蛇!?
キジハタ鍋の締めはやっぱり雑炊だ。ご飯は予め屋敷で炊いておいたのを持ってきた。こっちで炊けないことはないし、湧き水の話を聞いてそれでお米を炊きたいとも一瞬思ったけど、やっぱり手間はできるだけ省きたいよね。
キャンプってもっと大変なものだと思ってた。キャンプは不便を楽しむものだ、って誰かが言っていたような気もする。
けど、実際にやってみると予め準備しておけることっていろいろある。キーナさんのホイル焼きもそうだし、あたしが作った鍋の食材もキジハタ以外は屋敷で切っておいたのを袋に詰めて持ってきたんだ。
現地でやるとヘタとか皮とか、どうしてもゴミが出てしまうからね。極力、ゴミは減らしたかったんだ。そこは釣りもキャンプもマナーは同じ。ゴミはポイ捨てしない。
締めに雑炊にするのもそう言う意味があって、米が出汁を吸ってくれるから、鍋のスープを余すことなく食べられるんだ。キーナさんたちが普段の野営でパスタにするのも、ゴミを出さないような工夫から生まれたものなんじゃないかな。
こんな綺麗な湖を汚せるわけない。この景色は何十年、何百年先もこのままであってほしい。
「星が綺麗だな……」
「だよね。私もここで見る夜空は格別だと思う」
「ですわね。けれど、一人で見上げる時よりも今のほうがより綺麗に見えますわ」
夕食後、あたしたちは湖畔に座ってお茶を飲みながら、ぶっ込み釣りを再開させていた。キーナさんが岸辺にも即席竈を作ってくれて、傍に焚火があるから寒さ対策もばっちりだ。
そのキーナさんは後ろのキャンプ地でアサカさんと、まだまだ楽しくお酒を飲んでいるみたいだ。
「手を伸ばせば届きそう、ってこう言うことを言うんだろうな……」
リアルに天の川なんて見たことはないけど、多分今あたしの頭上にあるのをそう呼ぶんだと思う。無数の星が一筋の川を描くみたいに、煌めきながら浮かんでいるんだ。
中には少し赤みを帯びた星や、少し青色掛かった星もあって、色のコントラストも優美さを助長している。
「ミコ姉、星空よりも私はこんな夜中に魚が釣れるのか、と言うことの方が気になるのですが?」
「ですよね。私もこんな時間に釣りするのは初めてだもん」
実はあたしも夜釣りの経験はそんなに多くない。小さい頃はお祖父ちゃんに連れて行ってもらったけど、一人で釣りするようになってからは夕マヅメが終わったら切り上げるようにしていた。
女の子が夜中の川や海で一人っきりなんて危険すぎるもんね。だから、この夜の部もあたしは結構楽しみにしていたんだ。日本国内だと湖での夜釣りを禁止しているところが多いって聞いたことあるしね。
「魚の中には夜行性のものもいるんだよ。野池で見掛けたナマズとかね。ここにナマズがいるかはちょっと微妙だけど。他にはアジ、メバル、スズキなんかがメジャーだね。けど、それ以外でも結構割といろいろ釣れるんだよ」
「でも、今出てきた魚ってほとんど海の魚じゃ……」
さ、さすがユフィ、よく気が付いたね。
「実はあたしも夜釣りってそんなに経験なくてね。幼い頃に、しかも海でしかやったことないんだ。だから、あたしとしても何が釣れるのか楽しみなんだよね」
「では、正に釣りギルドとしての調査活動ですね」
「そうだね。またフィーリアトラウトみたいな未知の魚が釣れちゃうかもね」
焚火に薪をくべながら、シルキーが淹れてくれたハーブティーを飲みつつ、たまにパールジュを火で炙って食べる。何て至福なひと時なんだろうか。
焚火の炎の揺らめきもいいんだけど、キャンプ用に準備してくれたランタンの火も可愛くて心が落ち着く。世間の人々がキャンプにハマる理由もよくわかるよ。
「今、鈴が鳴ったね」
「えっ? そ、そうかな? 気付かなかったかも」
りんりんりん――。
やっぱりそうだ。何かが掛かった。
「今度はミコトがお願い! 私は一回逃がしちゃってるから!」
「いいの? じゃあ、お言葉に甘えて……」
掛かったのはユフィがキャストした竿の方だったけど、あたしにフッキングが託されることになった。
ドラグを締めて、少しだけラインを張る。まだ餌を齧っているような状態かな。食いきってない。だから、少し待って……――今!
「おっ、乗った乗った。けど、あんまり大きくないな」
寝惚けてるってことはないだろうけど、そこまで活性が高いわけじゃないんだろう。結構あっさり釣れてしまったのは、カワムツだった。
「カワムツか。二十センチそこらって感じだね」
「けど、昼間に釣れてたカワムツより大きいよ」
「確かにカワムツにしては大きい方だね。ただまあ、もう晩ご飯は食べたからリリースと」
食べられないことはないけど、ウグイと同じで小骨が多いって聞いたな。
餌を付け直して、再びキャスト。今度はちょっと奮発して、ミミズを一気に三匹付けてみた。
「今更だけど、ここら辺って自然が豊かだから野生動物もたくさんいるんじゃないの?」
「いると思うよ。だから、この時期は定期的に狩猟ギルドの人たちに来てもらって、別荘地には近寄らせないようにしてるんだって。リスとか鳥とか、小さい動物は見るけど、大きな動物は見たことないよ。あっ、でも去年、アライグマ見たんだった」
「アライグマか……」
「可愛いよねぇ」
「まあ、可愛いのは認めるけどアライグマはあれで凶暴だからね? 絶対近付いちゃダメだよ?」
「きょ、凶暴なの!?」
うちの世界では古いアニメの影響でえらく可愛らしい動物として位置付けられているけど、それはフィーリアでもあんまり変わらないみたいだ。
「アライグマってあんな可愛い見た目のくせに、人間に全然懐かないらしいんだ。それどころか気性が荒くて攻撃性も高い。猟犬すら追い払うって話だからね」
「そ、そうなのですか……!? 全然知らなかったですわ……」
「おまけに手先が器用で運動神経も抜群。捕まえたと思っても、ちょっとの隙間があれば逃げちゃうんだ」
「ミコ姉は魚だけじゃなく動物のことも詳しいのですね」
「アライグマはたまたまね。お祖母ちゃんの畑がアライグマに食い荒らされたことがあってね。その時に来てくれた業者の人――ギルドの人に聞いたんだ」
あと、寄生虫とか病気とか持ってることがあるから、そう言った意味でも怖い動物なんだとか。
「本当に、ミコ姉といると新しい発見ばかりで楽しいですわ」
「急にどうしたの? 何か恥ずかしいな……」
「ユフィには何でもないことでしょうが、こうやってミコ姉と夜遅くまでお話しできるなんて機会、そうそうありませんから。少し舞い上がっているのかも知れません」
「言われてみたら、そうだね。けど、そもそも領主の娘と気軽にお話しできるのが凄いことなんだろうけどね」
しかも、こんな風にキャンプするとかさ。
それから暫く、ぶっ込み釣りに反応はなかった。やっぱり海の方が夜に釣れる魚は多いのかな。
そんなことを考えていると、ここでようやくのアタリ。さっきミミズを奮発して付けたユフィのロッドの方だ。これはちょっと期待してしまう。
「じゃあ、順番的にはシルキーかな」
「わ、わかりましたわ!」
「ドラグを締めるのを忘れないでね」
タイミングを見計らってシルキーに合図を送ると、上手くフッキングしたようでロッドが大きく撓った。けど、その様子がちょっとおかしかった。
「わわっ! も、物凄い引きですわ! それに、何だか引き方がいつもとは違うような……!」
「えらく暴れてるみたいだね……。シルキー、少しドラグを緩めようか。無理せずに、魚がバテるのを待とう」
「は、はい!」
夜でもこの引き方……。夜行性の魚ってことだよね? まさか、ほんとにナマズ? まあ、いないってことはないだろうしな……。
ナマズの引きはパワフルだから、そことも一致している。それに、なかなかバテる気配もない。ナマズは持久力も結構高いんだ。
「シルキー、焦らなくても大丈夫だからね。徐々に近付いてる」
ランタンを持って湖畔を照らす。懐中電灯ほどの距離は照らせないけど、ぼんやりと水面は見える。
さて、ナマズか否か……。
その正体がいよいよ明らかになった。
「うーん……?」
えらく細長い魚影が見えたような……。
「えいっ!」
シルキーが掛け声を上げてロッドを大きく振り上げると、その勢いで魚が水面から飛び出した。それがあたしの方へと飛んでくるもんだから、思わず手を出すと偶然にもラインをキャッチすることに成功した。
「おおっ! 凄いのが釣れ――」
釣れた魚が二人にもわかるように掲げた瞬間だった。
「ぎゃぁあああああー!」
と、まさかの悲鳴。これにはアサカさんとキーナさんも慌てた様子で駆けてくるのだった。
「ど、どないしたん!?」
「何かあったの!?」
「って、ミコっちゃん、それ!」
「み、ミコト、危ないわよ!」
えっ? 危ない? これが?
「へ、蛇だー!」
……ああ、なるほど。そう言うことか。
「ユフィ、これは蛇じゃないよ。これも立派な魚。名前は鰻、だよ」
「う、ウナギ? これが魚なの!?」
そう、釣れたのはウナギだった。ウナギもナマズと同じで夜行性の魚ってのを忘れてた。
ウナギは言わずと知れた高級魚。天然のものなら尚更だよね。それが釣れるって凄いって思われるかもだけど、意外と結構釣れる魚なんだ。しかも、ここみたいに綺麗な水じゃなくても、例えばだけど荒川でも釣れる。
別に荒川が汚いって言ってるんじゃなくて、身近な川でも釣れるってのを言いたいのだよ。
「ほら、よく見て。蛇みたいに鋭い顔じゃなくて、ちょっとのっぺりした顔でしょ? ヒレもあるし、蛇みたいな牙もない」
せっかくだから網に入れて、みんなに観察してもらうことにした。
それにしても、ここでウナギを釣り上げるなんて、シルキーは持ってるよなぁ……。
よければ、いいね ブックマークして頂けると励みになります。
引き続き宜しくお願い致します。




