夏キャン
そこへは馬車に揺られること二時間くらいは掛かっただろうか。けど、着いてしまえば乗っていた疲れなんて吹っ飛んでしまう景色が待っていた。
雑木林の先の湖畔は砂利道になっていて、その先に湖があった。更にその向こう、湖の対岸側には少し大きな山があって、あたしは「この絵面、よく見たことあるぞ!?」と思った。
そこは千円札の裏にある絵と、本栖湖から富士山を望む景色によく似ていたんだ。
「よっしゃ! 帰るまでがキャンプやからな! みんな、浮かれるんやないで!」
「それ、帰る時に言う台詞じゃないの? てか、浮かれてるのはあなたでしょ」
そんなアサカさんとキーナさんのボケとツッコミで始まった一泊二日の夏のキャンプは、天気にも恵まれて空は眩しすぎるほどのブルーだ。馬車に乗る前、フィーリアの街の気温は朝からでも汗ばむ陽気だったけど、ここは標高も高くて風がよく抜けるから、陽が昇っても涼しいと感じるくらいの気温だった。
「そんじゃ、まずはテント張ろか。今回はうちとキーナで一個ずつテント持ってきたから、分かれて使おな」
そわそわ。
めっちゃ綺麗な湖だな……。どんな魚がいるんだろ……。
「わたしはミコ姉と一緒がいいですわ」
「わ、私も!」
そわそわ。
ここまでのクリアレイクは初めてだよぉ……。いつもの釣りが通じるかどうか……。
「それは後で決めたらええやん。それよか、まずはみんなで協力して、パパっとテント張るで」
そわそわ。
ちょっと歩いたところには源流って言うか、湖が狭まって渓流みたいになっているところもあるんだよね……。
「……ミコっちゃん? 聞いてる?」
前回のリベンジ、ここで果たしたいな……!
「はよ釣りしたいのはわかるけど、まずは寝床の確保や!」
「は、はい!」
二人が用意してくれたテントは、真ん中に一本のポールを立てるタイプのテントだった。さすがにテントに関しては詳しくないから、あたしはアサカさんに、ユフィとシルキーはキーナさんに教わりながらの設営となった。
「まずはこのインナーシートを杭で固定すると」
「はい」
こう言う作業はタープの設営でも使うから慣れてはいる。
「そしたら中からポールを入れて、真ん中で固定して立てる。上からアウターになるフライシートを被せたら、こっちもロープと杭を使って固定や」
湖近くの湖畔は砂利だから杭が刺さらないので、テントは雑木林寄りに設営している。寝る時も砂利の上だと背中痛いしね。まあ、下に敷くマットはあるけど。
設営できたテントは綺麗な三角形をしていて、あたしの印象だけどTHEテント! て感じだ。中も結構広くて、中央部分はあたしでも全然立てる高さもある。
ただ、真ん中のポールはなかなか存在感があって、邪魔とまでは言わないけど、不注意で蹴飛ばさないかな、とか思ってしまう。
「テントの設営は完了ね。後はテーブルやら椅子やら食卓の準備と、クライブ様の別荘から焚き火用の薪も貰ってこないと」
「昼飯の準備もしとかんとな」
うぅ……。まだまだやること、結構あるんだな……。
「まあ、その辺はうちらでやっとくから、ミコっちゃんはユフィ様とシルキー様連れて、釣り行っといで」
「い、いや、そんなわけには――」
「ええよ。はよ釣り行きたいって顔に書いてあるし」
「……いいんですか?」
「実地調査は釣りギルドの活動内容やろ? せっかく釣り竿も用意したったんやしさ」
そうなのだ。アサカさんはこの日のために延べ竿を三本も作ってくれた。
今回は製作時間があまりなかったため、伸縮機能はない、竹ロッドの進化版みたいな一本の木からできたロッドだ。
最初見た時、重くないのかなってちょっと不安だったんだけど、この素材の木は本当に軽くて柔軟性もかなりあるみたいだ。
そして、何よりの特徴は長い。約三メートルほどだ。
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
「ミコト、早く!」
「ミコ姉、行きましょう!」
傍目には二人に急かされるように、あたしは湖の方へと向かった。
とは言え、いきなり釣りを始めるわけじゃない。まずはフィールドの観察からだ。
「ほんと綺麗な水だな……」
「ここ〈ミリアナ湖〉に注ぐ湧き水は、そのまま飲める天然水としても有名なのですが、輸送する手間があるのでなかなか街まで出回らないのですわ」
「確かに途中、まあまあの山道だったもんね」
「ですが、ここに来たら飲める。湧き水で淹れたハーブティーを飲むのが、私の夏の楽しみでもありますわね」
「じゃあ、その水を料理に使うのもありだね」
それにしても、景色と言い水質と言い、本当に本栖湖にそっくりだ。本栖湖も日本屈指の透明度を誇る湖で、富士五湖にも数えられている。
まあ、行ったことないんだけどね。高校の遠足が富士山の近所にある、やたらと絶叫系のアトラクションが多い遊園地で、そこへ行く途中で立ち寄った休憩所のパンフを見て憶えた知識だ。
「これだけ綺麗だと泳いだら気持ちいいだろうな……って、あれ? フィーリアの人たちって海水浴と言うか、海や川なんかで泳いだりするんだっけ?」
「うん、やるよ。街の子供、特に男の子は夏の暑い日は大体川に飛び込んでるもん」
「そこには魚への恐怖と言うか、不安感はないんだ?」
「多少はあると思うよ。だから、男の子たちにとってみれば、度胸試し、みたいな感覚はあるかも。魚なんて平気だよ、みたいな」
「まあ、人間がばちゃばちゃ泳いでたら魚は普通逃げるけどね」
そっか、こっちの人も泳ぐのか。ここは避暑地だから泳ぐにはちょっと涼しすぎるけど、街に戻ったらやりたいな……水着回!
「特に、こう言う綺麗な水に住む川魚は警戒心が強い。ユフィは経験済みだからよく知ってるよね。だから、今日はこの長い竿が役に立つんだよ」
「どう言うことですの?」
「この竿の長さを利用して、遠くから釣りをするってこと。魚との距離を取って、警戒心をできるだけ与えないようにするんだ」
「釣りって面白いですわね。テナガエビの時はあんなにも短い竿だったのに、こんどは自分の身長よりも大きな竿を使うなんて」
確かに、シルキーに関しては何とも極端な経験の仕方だよね……。面白いって思ってもらえたから良かったけど。
「じゃあ、ちょっと移動しようか」
「ここで釣らないんだ?」
「ここはエリアが広すぎて、攻めきるのが難しいからね。向こうに行くとだんだんと湖が狭くなって川みたいになってたでしょ? まずはあそこに行ってみよう」
地図上では、その川筋はテナガエビ釣りをしたり川釣りをした川とはまた別のもので、フィーリアの街から北へ離れるように伸びているみたいだ。
「どんな魚が釣れるかな?」
「期待したいのはアユとかかな」
「アユ? 初めて聞く魚だね」
「別名を清流の女王とも言うくらい、こんな綺麗な川にしかいない魚なんだよ」
「せ、清流の女王!? キスみたい!」
キスは砂浜の女王だね。
「あたしの国では夏の風物詩とも言える魚で、釣ることではもちろん、食べることでも夏を感じられる魚だね」
「では、ミコ姉も夏になればアユを釣っていたのですか?」
「いやぁ、あたしが住んでた家の近くにはこんな綺麗な川はなくてさ。アユは食べるの専門かな」
「じゃあ、ミコ姉初のアユ釣りですわね!」
「うーん……アユ釣りか……。アユって独特な釣り方があることで有名なんだけど、それが友釣りって言うの。アユは成長すると苔をよく食べるから、美味しい苔があるところを一人占めしようと、縄張りを作る習性があるんだ。この縄張りに入ってきた他のアユには体当たりをお見舞いするんだよ」
「食い意地の張った魚ですのね」
「その習性を利用したのが友釣り。囮となるアユに針を付けて仕掛けに結んで、こいつを縄張りの中で泳がせる。すると、縄張りの主が怒って体当たりしてくるんだけど、ここで囮に付けた針に掛かるってわけだね」
小さい頃、テレビで友釣りの映像を見た時「凄い、みんな二匹も釣ってる!」と驚いてたんだけど、釣りするようになって知ったんだよね。あれ、一匹は囮じゃんって。
「……あれ? 囮用にアユを使うってことは、釣りする前からアユを手に入れておかなきゃいけないってことだよね!?」
「そうゆうこと。あたしの国では囮用のアユが売ってるんだけど、当然ここにはないよね」
しかも、一回調べたことあるんだけど、この囮アユ、一匹六百円くらいするらしい。それですぐ釣れたらいいけど、なかなか釣れなかったら囮のアユも弱ってきちゃうよね。だったら、保険として二匹買う。
はい、これで千二百円。
それに加え、アユ釣りができるような川って遊漁券が必要な場合がほとんどだ。この遊漁券は地域によって値段が違うけど、大体千円から二千円くらい。
つまり、釣りする前に三千円前後はお財布から消えるのだ。
だからって、遊漁券買わずに釣りするのはダメだかんね!
「もちろん、友釣りじゃなくて餌でもアユを釣ることはできるけどね。ただ、可能性は低くそうだから、釣れたらいいなって期待が高いってわけ」
「ミコ姉に釣れない魚なんていませんわ」
「さっきも言ったように、成長したアユって苔が大好きなんだよ。だからって、さすがに苔を釣り針に刺しても釣れないよね。ただ、苔だけじゃなくて川にいる虫なんかも食べることがあるから、アユの気分がそっちだったら釣れるかもって感じかな」
最近だとアユを狙ったルアーフィッシング、アユイングってのもあるみたい。これも友釣りと仕組みは同じで、ルアーを縄張りに侵入した別のアユに見せて、それに攻撃してきたアユを釣るって釣法だ。
こうやって、釣りって日々進化しているのが面白くて、楽しいところなんだよな。
「さて、この辺から釣りを始めようか。じゃあ、今回の仕掛けを説明するよ。今日やるのはミャク釣りって言うんだ」
「「ミャク釣り?」」
「仕掛けの途中にリボンみたいな目印が三つ並んでるでしょ? 魚が餌を食べると、この目印が動いたり沈んだり、変化するの。あと、手許にも何かしらの反応や感覚が伝わってくる。魚からの脈を感じながら釣りをするからミャク釣り」
ラインはアサカさんに作ってもらった中で、一番細いテグスだ。これも清流の魚に警戒心を与えないため。
目印から下の仕掛けも至ってシンプルで、ガン玉と針が付いているだけだ。
「餌はミミズをちょろっと持ってきたけど、現地調達もできるよ。川の中の石を引っ繰り返すと虫が付いてることがあるから、それを使うんだ」
「虫ってどんな?」
「何か……ちっちゃいヤゴみたいな?」
「……ヤゴ?」
「フィーリアってトンボいないの?」
「いるよ? けど、ヤゴは聞いたことない」
シルキーに目を向けると、彼女もふるふると首を左右に。
「トンボの幼虫をヤゴって言うの。で、そのヤゴは水の中に住んでるの」
「ええっ!? トンボって水の中で成長するの!?」
いやいや「ええっ!?」はこっちだ。ったく、最近の貴族令嬢はトンボの成長も学ばないのか。昔の貴族令嬢が何を学んでたなんか知らんけど。
「オタマジャクシがカエルになるのはさすがにわかるよね?」
「「……」」
おいぃいいいいい! 二人して沈黙かーいっ!
釣りを教えるより前に、この子らに生物を教えたいな。
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