キャンプ鍋
陽も傾いてきて、夕方へと向かう頃。釣り人としてはチャンスタイムである夕マヅメなんだけど、晩ご飯を任されている料理人としては準備に取り掛かる時間でもある。
釣りをしながら料理を作りたいよー。
そんなことできるわけないじゃん。
むふふふ、それができるんだなー。
てれててっててーん。ぶっ込み釣りー。
はい、心の中のしょーもない小芝居はさっさと終わらせて、あたしは仕掛けを用意する。って言っても、ぶっ込み釣りは基本、錘と針さえあればできちゃう簡単な仕掛けだ。
錘は中通し錘って言う、錘の中にラインを通すタイプのものを使う。これで錘がライン上を自由に移動する。けど、針の方までは来てほしくないからサルカンって言うストッパーを途中で結んで、そこから更にテグスを使って釣り針を結ぶ。
「ミコト、こんな感じで大丈夫?」
「うん、オッケーだよ。あとは餌付けてキャストして、魚が食い付くまで待ってるだけ」
「片手間でも釣りがしたいって、これを考えた人は相当釣り好きなんだね」
「ははは、そうかも……」
置き竿にする時はロッドスタンドなんかがあれば便利だけど、なければどこかに立て掛けるだけでもいいし、最悪地べたに置いても大丈夫。
ただ、こんなに自然溢れる場所なんだ。木や枝なんでいくらでも落ちているから、それを拾ってきて地面に突き刺して、ロッドスタンドを自作しておいた。
「置き竿にする時はドラグを緩めておいて。締めたまんまだとロッドごと魚に持って行かれちゃうから」
「そ、それは大変だ!」
「最後にバイトがわかるように鈴を付けたら完了。鈴は竿先じゃなくて中間よりちょい上くらいがいいよ。竿先だと風でも揺れちゃうから、ややこしいんだよね」
キャンプ地からちょっと離れた湖畔からキャストして、置き竿にしたらあたしはキャンプ地へと戻って料理だ。これくらいの距離なら鈴の音は聞こえるし、何より今はユフィとシルキーが見張りをしてくれている。
まあ、見張りってよりかは単純に気になって仕方ないだけだろうけど。
「ぐがー……くごー……」
「あ、アサカさん、寝ちゃったんですか!?」
ウッドチェアに座ったまま、アサカさんは背凭れに頭を預けて豪快な鼾を搔いていた。
「ちょっと飲みすぎただけよ。夕餉の香りで簡単に起きるわ」
「キーナさんはあんまり酔ってなさそうですね?」
多分、同じくらいの量のお酒は飲んでると思うけど。てか、現在進行形でまだ飲んでるけどね。
「私は船乗りよ? どんな荒波でも酔わない。この程度のお酒で酔うわけないでしょ」
おおー、何かカッコいい! けど、この無駄なドヤ顔……。やっぱ酔ってんな、この人。
「今回は何を作るの?」
「あんまり夏っぽくないんですけど、鍋にしようかと思います」
「へぇー、いいんじゃない? 野営ではよく鍋をするもの」
「ちなみに、どんな感じの鍋なんです?」
「トマトベースだったり、ハーブを利かせたものだったり。最後にパスタを入れることが多いから、それに合う味付けね」
なるほど、洋風鍋がこっちのオーソドックスなわけだ。最後はパスタで締めか……。それはそれで美味しそうだな。
まあ、いきなり路線変更できるわけもないので、これから作るのは一般的な和風鍋だ。出汁のベースは昆布。まずはこれをミリアナ湖の湧き水に浸しておく。昆布に切れ目をいくつか入れてやると出汁が出やすくなるよ。
食材も一般的なものだ。キノコが数種類にネギ、彩り役でニンジン、アサカさんに持って来てもらった豆腐。白菜があればなって思ってたんだけど、なかったんで水菜っぽい青菜を使うことにした。
そもそも白菜って冬の野菜だもんね。今の日本じゃ年がら年中売ってるから、旬ってものを忘れそうになるよ。
「で、メインの食材は……」
「やっぱりミコトと言ったら魚よね。けど、これ……大きな魚ね……。何なの、これは?」
「キジハタです。キャンプ前日に偶然釣れて……。まさか、このサイズが近所の磯で釣れるとは思いませんでしたけどね……」
計測結果は四十三センチ。丸々太った体高のいいキジハタだ。シーバスか青物を狙っていたんだけど、まさか根魚のキジハタが釣れるなんてね。でも、嬉しい誤算だ。
キジハタはあのクエにも並ぶ超高級魚。お祖父ちゃんは「キロ、一万円だ」と言ってたくらいだ。このキジハタがよく水揚げされるのは西の方で、キジハタじゃなくてアコウと呼ぶ。
夏のフグとも称されるくらいで、関西の方では「夏のアコウ、冬のフグ」って言うくらいの風物詩でもあるんだ。
キーナさんたちが大きめのスチールボックスを持って行くって聞いていたから、その場で締めて内臓は取り除き、捌きはせずにここまでそれに入れて持ってきたのだ。
「鱗を取ったら、早速三枚におろして、と……。中骨と腹骨は出汁に使うので、これも捨てずにちゃんと残しておきます。頭も美味しいので半分に割って、カマと分けて。身は皮付きのまま食べやすい大きさにカット」
「お湯、沸いたわよ」
「ありがとうございます。じゃあ、切ったキジハタに満遍なく掛けちゃって下さい」
「今から鍋で煮るのに、先にお湯で茹でるの?」
「茹でるって言うより、臭みやぬめりを取るためのものですね。霜降り処理って言うんです」
「焼き魚の時はしないわよね?」
「そうですね。焼く場合は臭いの原因である血や脂が身から落ちてくれるんですけど、煮物や鍋の場合はそれが出汁と混ざっちゃうんですよ」
「ああ、確かに。ただ煮ればいいだけじゃないのね」
熱湯に潜らせた中骨と腹骨を昆布と一緒に火に掛ける。ちなみに鍋は底が丸い、田舎の囲炉裏なんかにありそうな金属製の鍋だ。アサカさんが作ったのかな? しっかりした見た目の割りに軽い。
「灰汁が出てきたら、しっかりこれを掬い取る。こう言う作業を面倒臭がると――」
「ミコト! 鈴鳴ってるよ!」
と、ここでまさかのバイト。面倒臭がっちゃいけないって言ってんのに、今鍋を放って釣りするわけにはいかんよな。
「ユフィがアワセていいよー。あたしは手が離せないからー」
「了解! ミコトに代わって私が釣ってみせ――」
「それなら、私がやりますわ!」
「いえ! ここは私が!」
「おーい、喧嘩してる間に逃げられちゃうよー」
結局ユフィが担当することになったようで、タイミングを見計らってフッキングする。その瞬間、
ギギーと、どこか虚しいドラグ音が響く。
「……あれ? ああっ! そっか! ドラグ緩めてたの忘れてたー!」
あっ、言うの忘れてた……。結構あるあるなんだよね。ぶっ込み釣り始めたばっかの時はあたしもよくやったよ。ドラグを締めずにフッキングしてしまう、あの凡ミスを。
「ごめん、ミコト! 逃げられちゃった……!」
「気にしない、気にしない。また餌付けてキャストしておいて。あと、たまに餌付いてるかも確認しておくといいよ」
さて、こっちも料理再開だ。
鍋が煮立つ前に昆布と骨は取り出しておいて、アサカさんが持ってきていた冷酒を拝借して少し鍋の中へ。あとは塩と醤油で出汁を整えたら、キノコと豆腐とニンジンを鍋の中へ入れる。
キジハタは先に頭とカマを入れておいて、後から身を投入。最後に水菜っぽい青菜をさっと茹でたら、キジハタ鍋の完成だ。
「へぇー! これがスズカゼ風の鍋なのね。スープが透明で綺麗だわ」
「このミコト特製ポン酢を少し掛けて、食べて下さい」
大層に取り出してみせたけど、特製ポン酢の作り方は簡単だ。醤油に味醂と酢を混ぜて、柑橘類の果汁を絞って入れたものに昆布を漬けておくだけ。柑橘類は何でもいいんだけど、あたしは柚子ポン酢が好きだから、柚子に近い風味のものを選んでおいた。
「ぐがー……んごっ! ああん……? 何や、ええ匂い……。ご飯……?」
おおっ、ほんとに起きた……。ある意味、目覚まし時計いらずだな、この人……。
ユフィとシルキーも仕掛けを回収して戻ってきて、みんなで鍋を囲んでのキャンプご飯だ。陽はまだ完全には沈んでいないんだけど、時刻的にはもう夕飯時。いろいろ歩き回ったせいか、お腹ペコペコだ。
「じゃあ、今回もミコっちゃんに感謝して」
「頂きまーす!」
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