酔いどれ乙女の酒の肴になる話
次はシャリを手に取ったら軽く形を整える。重さとしては多分十グラム前後だと思う。さっきはシャリの上にネタを乗せていきなり握ったけど、今度は逆にネタの上にシャリを乗せて、まずはシャリを解すように包む込む。
ネタとシャリの一体感ができたら引っ繰り返して、横からコの字型に囲んで更に形を整えたら、上からそっと指を乗せて、固めるんじゃなくて空気を抜くような感じで握る。
……うん! いいんじゃないかな! 寿司だよ、寿司! 寿司っぽいじゃん!
「で、できました! これが寿司。あたしの国の代表的料理の一つです。味付けしたお米に魚の切り身やエビなどを乗せたものですね」
「へぇー、何か見た目上品やない!? やっぱ、まずはユフィ様からどうぞ」
「二人の分も今握りますね」
おにぎりの感覚だからか、それとも本能的になのか。ユフィは指で寿司を摘まんだ。
「これ、このまま食べるの?」
「醤油を付けて食べて」
「じゃあ、頂きます」
ユフィはぱくりと一口で放り込む。やっぱ、サイズ的にあれで正解なんだ。
「んんっー! 美味しい! 何、この酸味の利いた爽やかなご飯!? これが凄く刺身に合うよ!」
アサカさんとキーナさんの分も握ると、二人もすぐさま寿司を口へと運ぶ。
「ホンマや、何この米!? この甘酸っぱさが魚の良さを引き立たせてる感じやん!」
「このサイズ感もいいわよね。一口で食べられて、おにぎりより手軽じゃない。それに、いろんな魚でこれができるのなら、レパートリーも豊富よね」
「魚と米が合うのは知ってたけど、まさか米の方にも味付けするとはな……。恐れ入ったで、ミコっちゃん」
寿司を握るのが意外にも楽しくて、あたしは自分の分を握って食べていた。
うーん、我ながら絶妙な握り加減……。しかも、何気にカサゴの握りってのがいいよね。そこらの寿司屋じゃまず食べられないよ。
「私、このご飯だけでも全然いいかも。これとお刺身で延々食べられそう」
「ああー、つまりは海鮮丼だ」
「えっ? そう言う料理があるの?」
「このご飯、酢飯って言うんだけど、この酢飯を丼に盛って、その上に刺身を盛り付けるの。乗せる刺身は一種類の場合もあるけど、いろんな種類の魚の切り身を乗せて楽しむ方が多いかな」
「いろんな魚を一つのお椀に盛り付けちゃうんだ!? まるで海そのものを頂いてるみたいで豪華だね!」
海そのものを、か。納涼祭で出すにはまだハードルが高そうだけど、ギルドのみんなで食べる時に挑戦してみようかな。
「寿司はどう? 納涼祭に出すメニューとしてはどうだろう?」
「私はいいと思うんだけど、やっぱり生って言うのが少しネックかも」
やっぱ生食は敬遠されがちか。納涼祭は夏だし、衛生面の問題もあるよね。
「例えばだけど、この寿司に乗せる刺身を炙るのはどうなのかしら?」
「それは全然ありです。炙り寿司も美味しいですよ」
「それだったら多少、警戒度は下がると思うのよね」
「うち的には前のテナガエビの唐揚げみたいな、スナック感覚で食べられるもんがええかな。子供のウケもそうやし、うちみたいな酒飲みにも人気出ると思うで」
「私も何気に骨せんべいが好きなのよね」
骨せんべいなら魚種を選ばないでいいから、そこがありがたい。ただ、それがメインってのはあたしとしては、何だかなって感じだ。
あれは余ったアラが勿体ないから利用しているんであって、おまけみたいなものなんだ。だから、メインで何か魚料理をやって、サイドメニューに骨せんべいがあるって言うのが理想だよね。
「寿司はまだ保留ですかね。シルキーの意見も聞いてみたいし」
「けど、うちらで食べる分には全然ありやよ?」
「それ、単純にアサカさんが食べたいだけじゃないですかぁ」
「バレたか」
でもまあ、そのために酢飯も少し多めに作ったんだしね。寿司が納涼祭に採用された時のためにも、あたしも握りを練習しておきたいし。
カサゴの握りを暫く楽しんでいると、ようやく姿焼きも出来上がった。包丁で入れた「×」の切り込みから上る湯気が、無性に食欲を誘う。
「イサキの姿焼きです。骨が硬いんで注意して食べて下さいね」
それで死んだ鍛冶屋がいるんだからね。ほんとかどうか知らないけど。
「おおっ!? イサキってアジとかカマスとかとはまた違う感じがする! 魚だから当たり前なんだけど魚っぽいって言うか、味が濃いのかな!?」
「けど、クセが強い、とはまた違う気がしますね。香りが独特なのかしら……?」
「身自体はどっちかって言えば淡泊よな? 上品な脂の風味が際立つ感じって言うん?」
三人とも旬のイサキパワーに圧倒されてるのかも。強烈な美味さではないんだよね。旬のものって本能に、体に直接訴えかけてくる美味しさって言うのかな? 舌の、心の奥で「うわぁー、美味しい」って噛み締めるような贅沢感?
うーん、ちょっとあたしもシルキーに影響されてるのかも。
「イサキはアジやカマスのような回遊魚じゃなくて、カサゴみたいな磯の魚なんだよ。独特な香りはそれが要因だね。そして、それは刺身でもよく味わえるよ」
冷やしておいた炙り、漬けを取り出す。どちらも刺身サイズにカットして、炙りの方には刻んだ大葉を散らす。漬けには軽くゴマ。
イサキの刺身二種盛だ。
「美味そっ! ミコっちゃんって料理の盛り付けも綺麗よな。そう言うとこ、繊細なんやなぁ」
あ、あたしが繊細……!? 家族内ではガサツで通ってるのに……。初めて言われたよ。
「炙りはお好みで醤油を、漬けはそのままどうぞ」
イサキの美味しさはもう経験済み。でも、焼き魚と刺身ではまた違った味わいがある。だから、刺身を口にした三人は相変わらず満足そうに口許を緩めるのだった。
「確かに炙りの方が香りが立ってる気ぃするわ! 脂も程好く乗ってて最高やん!」
「漬けも今までの刺身と全然違うよ! 何か……ねっとり? してる!」
「醤油ダレの味が断然強いはずなのに、それでもイサキの旨味を感じられるわ。寧ろ、より際立っているくらいかも」
ユフィは酢飯が気に入ったみたいで、茶碗に盛ってあげるとカサゴとイサキを乗せて、自前の海鮮丼を作っていた。
大人二人もお酒を飲むペースがどんどん上がり、イサキの煮付けが出来上がった頃には、一升瓶の中身がもう半分を切っていた。
「煮付けもまた美味いなぁー! ふっくらして綺麗な身を解して、この煮汁に付けて食べる。そんでからのー、酒!」
「アサカさん、ミコトの煮付け信者だね」
煮付けのこだわりを憶えていくれて嬉しい限りだ。
「そう言えば、アサカさんとキーナさんのギルドは納涼祭で何か出さないんですか?」
勝手に釣りギルドの出店を手伝ってくれるものだと思ってたけど、二人には本業のギルドがあるんだった。
「うちは個人工房やから、出すんやったら露店構えて品物並べるくらい。最初の頃はやってたけど、普段の営業とあんま変わらんから最近は客として楽しむ側やな」
「航海ギルドは裏方と言うか、納涼祭に向けて運搬依頼が多くなるから、何か出店をするよりも、そっちで依頼を熟した方がギルドとしての貢献度が高いのよ」
「納涼祭当日になればキーナも暇になるから、大体二人で歩き回ってたよな」
「いや、あなたがいきなり絡んできて、飲みに連れて行くんじゃない……」
文句言いながらも付き合うキーナさんが目に浮かぶよ。
あれ? でも、この二人って今、二十歳だったよな……。いつからお酒を……? いやまあ、お酒は二十歳からってのは日本の法律だから口出しはしないでおこう。
「やってぇ、付き合ってくれんのキーナくらいしか思い付かんねんもーん」
アサカさんはキーナさんの肩の辺りに頬擦りをする。何か、猫みたい。酔うと甘えたになるのかな。
「アサカは人との距離感をすぐ縮めすぎなのよ。つまりは馴れ馴れしい」
「酷っ!」
それに対してキーナさんは、恥ずかしそうにしているけど振り払いはしない。甘えるアサカさんを照れながらも受け止めてるって感じだ。
「聞いてや、ミコっちゃん、ユフィ様。こいつ昔、貴族のお坊っちゃんに告白されたことあんねんで」
「ちょっ! いきなり何の話をするのよ!?」
おおっ! ここに来て、まさかの恋バナ!?
「聞きたい! 聞きたいです!」
「私も!」
教室にいると周りでそう言う話をしているのを聞いたりしたけど、実際に誰かと恋バナするなんて初めてなんだな、実は。
「あれはうちらが十五、六の時やったかな。スクールの裏庭に貴族の坊っちゃんがキーナを呼び出したんよ」
ありがちなシチュエーション! 異世界でも定番なのかな!?
「うちはそれを覗き見してたんやけどな」
「しそうですよね、アサカさんなら」
「まあまあ、ええとこのお坊っちゃんなんよ。領主様に仕事任されるくらいの家柄や。そんなとこの坊っちゃんに求婚されたってのに、こいつはあっさり断ったんよ」
「いやでも、それもキーナさんらしくないですか? キーナさんって『出来る女性』って感じだから、若くして結婚するよりも、もっと他のことで経験を積んで自分を磨きたいって思うタイプじゃないです?」
「それ、それそれ! キーナもそんな感じのこと言って断ってん! 『私は海に出たい。海に出て広い世界を知りたいし、その広い世界に私を知ってほしい』とか言うて! 船乗りの家系やからな。その名を広い海に轟かせたかったんや」
お酒のペースが速くなるアサカさん。けど、なぜかあたしも釣られてお茶をごくごく飲んでいた。
「うほぉー、やっぱキーナさんはカッコいいなぁー!」
「み、ミコト、やめて。勘違いよ、それは。アサカも変に煽らないでっ」
「けど、事実やん?」
「そ、そうだけど……」
肩をつんつんされて、照れ隠しにお酒を飲むキーナさんが妙に可愛かった。
「船乗りとしての経験を積みたかったのは本当のことよ。貴族の家に入ってしまったら、海に出ることなんて絶対に無理だから。けど、私が世界に知ってほしかったのは私自身でも、ガシマと言う名でもない。アサカよ」
「ええっ!? う、うち!?」
おぉおおおおおー! 何だ、何なんだ、この展開は!? よくわかんない! わかんないんだけど、テンションだけが爆上がりしてる!
「変な意味はないわ。アサカは本当に手先が器用で何でも作れて、その上生み出すもののクオリティーは私が知る限り一番高い。これをフィーリアって街にだけで留めておける? 私は無理、知ってほしかった。アサカ・トミーと言う、私が知る世界最高の職人を」
「い、いや、いきなり……いきなり、何言うとんねん!」
「聞き入れなさい。あなたが始めた話なんだから」
「うぅ……そうやけど……!」
アサカさんは酔うと甘えに転じるようだけど、キーナさんの場合は結構素直になるのかも。今日の二人の会話は何だか面白いぞ。
「もう恥晒してるし、この際ぶっちゃけるけど、キーナがおらんかったら今のうちもおらんかったやろうからな」
「そうなの? アサカさん、腕がいいからやっていけそうだけど?」
「仕事関係やなくて、人間関係の方でな。今でこそこうやって普通に喋ってるけど、昔はこの喋り方ってだけで煙たがられてたからな」
それはちょっとわかるかも。あたしの場合は逆で、お祖父ちゃんちの地域は関西弁寄りなんだけど、あたしはこの通り標準語。だから、同い年くらいの近所の子たちに、からかわれたことがある。
だから、お祖父ちゃんやお祖母ちゃんの言葉を真似してた時期もあったな。ちょいちょい関西弁が出るのはそのせいなのかも。
「けど、キーナがいっつも傍にいてくれてな。うちの話、聞いてくれててん。キーナは優秀な奴って周りからも認められてたから、それといっつも一緒にいるあいつも実は結構出来るんちゃうか。みたいな感じで、徐々にうちも輪に入れるようになったんよな」
「アサカ、誰彼構わず手当たり次第に話し掛けるでしょ? うるさいのよ、みんなからしたら。だから、私が犠牲になって聞き手になってただけ」
「そんな言い方せんでもええやーん」
「こんな言い方できるのはアサカだけだから」
「……何なん、それ?」
「他意はないわ」
イサキとガールズトークを肴に、夜は更けていく。そのうち、アサカさんがキーナさんの肩に寄り掛かるように眠ってしまい、その日はお開きとなった。
夏のキャンプでも、こんな楽しい時間が過ごせるのかな。ほんと、夏が待ち遠しいよ。
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