キャンプの夜
いつも屋敷で使っている食器はどれもお洒落で、高価そうなものばかり。だから、上手に作ろうとか、上手に盛り付けようって思うから、いい刺激を貰っているとも言える。
けど、キャンプにそんな食器は不似合いだ。持ってくる途中で割れちゃうかも知れないんだし。だから、あたしたちが今使っているのは木のお椀だ。
木目が濃くて、どこか武骨。けど、それがキャンプ飯にはしっくり来ているような気がした。
「夏に鍋って季節外れな感じもしたんですけど、せっかくいいサイズのキジハタが手に入ったんで、存分にその美味しさを味わってほしくて」
「確かに季節感は真逆ですが、ここの夜は涼しいを少し通り越して肌寒いくらいですわ。だから、寒がりな私としては嬉しいチョイスです、ミコ姉」
「そっか、良かったよ」
確かに、陽が傾いてからのここの気温は春、もしくは秋くらいの体感温度じゃないだろうか。ここから陽も沈んでもう少し気温が下がるって考えたら、鍋料理を選んで正解だったのかも知れないな。
「キジハタって前に刺身で食べさせてもろたやつやんね?」
「あの刺身も美味しかったけど、今度はそれがお鍋になっちゃうなんて、楽しみすぎるよ」
そうだった。ユフィとアサカさんは根魚尽くしの根魚三昧をやった時に、キジハタは経験済みなのだ。けど、刺身と鍋はまた別物。それをじっくり堪能してもらおう。
「綺麗なスープですわ。これにミコ姉特製のポン酢を掛けて、と……」
ふぅーふぅー、と湯気を飛ばして一口。その瞬間、時が止まったかのようにみんな動かなくなってしまった。けど、程なくして口からは湯気と、歓声が上がるのだった。
「うっはー! うまっ! これは堪らん!」
「身はもちろんだけど、このスープにもキジハタの旨味が溶け込んでいるのがよくわかるわ。それが他の野菜やキノコにも馴染んで一体化してる感じだわ」
「キジハタがぷるぷるで美味しい! スープも透明で、一見すると薄味なのかなって思うけど、そんなことない! 魚と他の具材の良さが混ざり合った濃厚なスープだね!」
「海の食材と大地の食材が反発することなく、見事に融合し、互いを高め合っていますわ。生まれや文化が違うからと言って拒んではいけない。これが今の社会に求められる多様性。ミコ姉はそれを料理で訴えているのですね!」
はぁー、美味しー。温まるぅー。
「これぞ正に、鍋と言う社会での異文化コミュニケーション!」
「シルキー様、その譬え……めっちゃええやん! それな、異文化コミュニケーション!」
せっかく無視していたのに、まさか今回はアサカさんにハマるなんて……。これもキャンプの効果なのかな……?
「ここは一旦、ビールからの冷酒やな」
「私はこの間教えてもらったチューハイってやつにするわ」
二人ともよく飲むな……。アサカさんに至っては、さっきまで酔って寝てたのに……。
そんな心の内が顔に出ていたのか、アサカさんはニカっと笑って手をひらひらさせる。
「一回寝たらリセットされんねんて。あと、酒が進むんはミコっちゃんの料理が美味しい証拠やで」
「でも、実際ほんとに美味しいよ。この特製ポン酢もスッキリしてて美味しいし、この鍋によく合うんだよね。この爽やかな香りが何とも言えないよ」
「柚子がほしかったんだけど、市場の八百屋さんには入荷がないって言われてさ。だから、柚子に似た柑橘類で応用したんだよね」
夏場にも青い若い柚子が出回ることがあるけど、黄色い熟した柚子は秋から冬に生るものだ。旬じゃない上にスズカゼの特産品ってなると、フィーリアで手に入れるのはなかなか困難なんだよね。
「このような鍋料理も納涼祭にいいのではないですか? もっと大きな鍋で一気にたくさん作って、お椀に盛って提供する。納涼祭はどうしても冷たいものに手が進みますが、私は食べすぎると体が冷えて温かいものが恋しくなるので」
「炊き出しみたいな感じか。それは考えなかったな。そっか、逆に温かい料理もありなのか」
「アラ汁とかええんちゃう?」
「魚料理をやる以上、アラは絶対に出るので利用していきたいですよね」
見捨てられていた魚が、実は捨てるところなんてないんだよ、って知ってもらうにはいいメニューだよね。アラ汁も骨せんべいも。
「けど、このキジハタは前日に偶然釣れたのよね? 納涼祭に合わせて釣ることは可能なの?」
「そこはあまり大きな問題じゃないかと。確かにキジハタを狙って釣るのは難しいですけど、他の魚でも代用はできるので」
カサゴやメバル、オオモンハタなんかの他の根魚でも鍋にすると絶品だ。単純に西でのアコウが人気ってだけ。
「怖いのは単純に天気ですね。納涼祭の前日、前々日の天気が釣りに向かない日だと、もう最悪ですよ……」
「天気さえ良ければ、うちらで手分けして釣れるもんな」
「そうですね。みんなで同じ魚を狙うんじゃなくて、場合によっては根魚班と回遊魚班、みたいに分かれて魚を集めることになるかも知れません」
メンバーの数は他のギルドに比べたら少ないんだろうけど、全員が釣りできるってのは大きなプラスポイントだ。キーナさんに船を出してもらってオフショア組と、陸から狙うショア組とかで分けてもいいしね。
「何だか、思いの外やれることがたくさんあって、逆にそれが悩みの種だね……」
「そうですわね。これもミコ姉の料理スキルの高さ故、でしょうか……」
「シルキー様が後ろにいてくれる、と言うのも大きいと思いますよ」
「と、当然でしょう! け、けど、スタインウェイ家も少しは役に立っているのではなくて!?」
おお、典型的なツンデレって久々に見たな。
「みんなと話していて、ちょっとずつイメージは出来上がっているんだよね。今のアラ汁なんかのスープもいい案だけど、メインは軽食。食べ歩きもしやすくて、尚且つお腹にも溜まる食事になるもの。そこにはフィーリアの食文化を、フィーリアの美味しい食べ物を取り入れたい」
「そ、そんなええとこ取りの料理ってある!?」
「そこでパッと思い付いたのが、ハンバーガーです」
ハンバーガー。それはフィーリアにもある食文化だ。けど、そこにどうやって魚を使うのか、上手く想像できない様子だった。
ただ一人を除いては。
「そっか! フライにしてパンに挟むんだね! ミコトに出会って間もない頃、そんな話してた!」
「ロイドさんとネリスタさんにアジを振る舞った時だね。正にその通り。魚をフライにして、フィーリアの美味しいパンで挟むんだ。これのいいところは、アジじゃなくても大体の魚なら美味しくなるってところ」
「領主様やシルキー様にお出しした時みたいに、何か特定の魚を狙う必要はないってことだね」
「うん、そう言うこと。そして、そのハンバーガーの味を決めるソースは、あたしの特製タルタルソース」
「……ぐはっ!」
いきなり仰向けに倒れるユフィ。それをアサカさんが危なげにキャッチ。
「ゆ、ユフィ様がそのハンバーガーの味を想像しただけで失神した!? どんだけヤバいん!? それ食べて、うちらは生きていられんのか!?」
「いや、ユフィが大袈裟なだけですから……」
「アサカさん、騙されないで……。油断しちゃダメ……。ミコトの考えは途轍もなく壮大で、異次元……ガクっ!」
「ユフィ様ー!」
ユフィが悪ノリするのって珍しい。やっぱキャンプ効果なのかな。こうやって大自然に囲まれて、みんなで楽しく火を囲むと、いつもとは違う自分が出ちゃうんだろうか。
「シルキー様、バカは放って鍋を頂きましょう」
「そうですわね」
「おい! 誰がバカやねん!」
「キーナさん、そのバカに私は含まれてないよね!?」
いつにも増して、笑い声が絶えないキャンプの夜はもう暫く続くのだった。
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