった。
「キャンプってこんなに楽しかったんだね。ねえ、またやりたいよね!?」
「だね。今度は海辺でやってみたいな。あとはキーナさんに船を出してもらって、どこかの島とか」
「何だか冒険みたいなキャンプですわね。でも、楽しそう」
憧れていた釣りキャンプも明日になれば終わってしまう。だから、寝るのが惜しい気もするんだけど、やっぱり眠気には勝てない。
ランタンの火を消しても真っ暗ってわけじゃない。焚火と何より、満天の星空のお蔭でテントの中は薄暗いって感じだ。けど、逆にそれくらいがちょうど良くて、虫除け用に焚いているお香の香りも相俟って、いつの間にかあたしは夢の中へと落ちていた。
翌朝、あたしは小鳥の囀りで目を覚ました。何とも優雅な目覚めだ。時刻は午前四時前。釣り人の性なのか、自然と起きてしまうんだよね。
ユフィとシルキーはまだ眠っていて、あたしは静かにテントの外へと出た。
「くぅー……!」
白んだ空を見上げながら、ぐぐっと伸びをする。凛とした綺麗な空気が心地いい。
せっかくだし釣りでもしよう。
仕掛けはそのままにしておいたから、ミミズを付けたらぶっ込む。寝起きでソッコー釣りができる環境ってマジ幸せだなぁ。
汲んでおいた湧き水で喉を潤したら、あたしは湖畔を少し散策することにした。ロッドに付けた鈴の音が聞こえるであろう範囲を適当に歩いていると、
「これは……?」
砂利道には不似合いな青白い輝きに引き寄せられるように歩いていくと、そこに落ちていたのは小石ほどの青く澄んだ何かだった。
宝石、なわけないか。持った重さ的にガラス……? ビーチとかで見掛けるシーグラスみたいなものかな?
湖でもシーグラスができるのか、それともどこからか運ばれてきたのか。それはわからないけど、あたしはキャンプの記念にそれを頂いておくことにした。
「確かこの辺りって……」
昨日、ウナギが釣れて、それをリリースした場所に近い気がする。だからだろうか、漠然とこんな言葉が思い浮かんでしまった。
これってウナギの恩返し、だったりして。
ただ、ぶっ込み釣りの方にはアタリはなく、どうやら釣果には恩恵がなかったみたいだ。
陽が昇り始めると、まずはキーナさんが起床。
「おはよう、ミコト」
「おはようございます、キーナさん。さすが船乗り、早いですね」
「釣り人には負けたけどね。火の準備しましょうか。手伝ってくれる?」
「はい」
この場合の焚火は暖を取るためじゃなく、調理用の焚火だ。だから、火熾し=朝食作りの開始だ。
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