フィーリアトラウト
おお、結構引くね、こいつ。
長い延べ竿を撓らせる奴の正体はもうわかってる。あの綺麗な魚体が見えたから。
さっきシルキーが釣った、白いトラウトだ。リリースしたやつがまた掛かるってことはほぼあり得ないから、これはまた別の個体だ。大きさもさっきのよりはありそうだぞ。
「よし、ゲットー」
竿を持った右手を高く上げて魚を引き寄せ、左手に持った網で慎重に掬う。
「またあの白い魚だ!」
「私のより大きいですわ! さすがミコ姉!」
「もう一匹いたってことは、偶然生まれた突然変異ではないってことなのかな?」
マス、トラウトは養殖が盛んで品種改良みたいに食用で独自のブランドマス、ブランドサーモンを作ってる養殖場もあるみたい。だから、この魚もあたしの世界のどこかには存在してるのかも知れない。
でも、自然界でこんな綺麗な魚が生み出され、育ったってことにあたしは素直に感動していた。
「二匹も立て続けに釣れるってなると、他にもたくさん生息してる可能性は高いね」
「今まで見たことなかったのは、ここにしか住んでない魚だから?」
「ミリアナ湖の固有種って可能性は確かにあるけど、この湖は川になって最終的には海に注いでるみたいだから、他の場所にも生息している可能性の方が高いと思うよ。ただ、ここみたいに綺麗で冷たい水が流れてるところが好きなのかも知れないね」
ニジマスもずっと淡水で暮らすものもいれば、海に出てまた川に戻ってくるものもいる。こいつもその習性があるのなら、その過程で生息地を広げている可能性もあるかも知れないよね。
ちなみに、ずっと淡水で暮らしてた「陸封型」と海に出て再び川に戻る「降海型」とでは、大きさも見た目も全然違う。陸封型をレインボートラウト、降海型をスチールヘッドって言うんだけど、これの呼び名が違うのは二つの魚が全くの別物と思われていたからだそうだ。
ずっと田舎で暮らしてきた奴と、一回上京して垢抜けて帰ってきた奴との違い、みたいな感じかな? ……違うか?
「食べられるのでしょうか?」
「うーむ……。そこは本当に悩ましいところだね……」
確実に言えるのは、生食はやめておいた方がいいってことか。未知の魚だからって理由じゃなく、淡水魚だから寄生虫のリスクが高い。
「淡水魚で毒を持ってる魚って珍しいんだよね。持っててもヒレに毒針があるとか、そう言う毒の持ち方なんだ。フグみたいに食べたら死んじゃうとかじゃない」
ただ、未知の魚がいた以上、あたしの常識が通用するとは限らない。これが有毒トラウトの可能性は十分にあるんだ。
あと、毒ではないんだけど食べすぎると良くない魚ってのもいる。アブラボウズとかバラムツとかがそうだ。こいつらは全身大トロみたいな脂がノリノリな魚なんだけど、この脂には体内で消化できない成分が含まれていて、大量に食べると下痢を起こすんだ。
これがそう言う魚だった場合、このキャンプは悲惨な思い出として刻まれてしまう。
「けど、今回はリリースしよう。今、この段階でリスクを冒すべきじゃない。もう少し観察できることはあるはずだからね。例えば、他の魚に捕食されてるとか、鳥や獣がこの魚を食べているとか。それが確認できるだけでも、食用できる可能性は高まるからね」
「わかった。ここはギルマスの指示に従うよ。けど、白い魚ってままなのも何か可哀想だよね。ミコトが名前を付けてあげたら?」
「ええっ!? あ、あたしが!?」
「ミコトが初めて発見したのかはわからないけど、フィーリアにはミコト以外に魚がわかる人なんていないんだしさ。これから調査して研究していくんだし、名前があった方がいいでしょ?」
「ま、まあ、確かにそうだけど……」
魚に名前か……。ペットに名前を付けるのとはちょっと訳が違うからな……。ここは無難にいくべきか……。
「ふぃ、フィーリアトラウト、でどうかな?」
「いいと思いますわ。もしも、この魚がとても美味な魚だとわかったら、それを世界に広めることもできる。それが街の名前を冠したものだなんて、誇らしいし素晴らしいですわ」
「じゃあ、とりあえずあたしたちの中での通り名はフィーリアトラウトで」
ユフィが言ったようにあたしたちが第一発見者とは限らないし、別に学名みたいなものを発表したわけじゃない。
けど、こんな体験、見知らぬ魚に名前を付けるなんて経験ができたのは、異世界に来たからこそなんだろうな。
それが何だか嬉しくて、あたしはリリースしたフィーリアトラウトの行く先を見えなくなっても暫く追っていた。
それからお昼頃まで下流の方へと釣り下って行ったんだけど、釣れたのはウグイやカワムツばかり。フィーリアトラウトは個体数がそこまで多くないのか、それともそう簡単には釣れない魚なのか。
あたし的には後者な感じがするな。管理釣り場ならまだしも、自然の魚を相手のバンバン釣れるってイメージはないし。
お腹も空いてきたんでキャンプ地に戻ってみると、テーブルや椅子がセッティングされていて、いかにもキャンプです! って空間が出来上がっていた。
さすがはキャンプ慣れしたアサカさんとキーナさんなんだけど……。
「その手に持ってるのは何ですか?」
「いやぁ……すまん。設営し終わったら勢いで……なっ?」
「大丈夫よ! まだビールだけだから!」
いや、ビールなら大丈夫って意味もわからんから。エナジードリンク飲んでます、的な感じにしたいのか? いや、ならんし。アルコールだし。
まっ、今日はキャンプだし、大人には大人の楽しみ方だってある。あたしたちだってキャンプの準備を任せて釣りを楽しませてもらったんだしね。
「釣りの方はどないやったん?」
「凄い成果があったよ! ミコトでも知らない魚が釣れたの!」
「へぇー! そりゃ凄いやん!」
一応、アサカさんとキーナさんにもフィーリアトラウトの特徴を聞いてもらったんだけど、二人ともそう言う魚は見たことないらしい。
「焚火見てるとキャンプだーって感じしますよね」
二人は早速貰った薪に火を付けていて、あたしも特には寒くないのに思わず焚火に手を翳していた。条件反射って言うのかな? 手を当てたくなる。
「焚火の傍にある、この銀紙の包みはなんですか?」
「それは私が持ってきたホイル焼きよ。ミコトばかりに頼っちゃいけないと思って、お昼ご飯用に用意したの」
おお! キャンプ飯っぽい! 焚火で料理するとか、ちょっとした憧れなんだよねぇ。焚火で魚を塩焼きにする程度のことしかやったことないから。
しかも、石で即席の竈を作って焚火してるから、より「ぽさ」が出てるんだ。その竈の傍に人数分の包みが並んでいて、キーナさんはたまに火との距離や向きを変えていた。
「おっ! ええ匂いしてきたやん。匂いだけでも酒進むで」
「今日は女子だけだし、周りを気にしないでいいから、ニンニクマシマシにしてきたわ」
銀紙の包みから漏れ出す蒸気からはニンニクと、あとバターとスパイスのいい香りがする。これは食欲をそそる匂いだ。
「ホイル焼きはよく作るんですか?」
「野営する時はね。予め食材と調味料を包んで持って行けば、あとは野営地で焚火に当てればいいだけだから楽なのよ」
「材料って何使ってるんです?」
「今回は鶏肉とキャベツと玉ねぎ、あとはキノコを数種類。ああ、そうだ。作っていて思ったんだけど、鶏肉の代わりに魚を使っても美味しそうじゃない?」
「全っ然、ありです!」
正にその通り。魚だと鮭がメジャーどころじゃないかな。鮭のホイル焼き、とかね。だから、サケ科の魚なら大体美味しくできる。ニジマスとかヤマメとかね。
つまりはトラウト。
あのフィーリアトラウトをホイル焼きにしたら、きっと美味しいんだろうな……。
「納涼祭で魚のホイル焼きやんのも、ありなんちゃう?」
「アジくらいのサイズなら一匹丸ごとホイル焼きにできるから、見た目にもインパクトがあって良さそうですね」
「けど、それだったら普通に塩焼きにしている方がいいんじゃない? 焼いているところを見てもらう方が、魚のことを知ってもらえるんじゃないかしら?」
「ユフィとシルキーはどう思う?」
今思い出したけど、このキャンプは納涼祭のことを話し合う場でもあったんだ。
「私たちはもう魚を見慣れているから姿焼きを美味しそうって思うけど、そうじゃない人からしたらインパクトが大きすぎるんじゃないかな……?」
「私もそう思いますわ。魚の形をしている料理よりかは、魚が含まれている料理の方が受け入れられやすいかと思います」
「だったら、前に孤児院で作った塩イワシのパスタなんていいんじゃない? 子供たちが喜んで食べてくれたって言う前例もあるわけだし」
「空腹で限界だったってのもあるかもですけど……確かに最初はフィーリアにある料理に近いものの方がいいのかも知れませんね」
こっちの人の主食はパスタとパン。今もキーナさんはバケットをナイフで切って、焼いてくれている。ホイル焼きと一緒に食べるんだろう。
「ミコっちゃんらしい料理で勝負すんのも、うちはありやと思うけどな。スズカゼっぽさを出せば、応援とか支援みたいな気持ちで買ってくれるんとちゃう?」
「い、いや、別に同情されたいわけじゃないので、それは何とも……」
てか、スズカゼ出身じゃないし。なのに、スズカゼの名を使うのはちょっと躊躇われるよ。
「パスタみたいにガッツリ料理って感じの出店も人気なんですか? あたし、お祭りのイメージって食べ歩きできるような、軽食とかおやつみたいなものがメインだと思ってたんですけど」
「正直、半々くらいやないかな?」
「そうね。街の至る所にテーブルや椅子を出して、食事できるスペースが作られるから、ちゃんと座って食べるって人も多いわ」
「うちも小さい頃、納涼祭の時の晩ご飯は母親が買ってきた出店の料理やったもん。その日の夕食用にって買っていく人も多いで」
だったら、両方やるのもありか? まだ確定じゃないけど、孤児院の子たちに手伝ってもらえれば人手は増える。作れる料理の幅も量も増えるってことだ。
「おっと、ホイル焼きもいい感じね。包みを開ける時は気を付けて。熱いから。あと、バケットはおかわりあるから、ほしかったら言ってね」
お皿の上に乗せられたホイル焼きの包みを開けると、ぶわっと蒸気が立ち上がり、鼻の奥どころか脳天にまで香りが突き刺さる。
食べなくてもわかる。超絶美味いやつじゃん、これ。
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