職人ギルド
ギルド。和風に言えば、職業組合ってところだろうか。それはこっちの世界でも変わらないみたいで、いろいろなものを売り捌く大本の商人ギルドがあって、その売り物を製造したり、栽培から収穫したりするのが職人ギルドだそうだ。
だから、農業や畜産業も職人ギルドに含まれている。ゆくゆくは漁業もそうなってくれたら嬉しいかな。
「今日はロイドさんの紹介で工業ギルドに行くわけだけど……ユフィ、学校は?」
当たり前のように付いて来て――いや、道を知らないあたしを案内してくれているけど、ネリスタさんの話だと学校に通っている風だったんだよな。パブリックスクール、とか言ってたっけ。
「私が通っているスクールは特に登校義務はないから。課題は家に送られて来て、それを提出すればいいし、行きたい時に行けばいいって感じかな」
通信制の学校、みたいな感覚なのかな? 考えてみれば、貴族のお嬢様が毎朝登校するのって危ないよね。変な奴らに狙われるかも。もちろん、送迎はするんだろうけど、それにだって人を雇う賃金がいるわけだし。
「じゃあ、安心して道案内を任せていいわけだ」
「うん! こっちだよ、ミコト」
今もこうして普通に街中を歩いているわけだけど、護衛の人とかはいない。ユフィと二人っきりだ。そこまであたしを信頼してくれているのか、それともこの街の治安がとてもいいのか。それはわからないけど、お姉さんを任せられたんだから、ユフィのことはあたしがちゃんと守らないと。
そんな決意を胸に、辿り着いたのはレンガ造りの一軒家だった。工業ギルドって言うから、もっと大きな、工場みたいな場所をイメージしていたんだけど、普通の小さな可愛らしいお家だった。
「ここがそうなの?」
「屋敷の家具とか雑貨を作ってくれている、とっても器用なギルドなの。人柄がちょっと特徴的なんだけど、お母様はそれがお気に入りらしくて」
「そうなんだ? でも、ネリスタさんのお気に入りなら安心だね」
常連だって言うユフィが扉を開くと、鳴子が揺れて音を響かせた。扉の向こうはワンフロアで、両サイドには陳列棚が並び、奥には受付。その更に向こうに、こっちへと振り向く女性の顔が見えた。
「こんにちは、アサカさん」
「おお、ユフィ様やん。そっちは……誰や? メイドさん? にしても、ネリスタ様と一緒やないのは珍しいやん」
んん!? こ、これは……関西弁!?
「こちらは私のお友達のミコト。ミコト、こちらは工業ギルドのアサカさんだよ」
「ミコトちゃん、か。よろしくな。うちはアサカ・トミーや」
「ど、どうも……」
アサカ・トミー。例えばだけど、富井朝香、って書き換えることもできるよね……? もしかして、アサカさんって……。
「アサカさんってスズカゼ出身なんですか?」
「いや、うちの祖父ちゃん祖母ちゃんがそうやってだけで、うちはユーシア生まれのユーシア育ちやよ」
「その独特な喋り方と言うか、方言は……?」
「これは祖父ちゃんらの影響なんよ。祖父ちゃん祖母ちゃんはスズカゼでも〈オワセーヌ地方〉の出身でな。両親もこんな感じやから、自然とうちもそうなってもうてん」
オワセーヌ。つまりは、日本で言う関西地方ってことなんだろう。
ただ、アサカさんって顔立ちは洋風なのに、そんな人から関西弁が発せられるのは違和感でしかないんだけど……。
赤い髪に青い瞳。色彩豊かな人だ。髪はそんなに長くなくて、口を開かなければクールな感じがしそう。お姉さんって言うより、姐さんって呼ばれてそうなタイプかも。
「ここってアサカさんのお店、なんですよね? アサカさん、凄く若そうなのに、自分の店を持ってて凄いですね」
「せやねん、うちまだ十六やからな」
「ええー! ほんとですか!?」
「アサカさん、二十一だよ」
「アホ、ギリまだ二十歳やっ。すぐバラすなや、ユフィ様ぁ」
何か、ノリも関西人っぽい? 貴族のご令嬢にアホとか言っちゃってるし……。
「そんで? 何か用あって、うちに来たんちゃうん?」
「そうでした。アサカさん、これを見てほしいんですけど」
「んー、どれどれ?」
あたしはタックル一式を受付のテーブルの上に並べた。その瞬間、さっきまでのキャラが嘘だったみたいに、アサカさんは食い入るように釣り道具を見つめていた。
「な、何や、これ……。こんなん見たことないで……。てか、これが何なんかも、用途もまるでわからん……」
「これは釣りの道具です。釣りって言うのは魚を捕まえることですね」
「魚を……? これで……?」
さすがに情報量が多すぎたかな……。アサカさんにもまずは、釣りってものを見てもらった方が早かったかも。百聞は何とやら、だし。
「ふむふむ……ほうほう……なるなる、へそへそ……」
魔法は存在しないって知ったんだけど、今のアサカさんの呟きは魔法の呪文のようにしか聞こえなかった。
「何となくは理解したわ。針に引っ掛けた魚を、この棒と糸を使って引っ張ってくるってイメージでええんかな?」
「そうです! そこまでイメージできるって、アサカさん凄いですね」
「まあな。けど、これ作った奴も凄いで。ミコトちゃんが作ったん?」
「いえ、譲り受けたって感じですかね」
アサカさんはスズカゼに近しい人だ。あんまり余計なことは言えない。
「作りがどれもこれも緻密で繊細なもんばっかや。色彩豊かなもんも多いし、何かの道具って言うよりは芸術品に近いんちゃうかな」
「これと全く同じものじゃなくてもいいんです。これに似たようなものって作れたりしませんか?」
「多分……いける」
「ほんとに!?」
「いや、やらせてほしい。こんな作り甲斐がありそうなもん久々や。ミコっちゃん、これ材質とか聞いてもわかる?」
「詳細までは自信ないですけど、何でも聞いて下さい」
「オッケー。ほしたら、これなんやけど……――」
職人魂に火を付けてしまったのか、アサカさんはあれこれ質問してくる。それで気が付いたんだけど、
「なあ、ミコっちゃん、これ何?」「ミコっちゃん、これは何に使うん?」「ミコっちゃん」「なあ、ミコっちゃん」
ミコトちゃんがいつの間にやら、ミコっちゃんに変わっていた。
もちろん、嫌な気分なんて全然しなくて、寧ろ嬉しかった。こんな風に、渾名みたいな感じで呼ばれるのは随分久しぶりだったから。
「見た感じ、大体のもんは作れそうやで。ただ、このロッドって言うのとリールって言うのは、もうちょっと研究させてほしいかな」
「それは全然。急いでもいないんで。ルアーとかワームは、こんな形でこんな色がいい、とか指定したらアサカさんオリジナルのものが作れたりします?」
「それも可能やで。針やら錘やらの小物も簡単に作れそうや」
「じゃあ、早速で悪いんですけど……こう言う菱形の錘に針を付けることってできます?」
「うーんっと、問題ないで。この程度やったらすぐ作れるわ。ちょっと待ってて」
そう言い残して、アサカさんは受付の奥の部屋へと消えていった。あそこが仕事場、工房ってことなんだろうか。
待っている間、店の中を見ていたんだけど、商品棚にはナイフや大型の刃物、ハンマーなんかが並んでいる。工業ギルドって言うから、もっと日用品とか雑貨が並んでいるのかと思いきや、玄人寄りのホームセンターって感じなのかな。
「アサカさんは大工さんとかの工具を作る人なの?」
「昔はそうだったみたいなんだけど、今はどっちかと言うと魔物と闘うための武器だね」
「ま、魔物……!? こっちにはそんなのがいるの!?」
「スズカゼにはいない?」
「えっ、ええっと……あたしは見たことないかな……」
「スズカゼは自然の豊かな、四季の彩りが綺麗な国って聞くからね。魔物なんていないのかも」
全く知らない国だけど、スズカゼには魔物なんていませんように、ユフィが思い描く豊かな国でありますように、となぜか願ってしまうあたしだった。
そんなことはさて置き。この世界には魔法はないけど、魔物ってものは存在するらしい。どんな生き物なのかは知らないけど、魔物と聞いて想像するのはドラゴンとかゴブリン、あとはスライムとかだろうか。
「魔物ってどんな奴らなの? 他の動物たちとは何かが違うの?」
「私も明確な違いとか詳しいことは知らないんだけど、普通の動物が何かの影響で突然変異したもの、形を歪められたもの、って聞いたよ。そして、そいつらは執拗なまでに人を襲う、って」
「ユフィが知っている範囲で、どんな魔物がいるの?」
「んー……見たことはないけど、屋敷よりも大きなトカゲの魔物」
それ、ドラゴンだよね?
「オオカミとライオンが混ざったような猛獣」
んー、何とかパンサーとか、何とかウルフ、みたいなやつかな?
「あと、大きくはないんだけど、何かぷるぷるした生き物とか、かな」
ああ、そりゃスライムだ。
「今はまだそんなに多くはないんだけど、これから増えていくかもって言う学者さんもいるみたい。実際、小さな町が襲われた事件もあるの。だから、本当は雑貨を扱うようなアサカさんのお店にも、武器を作ってほしいって依頼するお客さんも増えたんだって」
このナイフや刃物も護身用ってことなのか。あたしも釣りに行く時は、今まで以上に気を付けた方がいいかも。安易な気持ちでユフィを連れ回しちゃいけない、絶対に。
「よっしゃー、できたで。ミコっちゃん、こんな感じでどうや?」
軽快に現れたアサカさんの手には、あたしが思い描いていた通りのものがあった。
菱形の錘。そのすぐ下に付けられた釣り針。
「ミコト、これは何をする道具なの?」
「これはね、ブラクリ。穴釣りをする道具だよ」
「ぶらくり……?」
ユフィはもちろんだけど、アサカさんまでも首を傾げている。何に使うのかも知らないまま、こんなあっさり作ってくれたアサカさんには本当に感謝だ。
「早速釣りに出掛けてみようか、ユフィ」
「うん、行く!」
今日は天気も良くて、波は穏やか。時間的には朝マヅメを逃したタイミングではあるんだけど、ゆっくり釣りをするにはいい時間だ。
ユフィが嬉しそうに拳を突き上げるのとほぼ同時。受付のテーブルがガタっと揺れた。
そして、
「それ、うちも付いて行ってええかな!?」
と、興奮気味にアサカさんが迫って来るのだった。
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