野池
雨期もそろそろ終わりを告げて、いよいよ夏本番に向かおうかと言う頃。晴れ間を狙って、あたしたちはまたキーナさんの船に乗せてもらった。
サビキでまたカマスが釣れたらいいな、とか期待してたんだけどメインはアジ。それでも釣れないよりはマシだし、美味しく頂けるんだから贅沢は言っちゃいけないよね。
スチールボックスにアジを入れて、屋敷へと帰りながら今日の晩ご飯は何にしようかな、なんて考えていると、屋敷の前に馬車が停まっているのが見えた。
多分お客さんで、多分高貴な人だろう。元いた世界でも高級車って偉い人とかお金持ちが乗るイメージだよね。こっちでそれは馬車の形状と言うか見た目と同じことで、あれは貴族が乗るタイプの馬車だ。
そんな予想ができるくらいには、あたしもこっちの世界に馴染んできたってことかな。
「お客さんかな? あたし、離れてた方がいい?」
「いいよ、そんなの気にしなくても」
そう言われたけど、あたしはちょっとだけユフィの斜め後ろを歩きつつ、屋敷の玄関へと向かう。すると、ちょうどロイドさんが客人を見送っているところのようで、同い年くらいの紳士的なおじさんがこっちに気付いて軽く会釈をしていた。
「あれはお父様の友人のフィリップ様だね」
こちらに向かって、と言うかあたしたちの後ろにある馬車に向かっているんだ。フィリップさんって言うおじさんはユフィの前で立ち止まり、にこりと微笑んだ。
「やあ、ユフィさん。お元気そうで何よりだ」
「フィリップ様はお忙しいようで。お体にお気を付け下さい」
「父上にも言われたよ。もう少し休んで俺に仕事を寄越せ、とな」
「お父様にフィリップ様の仕事は荷が重すぎますよ」
おおぉ……。これが貴族ジョークなのかな……?
妙なところに感心している間にフィリップさんは馬車に乗って行ってしまい、あたしたちはロイドさんに出迎えられる形となった。
「おかえり、二人とも。今日は何が釣れたんだ?」
「アジだよ」
「おお! それは今日の夕飯が楽しみだ」
「それよりお父様、フィリップ様は何の用事で?」
「大したことじゃない。雨期による雨で池が増水してな。水門を少し開放するとのことだ」
池? 地図にそんなの載ってなかったような……。そんなのがあったら見逃すはずないし。
ちょっと不思議に思いつつも、一先ずキッチンへ。アジを下処理しながら早速ユフィに尋ねてみた。
「ねえ、近くに池があるの? 地図にはなかった気がするんだけど?」
「そうだよ、街の裏手って言えばいいかな。海とは逆の方にね。ずっと昔に生活用水として使われてたみたいで、街の一部って感じに思われてるからなのかな? ちょっと詳しくはわからないけど、地図にはないけど池があるんだよ」
「それって大きいの?」
「それなりに、かな? 池の一般的な大きさって知らないから、何とも言えないけど」
仰る通りで。
湖、沼、池。これらの明確な定義ってのはないんだけど、一般的に言えば大きさと水深の違いかな。あと、人工的に作られたものは池って呼ばれるね。農業用の溜池とか。
生活用水に使ってたって言うなら、それは池でいいんだろう。
「気になるの?」
「魚がいそうなところなどこでも、ね」
「さすが、釣りギルドのギルマスだ」
褒めてはないだろうけど、あたしにとっては褒め言葉だね。
と言うわけで……早速、調査開始だ。
次の日も雨が降りそうになかったんで、あたしはユフィ案内の許、街の裏にある池へと足を運んだ。
そこは所々を高い葦みたいな植物に覆われた野池で、歪だけど瓢箪みたいな形をした池だと思う。真ん中の方で対岸との距離が狭まっているんだ。歩ける道があるかはわからないけど、池を一周するのに一時間は掛からないくらいの大きさかな。
「水質は……濁ってるね。いつもこんな感じ?」
「ここまでじゃなかったような気もするけど……池には一回くらいしか来たことないから、記憶は曖昧だね……」
「濁りは雨のせいもあるだろうね。でも、雰囲気からして大体これくらいかな」
岸辺に立って、池を大きく見渡してみる。時刻は午前七時、気温も暦通りくらい。魚たちも活発に動いている頃だ。
ここにも魚が住んでいるって言う情報はあるみたいだ。ユフィによると、猟師の人たちが大きな魚の死骸を見付けたことがあるらしい。多分、コイだろう。
「よーし、ざっくりランガンしていこうか」
「釣りギルドの実地調査開始、だね!」
池での釣りはルアーをチョイス。魚がいるってことはわかったから、今度は池の中の様子を確認したいんだ。
「私はメタルバイブにしよっと。ミコトは……確かそれ、クランクベイト? 初めて使うんじゃない?」
「海だとあんまり使うポイントがないからね」
「どうやって使うの?」
「基本はただ巻き。クランクはリップ、先端にあるベロみたいなやつね。これの長さや角度によって潜るレンジが変わるんだ。これはミドルレンジ。中層を引くものだよ。多分、ここの深さは二、三メートルくらい。深いところでも五メートルってところだと思うから、このクランクがボトムに当たるかどうかで水深を測るわけだね」
それぞれ別の方に向かってキャスト。
クランクベイトは何もしなければ浮いている。引っ張ることで水の中に潜り、リップが水の抵抗を受けることで、ぷるぷる揺れながら泳ぐんだ。
おおー、ボトムに当たってる。二メートルなさそうだな、この辺りは。
リップにボトムが当たると、その振動が手に伝わってくるんだ。そして、その感覚から地形のタイプもわかるんだ。
コツンコツン、と硬いものに当たっていることから察するに、石や岩なんかが転がるハードボトムだ。
「思ってたよりいいフィールドかも、ここ……。けど、魚がどれくらい生息してるかってのが問題だよね……」
対岸は木が生い茂っていて、池にいい感じの木陰ができている。暑い日なんかはあそこで魚が休んでいそうだ。
今日はまだそこまで暑くないから、池全体を泳ぎ回っていてもいいんだけど。
「おっ! と……!」
「ミコト、ヒット!?」
「みたいだけど……ちょっと小さいな。けど、リアクションバイトでこの引きって、まさか……!」
ばちゃばちゃと水面を暴れながらも岸に寄せられる魚。全体的には深緑でお腹側は白い。ヒレはもっと濃い緑かほぼ黒。
顔付きは、
「こ、これってスズキ!?」
初めて見るとそうなるよね。スズキに似てる。けど逆で、スズキがこいつに似てたからシーバスって呼ばれるんだよね。
けど、そんなことはどうでもいい。
「うおぉー! バスじゃん! バスいるんじゃん、ここ!」
「み、ミコト……? もしかしてそれ、凄く珍しい魚、とか?」
「んー……レア度で言えば低いんだけど、フィーリアにいるとは思ってなかったから驚いてるんだよ」
釣れたのは言わずと知れた外来魚、ブラックバス。けど、釣りをしない人は知らないかもだけど、ブラックバスには二種類いる。一つは誰もが想像するバス、オオクチバス。もう一つはコクチバス。
本来はこのコクチバスの稚魚を「ブラックバス」って呼んでたんだけど、日本だとオオクチバスのことを「ブラックバス」って呼んでる。
あとは洋風にラージマウスバス、スモールマウスバス、とも言うね。
「スズカゼではお馴染みの魚ってこと?」
「それもちょっと難しいところでね……。確かにあたしの国ではよく見掛けられる魚なんだけど、本来この魚はあたしの国にはいなかった魚なんだ」
「どう言うこと?」
「国外から持ち込まれた生物ってこと。その理由は食用として利用するため。けど、このブラックバスは肉食で、瞬く間に元からいた在来の生物を食い尽くしちゃったんだ」
「えっ……そ、そんなことが……?」
「国のみんなもユフィみたいに驚いた。このままじゃ生態系が壊れてしまう。だから、この魚の放流は禁止しよう。そう決めた時にはもう遅かった。ブラックバスは国中に放たれていて、今も多くの河川や湖、池に生息してるんだ」
「じゃ、じゃあ、この池もブラックバスに蹂躙されてるってこと……?」
ここからがまた、ややこしい話になってくるんだけど……。
「それはあたしにもわからなくて……。って言うのも、ブラックバスにだって生まれ故郷はあるわけじゃん? その一つがフィーリアってこともあるわけでしょ? あたしの国では国外から持ち込まれた外来種。でも、フィーリアでは元々住んでいた在来種になるかも知れないよね」
しかも、外来種が持ち込まれる理由って大体が食用なんだよな。けど、ここの人たちは魚を食べない。だったら、持ち込む理由がないはずなんだ。
コイもいたことだし、このバスにしてもフィーリアの在来種って可能性は高いんじゃないかな?
「これを調べるのは、釣りギルドにはちょっと無理だね。生物学者さんとかじゃないと。だから、あたしたちができることは他にもいないかどうか、じゃんじゃん釣りまくるしかないってこと」
「おおー! あれ? 食用でスズカゼに持ち込まれたってことは、美味しいの?」
「うぐっ……」
「ミコト?」
「い、いやー……ブラックバスに関しては食べたことないんだよね……。釣り専門? って言いますか……」
もちろん、ちゃんと処理すれば美味しく食べられるってことは知ってるよ!? 琵琶湖の方でもレストランとかで提供してるそうだ。
けど、うちの近所で釣れたバスを捌いて食べようって気には……なれなかったんだ。
「で、でも、ブラックバスは本当に面白い魚だよ! ゲーム性が高くて、激しいバイトにも興奮して、サイズも見込める楽しい釣りなんだ!」
「何か、いつになく楽しそうだね」
「昔は海でいろいろ釣りしてたんだけど、大きくなって生活環境が変わって、それからのあたしのメインターゲットはずっと、このブラックバスだったんだよ」
持ってるルアーの多くがバス釣りのために買ったもの。ロッドやリールも、バス専門ってわけじゃないんだけど、バス釣りがメインでできるの前提で、他にも海でもそれなりに使えますよ、ってのを装備している。
「ミコトが恋焦がれていた魚ってわけだ?」
「そ、そんなことは……あるかもね」
「じゃあ、私がミコトよりもっと大きいブラックバスを見せてあげよう」
「おう? 言うねぇ。バス釣りに関しちゃ、負けたくないスイッチ入っちゃうんだよねぇ。どっちが大きいのを釣るか、勝負してみる?」
「勝負!? こう言うの初めてだね! よーし、受けて立つよ!」
かく言うあたしも、当然初めてだ。だって、友達と釣りに行くことなんてなかったんだから。
自分から勝負を吹っ掛けておきながら、多分ユフィよりもあたしの方がドキドキ、わくわくしてると思う。
心のどこかで憧れていたんだと思う。それが、ひょんなことで叶ったから緊張してるってのもあるのかも。
こんな風に友達と、釣りで競い合うことができる日が来るなんて、思ってもなかったから。
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