梅まつり
どーん、とテーブルの上に置かれた一升瓶。いつものように冷酒なのかなと思ったけど、そう言えばあれは冷蔵庫じゃなくて、棚から取り出されていた。常温で保管されていたんだ。
「おおー、焼酎やないですか。あんまり出回ってなかったのに、また手に入るようになったんですか?」
「量はそう多くないけれどね。でも、これから流通量を増やせれば、観光の魅力の一つとしても使えるでしょう?」
「美味しい食べもんに美味い酒は付きもんですからね」
「けど私、あまり焼酎を飲んだことがないのよ。アサカさんなら美味しい頂き方を知っているんじゃない?」
「任せといて下さい!」
腕の袖を捲ったアサカさんはいきなりあたしの隣に立ち、いくつかのグラスや氷、水なんかを用意し始めた。まさかの海琴ズキッチンから、アサカズキッチンへと早変わりしてしまうとは。
「焼酎はアルコール度数が高いお酒なんで、そのまま割らずに飲むとしたらロック。氷だけ入れて飲みます。あとは水割り、寒い日なんかはお湯割りもええですね」
手際よく、二人のお酒をどんどん作っていくアサカさん。何だかバーテンダーに見えてきたよ、この人……。
「ロックはやっぱり来るわね……!」
「私は少し苦手なので、水で割った方がいいかもです……」
「けど、フィーリアの料理のように味が濃いものには合うのかも……?」
お湯を沸かしてお湯割りを作った時に、ふわっと焼酎の香りが漂った。ちょっと懐かしい香りだ。お祖父ちゃんが飲んでいたものと香りが似ていたから。
「最近のうちのおすすめは炭酸割りですね」
「た、炭酸で!?」
へぇー、こっちはまだチューハイって知れ渡ってないんだ。
ウイスキーを炭酸で割ったものをハイボールって言う。それの焼酎バージョンだから焼酎ハイボール、略して酎ハイ。
ちなみに、ハイボールの由来はいくつもあって定かじゃないらしい。なのに、こんなに広まってるって凄いよね。
未成年の女子高生が何でこんなことを知ってるのかと言えば、これもお祖父ちゃんのお蔭だ。お祖父ちゃんはあたしが手酌をしてあげると喜んだ。最初はビールをグラスに注ぐくらいだったけど、もっと何かしたい、もっと喜んでほしいって思うようになった。
そこで考えたのが、お酒を作ることだ。酒造りって意味じゃなく、今のアサカさんがやってるみたいに水割りを作ってあげたり、熱燗にしてあげたり、そう言うこと。
作るからには美味しいものを飲んでほしいに決まってるから、お酒についても少し勉強したってわけだ。
「いいわね、炭酸! カーっと喉に来ていたアルコール感がキリっとしたものになったわ」
「はい、これは凄く飲みやすいですね。暑い日なんかにいいかも」
「同じ炭酸でもビールとはまた違った爽快感ね。そしてこれがまた……ミコトが作ったイワシフライによく合うのよ!」
「間違いないです! フライの油分は断ち切られるのに、この梅干しの爽やかな酸味だけは口の中に残っているんですよね」
そりゃそうだ。合うに決まってる。だって、焼酎と梅干しの相性は抜群なんだから。
「じゃあ、その中にも梅干しを入れちゃえばいいんじゃないですか?」
「えっ? いや、何言うてんの、ミコっちゃん……?」
「まあまあ、騙されたと思って」
有無を言わさず、あたしは三人のグラスに梅干しを入れて回る。
「マドラーで果肉をちょっと潰して下さい。あんまりやりすぎると炭酸が飛んじゃうので気を付けて」
梅干し入りの焼酎ハイボール。みんなご存知、梅干しチューハイだ。
「うまっ! めっちゃ合うやん、梅干し!」
「どうして……!? この酸っぱさが苦手だったのに、お酒と合わさった瞬間とても心地いいんだけど……!」
「爽快感が更に増したわ……! 炭酸が飛んでもいいから、もっと梅干しを味わうために掻き回したくなるわね……!」
「ミコっちゃん、酒まで作れるとか何なん!?」
ただの釣り好きの女子高生です。何度言わせんだ。
「それ、お湯割りでも美味しいですよ。水とか炭酸の冷たいものならレモンもありです」
「絶対美味いやん、それ! ちょっと試してみたい!」
「て言うか結局、お酒のことでもアサカよりミコトの方が物知りじゃない……」
「言うな、黙っとけっ」
あと、何だかんだイワシよりも梅干しの方が活躍してない? 今日は梅干し祭りだな。
「それなら、あたしもちょっと言わせてほしいんですけど」
「み、ミコっちゃんまで!? 何がよ!?」
「焼酎ってただ割ればいいってわけじゃないんです。炭酸割りを作るなら、できればグラスは冷たいものがいいです。それで氷を入れて、焼酎の量はツーフィンガー!」
「つ、ツーフィンガー……?」
「人差し指と中指の分だけ焼酎を注ぐんです。注いだらマドラーで氷と焼酎を混ぜます。すると、ちょっと氷が溶けてグラスにまだ氷が入る余裕ができましたよね。ここで氷を足して、炭酸を優しく注ぎます。できるだけ氷に当てないように、グラスの縁に当てる感じです」
「な、何でですか、先生?」
「炭酸が飛ばないように、薄くならないように、です。せっかく炭酸水で作るんだから、炭酸の刺激と爽快感は残しておきたいでしょ?」
「た、確かに……!」
「炭酸を注いだらマドラーでそっと一回しだけステア。これで完成です。ステアってのは混ぜるって意味ですね」
以上、これが「Bar海琴」の焼酎ハイボールの作り方でした。
これはほんと、バーテンダーさんみたいにお酒を提供することを仕事にしている人の作り方であって、アサカさんみたいに自分で作って自分で楽しむ分にはここまでする必要はないとは思う。
料理もそうだけど、単純に自己満の世界なんだ。
「えっ!? 全然ちゃうやん……」
「ほ、本当……! アサカが作ってくれたものとは炭酸の強さが全然違うわ……!」
「アルコールの感じもちょうどいいわ。薄すぎず濃すぎず……。その絶妙なバランスが取られているわね」
お祖父ちゃんを喜ばせる知識がこんなところでも役に立って良かった……――って、ああっ! ユフィとシルキーが死んだ魚の目をして、ただただご飯を食べるだけのロボットと化してるじゃん!
お酒の話はやめー! 子供にも付いて行ける、楽しい話をしなければ!
「じゃ、じゃあ、次はイワシのつみれを作っていこうか!」
「つみれって?」
「肉団子のことだよ。それをつかってイワシのスープを作ろうかな」
つみれに使う薬味はネギと生姜、ミョウガを使うことにした。これを細かく刻んでいくんだけど、これやる時に便利アイテムがあったのを思い出した。
百均で見付けたんだけど、みじん切り機みたいなのがあって、大きさは掌に乗るくらい。プロペラみたいな刃があって、蓋に付いてる紐を引っ張ると、それが素早く回って中に入れた食材をみじん切りにするんだ。
ここに魚の切り身を入れると、包丁なんて使わず簡単につみれのタネができてしまうってわけ。包丁使わないから、まな板も汚れないしね。
「スープの出汁にはイワシの背骨と昆布を使います。今回はイワシが主役なんで、つみれ以外の具は何も入れないでおこうかな」
彩りとして最後にネギを乗せるくらい。
出汁の取り方はいつもと同じだ。予め昆布を二十分くらい水に浸しておいて、そこから火に掛ける。イワシの背骨も入れたら沸騰する前に昆布は上げてしまう。
アクが出てきたら掬って、イワシのつみれを投入。味付けはシンプルに酒と塩と醤油を少々。透明で綺麗なスープにしたいから、できれば薄口醤油がいいかな。
味が整ったら背骨は出しちゃって、つみれに火が通ったらオッケーだ。そもそも生でも食べられるものだし、火の通りはそこまで気にする必要はない。
それよりも、茹ですぎてつみれから旨味が逃げ出してしまわないようにしないとね。
「これが最後の一品、いわしのつみれ汁です」
つみれは他のいろんな魚でもできるから、おすすめ調理法だ。食べきれなかった刺身をつみれにして、翌日の鍋の具材に使ったり、山家焼きみたいに焼くのもありだと思う。汁物だけじゃなく、そう言う使い方もできるんだよね。
「どうですか?」
ずずーっとスープを啜った五人は小さく吐息を零しただけで、
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
無言でどこか遠くの方を眺めていた。
「えっ!? く、口に合わなかったですか!?」
こう言う反応は初めてのことで、あたしはちょっとしたパニック状態に陥っていた。けど、ようやくって感じで、ユフィがポツリと呟く。
「ううん、あのね……。美味しすぎて言葉を失ってた……」
フィーリアの人っていい意味で騒がしく、大きく大胆に自分の感情を表現してくれる人たちって思ってたけど、それが振りきっちゃうと逆に静かになるのか。
いやでも、わかる気がする。本当に美味しいものに出会った時って言葉なんて出て来ないんだよね。反射的に「美味い」とか「美味しい」って言葉を垂れ流すしかないんだ。
そう考えるとグルメリポーターって凄いな……。美味しくて失ってしまう言葉を拾い集めて、みんなに伝わるように表現するんだから。
宝石箱を侮っちゃいかんよ……。
「このスープ、最高やん。味付け見てたけど、ホンマに酒と塩と醤油だけ? あれだけでこんなに奥深い味わいになんのが不思議や」
「見た目は綺麗に透き通ったスープなのに、薄いとか物足りないとか全然感じないのよね」
「このつみれも美味しいですわ。ハンバーグかと思うほどジューシーで、薬味の香りがとてもいいですわね。具もつみれしかないからこそ、イワシの味をより濃く堪能できるスープに仕上がっていますわ」
あたしもお腹が空いてきたから、イワシの刺身を口に運んで、ご飯を頬張る。そして更に、つみれ汁を啜って一気に胃へと流し込む。
はぁー……日本人に生まれてきて良かったーって思う瞬間だね。
「み、ミコト? 炭酸割りのおかわりを作ってくれないかしら?」
「はい?」
「ああー! ネリスタ様、ズルいで! ミコっちゃん、うちにも作ってえな!」
「ミコト……できれば私にも……」
まったく、この人たちは……。
「はいはい、わかりましたよ。その代わり、適量で作りますからね。あんまり酔っ払われても困るので」
はーい、と元気よく返事する大人三人を、二人の子供が目を細めて眺めている光景が、何だか居た堪れなかった。
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