戦火の気配
料理も作り終わったところでイワシの保存食を作ることにした。まあ、作るって言っても前にも言った通り、塩を振って置いておくだけ。
塩をひとつかみ塗したら、十分ほどで水分が出てきた。このまま三十分ほど放置したら、塩を流水で洗い流していく。ボウルに入れたまま水道水に晒しておくと、五分くらいで水が綺麗な透明になるから、ここでイワシを水から上げて、水気をしっかりと取る。
キッチンペーパーを敷いた保存容器に、お腹側を下に向けて並べたら冷蔵保存しておけばいい。
「これが作りたいって言ってた保存方法?」
「そう、塩イワシ。このまま四日から五日くらいは保存しておけるよ。食べる時はこれを焼いたり、茹でたりして食べるんだ」
「い、今からでも食べてみたい気が……」
「あれぇ? さっき、お腹いっぱいって言ってなかったっけぇ?」
「じょ、冗談だよっ。ちょっと気になっただけ!」
ユフィとシルキーはもう「ご馳走様」をしているんだけど、大人たちはリクエストされたから作ってあげた、イワシの骨せんべいを摘みながら、まだお酒を飲んでいた。
「にしても、ネリスタ様とロイド様、最近結構忙しくしてはりますよね? もしかして、大きな仕事任せてもらえたんですか?」
そう言えば、出会った頃はスタインウェイ家は弱小貴族だって言ってたけど、確かに二人とも何かと作業に追われている。
「忙しいのは事実だけれど、任されている仕事は雑務みたいなものよ。軍事産業に力を入れようと主張する派閥が増えてきて、事務作業や他の仕事の進捗状況が悪くなってきたの。だから、面倒な仕事がこっちに回されるのよ」
「仕事に追われれば、発言する機会も少なくなりますよね。もしかしたら、ネリスタ様たちのような穏便派の貴族たちを黙らせる意味もあるのでは?」
「ええ、おそらくね。クライブ様も分担するように言って下さるけれど、力を持ってきた派閥だから、そう強くは言えないんでしょうね」
お酒のせいだろうか。ネリスタさんにしては珍しく、少し口を滑らせてしまった。すぐに「あっ」と口を覆ったネリスタさんは、シルキーに視線を合わせると、軽く左右に首を振って微笑んだ。
「ごめんなさい、シルキー様。シルキー様は何も悪くないですし、クライブ様のお立場も理解しています」
「いえ、気にしていません……。けど、少し悔しく思いますわ」
「悔しい?」
「まだまだ子供とは言え、ジルクニフ家の一員でありながら何もできない自分に……」
「そのお気持ちだけでも立派だと思いますよ」
あたしもそう思う。一つ年上だけど、そんなこと考えたこともないもんね。
「けど実際、うちらの工業ギルドでも儲かってんのは武器作って売ってる奴らや。設計図さえあれば量産はいくらでも可能や。そんで、量産を下請けするギルドにまで貴族は支援金を出してくれる。今まで日用品作ってたような奴らが、どんどんそっちに鞍替えしとるわ」
「航海ギルドでも武具の輸送費がつり上がってるわ。商人ギルドもそうね。物資を輸送している最中に、海賊や盗賊に襲われるギルドが増えているそうだから」
「ちっ! ミコっちゃんは戦争のせいで自分の国を追われることになったってのに、その戦争で金儲けしてる奴らがいるって思うと虫唾が走るわ……!」
「私もそこは全力で共感するわ」
ううーん……スズカゼのことはあたしも異世界人なりに心配しているんだけど、そこに繋げてあたしまで心配されるのはやっぱり心苦しい。
「みんなで一致団結してスズカゼ助けたろ、みたいな感じならんのかな?」
「なったとしても、スズカゼとしては鵜呑みにすることはできないのよ」
「そう言うもんなんですか?」
「いろいろな国に支援してもらって争いを鎮められたとして、その支援してもらった国からどんな見返りを求められるかわかったものじゃないでしょう? あの時、助けてやったんだから領地を寄越せ。そう言ってくる国も出てこないとは限らないでしょう?」
「た、確かに……」
これまで、のほほんと釣りと料理をしていたせいか、あんまり感じることはなかった。話は聞いていたし、それなりに理解していたつもりでもいた。
けど、今この時になって初めて実感した。
戦争の気配って、あたしが思っていた以上に傍にあるんだな、って……。
「み、ミコト! きっと大丈夫だから! そんなに気を落とさないで!」
「そうですわ、ミコ姉! フィーリアもスズカゼへの支援には乗り出してますわ!」
ユフィとシルキー、この二人に同時に心配されるのは悪くない気分になってしまうんだけど……やっぱりダメだ。正直には話せないけど、二人の心配を裏切るようなこともしたくない。
「落ち込むとかそんなんじゃないから、あたしは大丈夫。外の世界からでもできることはいくらでもあるから。その一つが釣りギルドなわけだしね。魚と釣りのことをもっと世界に広めて……世界を変える、とまでは言えないけど、変わるきっかけくらいにはなれるように頑張りたい」
「そうね。クライブ様も釣りギルドにはそう言う期待も寄せているわ。その証拠にジルクニフ家の別荘の使用許可が下りたわよ」
「えっ? それってつまり……」
「クライブ様は湖畔に大きな敷地を持っているから、そこでならシルキー様もキャンプに参加していいと仰って下さったわ」
「やったー! ありがとうございます、ネリスタさん!」
「納涼祭のことをみんなで話し合うんでしょう? 充実した時間にしなさい」
キャンプ当日は領主様とスタインウェイ親子も別荘に泊まるそうで、ガチなキャンパーさんからしたら「それってキャンプなの?」って言われそうだけど、ユフィやシルキーも一緒にってなると、そうならざるを得ないよね。
現地までは馬車で運んでもらえるそうだから、荷物も結構持って行けるだろう。持って行きたいもの、ほしいものなんかをリストアップしていくと、食事会だったのがいつの間にやらキャンプの予定会議に変わっていた。
翌日にはみんなの予定を相談して日程が決まり、いよいよ夏の釣りキャンプで女子会が目の前に見えるようになってきた。
そうなってくると、ほしくなってくるのが細々とした小物類だ。
キャンプ経験ほぼなしのあたしが思う、夏のキャンプで一番の敵はやっぱ虫だ。餌の虫は平気だけど、飛んでる奴は苦手だね。主に蚊とか蜂とかアブとか。こいつらは夏の釣りでも厄介だからね。虫除けアイテムは必須だ。
そして、夏だからって薄着はいけない。半袖半パンは虫に刺されまくるし、日焼けもしちゃう。それに、別荘は避暑地って言うくらいだから、ここよりかは涼しいんだ。
だから、薄手の長袖長ズボンでもいいはず。あればアームガードとかハイソックスとか手に入れたらいいし。
「それで私が呼ばれた、と?」
待ち合わせ場所に来たキーナさんに今日の事情を説明すると、肩を竦めて少しだけ笑うのだった。
「ご、ごめんなさい。けど、誰に聞いたらいいのかなって考えた時に、一番外で活動してるのはキーナさんだよな、って思って……」
「今日、ユフィ様は?」
「ユフィも今日は買いたいものがあるからって、ネリスタさんとお出掛けです」
「そう。じゃあ、私が使っているもので良ければ紹介してあげるわ」
まず向かったのが調合ギルド。ここでは虫除けアイテムをいろいろ教えてもらえた。蚊取り線香みたいな置き型のものもあれば、クリーム状になった塗るタイプのものあるみたい。
まあまあいい匂いがするんだけど、余計に虫が寄ってこないのかな?
疑問に思って尋ねてみると、これが意外と虫には効くらしい。あっちの世界の虫にも効くなら、これは流行りそうだな。
「前に話した酔い止めはこれよ」
「へぇー、少量のもあるんですね。試しに買ってみようかな」
「試すなら、こっちにしたら? 即効性はあるけど、体にはそこまでキツめではないから。ちょっと怠いなってくらいの人におすすめよ」
「あたしの船酔いレベル、見てるだけでもわかるものなんですね」
「吐いちゃうまではいかない。けど、生欠伸はよくしていたから。あと、遠くを見ようとしていたり、ね」
よく観察されているってよりかは、見守られているって感覚の方が強かった。
小さな瓶に入れられた酔い止め薬は黒い丸薬で、見た目はまんま正〇丸だ。味はそれじゃないことを願うばかりだね……。
「服ならあっちがおすすめね。吸水性と風通しが良くて、蒸れない生地を使ってるの。夏の航海では、これを一枚下に着ているだけで、だいぶ変わってくるわ」
おお! エア〇ズム的なやつかな!? そんなのもあるんだ? やっぱ聞いてみるもんだねえ。
あれこれキーナさんと買い物をしていると、珍しいことに街の人から声を掛けられた。いつも大体ユフィといるから、お付きのメイドとか思われてるのか話し掛けられることなんてほぼない。
けど、声の主を見て納得した。
「お姉ちゃん! 釣りギルドのお姉ちゃん!」
「うん?」
ああ、何だカツオじゃん。
ってのは、あたしが勝手に今思い付いた渾名で、その子はカツオノエボシに刺された男の子だった。
「きみはあの時の……。あたしに何か用?」
「浜の方に来てくれないかな……? ちょっと様子が変な子がいて……。上手く説明できないんだけど、何か良くないことを考えてそうで……」
子供の勘ってバカにできないよね。そんなところに魚がいるもんか、とお祖父ちゃんに笑われたけど、あたしは直感を信じて仕掛けを落とし、見事魚を釣ってみせた。
その時のお祖父ちゃんの悔しそうな顔は今も忘れられないな。
「うん、いいよ。案内してくれる?」
「私も行くわ」
「ありがとうございます」
男の子が案内してくれたのは、たまに投げ釣りをしているサーフで、そこに十歳くらいの女の子がいた。
一見、女の子は波打ち際をゆっくりと歩きながら、散歩しているだけのように見える。でも、その視線は常に足許にあって、何か探し物をしている風にも見えなくはない。
「あの子、多分……孤児院の子ね」
「うん、そう。僕、一度話したことがあるから」
「孤児院の子だと何か問題あるんですか?」
「問題はないけど、ここにいる理由に引っ掛かってしまうの」
ちょっと要領を得なくて、あたしは首を傾げた。
「孤児院への支援はそこまで潤沢なものじゃないの。お腹を空かせた子供がたくさんいるのが現状よ。だから、ああやって……」
……っ! そうだった! ここでの魚って食材の定位置は……卑しい身分の者が食べるもの……!
はっと目を向けた先には、波打ち際で屈む少女がいた。見付けたんだ。いや、見付けてしまったんだ。
あたしは思わず、駆け出していた。
「ダメだよ」
女の子はあたしが声を掛けるまで、あたしの存在に気付いていなかった。それほどまでに極限の状態だったんだろうか。
あたしを見上げる少女の目は、胸が苦しくなるほどに虚ろだった。
「それは食べちゃダメ。下痢と嘔吐を繰り返して、最悪死ぬよ」
女の子が手にしていたのは、明らかに腐敗したイワシの死骸だった。
「……でも、お腹空いた」
擦れた声で呟いた少女の声は、小さな波の音にも負けそうなほど、か細いものだった。
「それでも、ダメ」
「じゃあ、何を食べろって言うの? お肉も野菜も果物も、私たちが食べるようなものじゃないって、街の人が言うんだよ!?」
「だからって――」
「だから、食べるしかないんだよ! 最悪死ぬ? そんなのわかってるよ! けど、食べなくたって結局飢え死にする。だったら、お腹いっぱいになってから死にたいんだよ!」
そんなにも追い詰められて……何て思っていた隙を衝かれたあたしは、女の子に突き飛ばされて尻餅を衝いていた。女の子は落ちたイワシを拾い上げ「あーん」と口を開ける。
ダメ! 待って!
精一杯に伸ばしたあたしの手は届かなかった。
けど、キーナさんの手は届いてくれた。
「あなたの最後の晩餐、それでいいの? 魚を食べて死ぬのがお望みなら、うちのギルマスがとびきりの魚料理を作ってあげるわよ?」
ナイス、キーナさん!
彼女の腕を掴んで止めてくれたのもそうだし、その提案も!
「さ、魚料理……? 魚なんて料理できるの……?」
「その死んじゃったやつは無理だけど、生きてるものを捕まえて、ちゃんと処理すれば美味しい料理に大変身するんだよ」
「……食べられるものなら何でもいい。美味しくなくても、お腹さえ膨れればそれで……」
ようやく女の子はイワシの死骸から手を離して、それは地面にぽとりと落ちた。
こんなものを食べるしかないなんて……。これも戦争の影響なんだろうか……?
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