孤児院
カツオくんとは浜で別れたんだけど、結局あの子の名前聞きそびれちゃったな。でも、孤児院で暮らす女の子の名前は聞くことができた。
彼女の名前はエミリ、十一歳。
孤児院って施設自体はわかるけど、身近になかったからイメージでしかあたしの中にはなかった。親が何かの理由でいなくて、親戚とかにも引き取ってもらえず、最終的に預けられた場所。
あたしのイメージはこんな感じ。だから、エミリにはどうして孤児院にいるのかは聞けなかった。
「孤児院ってこっちでいいの?」
「うん」
あたしはエミリと手を繋いで孤児院を目指していた。
キーナさんには今日買った荷物を預け、屋敷に作り置きしておいた塩イワシを取りに行ってもらっている。
「何人くらいの子たちがいるの?」
「今は二十三人と、あと院長先生」
「孤児院には食料が何もないのかな?」
「乾燥パスタがあるだけ……。院長先生がたまに街の人からどうにか野菜とか果物を譲ってもらってきてくれて、茹でたパスタと一緒に食べるくらい。何もない時は塩茹でしたパスタだけの日もあるよ……」
貧富の差がここまであるなんて全然知らなかった。スタインウェイ家には本当に、思っていた何百倍も感謝しなくちゃいけないんだ。何不自由なく暮らせてもらえていることに。
「もう我慢できなかったの……。味もしないパスタだけを食べ続けるのが……」
「二十人分以上の料理を作るってなると、孤児院にあるパスタを使わせてもらうことになると思う。だから、食べさせてあげられるのはパスタになっちゃうけど……大丈夫?」
「全然、大丈夫! 料理になってるなら何でもいいの! 香りだけでもいいから!」
「え、エミリ……?」
「そこら辺の屋台で売っているような、いい香りがする料理でいい! 街の人たちが普通に食べているような見た目の料理でいいの! そしたら、私たちにとっては何でも美味しく感じられるから!」
エミリの、あたしの手を握る力がちょっとだけ強くなった。
確かに料理って舌だけじゃなくて、目と鼻でも楽しめるものだ。綺麗な盛り付け、馨しい香り。それだけで美味しく感じるのも事実だと思う。
「魚が美味しくないものなんて知ってる。それでも食べていいものがそれしかないのなら、私たちは受け入れるしかない」
でも、やっぱ味でしょ! 見た目と香りだけが良くて、口にしたら不味い料理なんて作れると思う!? このあたしが!
「エミリ、あたしってこれでも魚を扱うギルマスなの。美味しくないものなんて絶対に作らない。ちゃんと味でも満足させてみせるから」
「……ほんとに?」
「ほんとに。あたしに任せなさい!」
何だかんだ言って、エミリだって美味しいものを食べたいんだ。その期待に応えるべく、あたしは孤児院へと向かうのだった。
そこはレンガ造りの大きな建物だった。けど、壁には無数のヒビが走り、蔦が這う、お世辞にも綺麗とは言えない建物だ。子供の頃に想像した魔女の家って、こんなだった気がする。
エミリに続いて中に入ると、広間みたいなところに何人か子供たちがいて、一斉にあたしを見つめていた。
「誰?」
「誰だろ、あのお姉ちゃん」
「もしかして、エミリのお姉ちゃん?」
まあ、そうなるよね……。ええっと、院長先生ってのはどこに……?
広間はきょろきょろ見回していると、子供に手を引かれて一人の女性がやって来た。老婆ってわけじゃないけど頭は白髪で、少し頬がこけているように見える。
他人事みたいな言い方になってしまうけど、あの人も苦労しているんだろうな……。
「あの、あなたは?」
「突然ごめんなさい。あたしはミコト、釣りギルドのギルドマスターです」
「釣り、ギルド……?」
「魚を釣って捕まえて、それを料理として活かすことを目的としたギルドです。実はエミリとはさっき海で出会いまして……――」
あたしはエミリと出会った経緯を話し、食材の提供を申し出た。
「い、いいのですか? 会って間もない私たちに……?」
「もちろんです。けど、あたしが提供できるのは魚です。卑しい身分の者が食べるもの、と世間では言われてるもの。もちろん、作るからには美味しいものにしますし、絶対に食べてお腹を壊すなんてこともないです! けど、食べるかどうかは皆さんにお任せします」
食べることを強制なんてできない。嫌がる子供の口に無理矢理突っ込むとか嫌だし、見たくもない。
だから、魚だと知っても食べたくなるような、我慢できなくなるような、そんな料理を作ってやるんだ。
「ミコト、持ってきたわよ!」
「ありがとうございます、キーナさん!」
スチールボックスを持って現れたキーナさん。その手にはなぜかトマトもあった。
「キーナさん、それは?」
「農業ギルドで貰ってきたの。収穫前に風で落ちてしまったものが余ってるって聞いていてね。ミコトなら料理に使えるんじゃないかと思って貰ってきたの」
「最高ですよ、キーナさん!」
広間のテーブルにスチールボックスを置いて、あたしは一匹のイワシを手に取った。頭がない、胴体と尻尾だけの状態だけど、子供たちにもこれが魚だってことはわかったみたいだ。
「今から料理するのはこの魚だよ。名前はイワシって言うの。頭と内臓を取って、塩に漬けて処理したものだよ」
あたしは敢えて、子供たちに見せておきたかった。今からどんなものを料理して、どんなものを食べるのか、を。完成形だけ見せて「わぁー、美味しい」ってのは違うと思うんだ。テレビなんかでもあるじゃん。今から料理する食材を見せるカットが。
「これを今から調理していくね。院長先生、キッチンを借りてもいいですか?」
「もちろんです。私も手伝いますわ」
「私も手伝うわ」
院長先生とキーナさんとで孤児院のキッチンへ。そこは一般家庭のキッチンよりも遥かに広いスペースだったけど、置いているものはそう多くなかった。
一気に二十人分の料理を作るんだから、それなりのスペースは必要だ。これは当然の広さ。でも、調理器具やキッチン用品に充てるだけのお金はないんだろう。
そのせいで、どこか物寂しい、ガランとしたキッチンに見えてしまうのかも知れない。
「あの……孤児院の運営ってそんなにも厳しいんですか?」
「以前はそうでもありませんでした。ですが、フィーリアが軍事産業に力を入れるようになってからは支援金も減りましたね」
「領主様に申請とかできないんですか?」
「してはいますが、こちらまではなかなか手が回らないのでしょう」
「だからって、そんな……!」
「ですが、私たちがまだここに住まえるのは領主様のご尽力のお蔭です。孤児院に割く経費などなくしてしまえばいい、と声を上げる貴族の方が多数ですから」
ああ、何て胸クソ悪いんだろう。その文句言ってる貴族って奴らに、いつか目にもの見せてやりたい。
そんなことを考えながら、調理を進めていく。
「ミコトさん、とりあえずパスタを茹でればよろしいですか?」
「はい、お願いします。キーナさんはじゃんじゃん塩イワシを焼いていって下さい」
「了解よ」
大量のパスタを茹でるのは、やっぱり院長先生の方が手慣れている。そっちは任せちゃって、あたしは別のことに集中だ。
キーナさんが焼いてくれたイワシの中骨を外し、小骨を取りながら身を解していく。
いつもなら身を解さず、パスタにどーんとイワシを乗っけていた。そっちの方がインパクトがあって美味しそうだから。
けど、今回はインパクトよりも食べやすさ重視だ。イワシがどんなものかって言うのはさっき見てもらったわけだし、料理の完成形にまでそれを残しておく必要はない。
「ミコト、イワシは全部焼き終えたわよ」
「じゃあ、貰ってきたトマトを一口サイズに切っててもらえますか?」
「こちらもそろそろ茹で上がります」
「オリーブオイルってありますか?」
「ええ。良ければ孤児院の庭でハーブを育てているので、それも使いますか?」
「そうなんですか!? 使っていいなら是非!」
乾燥させたものなら家で使うことはあったけど、生のハーブってなかなか一般家庭で使うことってないんだよね。手に入りにくいわけじゃない。普通にスーパーで売ってる。
けど……なかなかにお高いのだ。
「この香りは……バジルですか?」
「はい。他にも少しでも味に変化と子供たちのお腹に溜まればと、野菜をいくつか育てています」
多分、子供たちと一緒に院長先生がお世話して育てたものなんだろうな……。大切に使わせてもらいます。
まずは大きな鍋にオリーブオイルを垂らしてトマトを炒める。収穫前に落ちちゃったって言うから、少し若いトマトだと思う。酸味が強いかも知れないから、実が柔らかくなるくらいに炒めよう。
なかったから使ってないけど、ここでニンニクと鷹の爪を一緒に炒めるのもおすすめだ。ピリッと辛く、大人な味付けになる。その二つは他のパスタを作る時に結構使う調味料だ。
「茹で上がったパスタと解したイワシの身を鍋に入れたら、バジルを千切って一緒に炒めます」
「先程から気になっていたのですが、魚とは焼くとこんなにも香ばしい良い香りがするのですね」
「焼いた塩イワシだけでご飯が何杯でも食べられそうですよね。それくらい味が濃厚で濃縮されたものだから、味付けはこれだけで十分です」
塩イワシとトマトのパスタ、完成だ。
今回は初めてづくしだな。塩イワシを作ったのは初めてだったし、それを調理するって言うのももちろん初めてだ。
ちょいちょい味見しながら作って、あたし的には大満足の出来に仕上がったんだけど、果たしてこれを子供たちが気に入ってくれるかどうか……。
「皆さん、お待たせしました。ミコトさんとキーナさんがパスタを作ってくれましたよ。感謝して頂きましょう」
「す、すげえ! めちゃくちゃいい香り!」
「これがほんとに魚なの!?」
「こんな美味しそうな料理、久しぶりだよ!」
院長先生が手を合わせると、子供たちも手を合わせ「頂きます」が広間に響き渡った。そして、一斉にパスタを啜り始める。
「美味しい……」
誰かがそうポツリと呟いた瞬間、みんな無我夢中でパスタを貪るように食べ始めた。これには院長先生も驚きで、あたしとキーナさんは喉に詰まらせないか心配でお水を注ぎ回っていた。
「み、みんな、落ち着いて食べてね。エミリもほら、お水」
「お、お姉ちゃん……!」
「どうしたの、エミリ!?」
何でかエミリは泣いていて、あたしは思わず両肩を掴んでいた。
小骨が残ってた!? それが喉に刺さったとか!?
「美味しいよぉ!」
「へっ?」
「こんなに美味しいパスタ食べたの、私初めてだよぉー!」
よく周りを見てみたら、他にも半ベソの子や鼻を啜りながら食べている子もいて、思わぬ反応にあたしとキーナさんは苦笑いを浮かべるのだった。
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