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イサキの白子と万能冷酒




 それからの釣果はあたしがイサキをもう一本釣って、ユフィはいいサイズのカサゴをゲット。まだまだ時合いは終わってないぞ、と意気込んでいたんだけど、さっきから気になるものがあった。

 それは船だ。


 港に帰ってくる船だと思うんだけど、港の方じゃなくて何だかこっちに近付いている気がするんだ。夕日に照らされて見え辛いんだけど、船の屋根の上に人の姿らしきものは見える。


「ね、ねえ、ミコト……。あれってもしかして……」

「うーん……?」


 船の上で誰かが手を振ってる? あたしたちに? てことは……!


「キーナさんの船か!」

「おーい、ミコっちゃーん! ユフィ様ー!」

「アサカさんもいる!?」


 手を振っていたのはアサカさんで、声も届くくらいにまで船が近付いていた。


「何してるんですかー!」

「キーナの仕事の手伝いやー! ミコっちゃんらは釣りかー? 釣れたー?」

「釣れましたよー! 良かったら一緒に食べませんかー?」

「食う! ソッコーで終わらせて行く!」


 船の上でアサカさんはキーナさんに何か指示している様子だ。

「はよ帰んぞ、急げ!」とか言ってそう。


「二人の分のために、もう少し釣っておこうか」

「だね。旬で美味しい魚って聞いたら、アサカさん一人で食べちゃいそうだし」


 その後、あたしたちは一匹ずつイサキを釣り上げ、計五匹とカサゴ一匹でこの日の釣行を終えた。



 締めた魚をスチールボックスに入れて港へ向かってみると、木箱や麻袋を運ぶアサカさんとキーナさんがいた。どうやら、物資の運搬の仕事みたいだ。


「アサカさん、キーナさん、お疲れ様です。凄い荷物ですね。何が入ってるんですか?」

「食品関連が多いわね。あとは医療品かしら。多分、スズカゼからも来ていたはずだから、そのうち市場に並ぶと思うわよ」

「航海ギルド、人手不足なんですか? だったら、今度はあたしも手伝いますよ!?」

「ああ、違うの。アサカが手伝ってるのはそう言うことじゃなくて、この荷物の中にアサカの個人的な積み荷があったから、それで手伝わせていたの」


 個人的な積み荷。何かを取り寄せたってことかな?


「喜べ、ミコっちゃん」

「えっ?」

「ナバーリュ、大量入荷や!」

「ほ、ほんとに!? じゃ、じゃあ、クリアケースが量産できるんですね!」

「せや。サイズも大中小、選び放題や」

「それ最高です!」


 釣り具ってルアーから仕掛け、針や錘などなど……。細々したアイテムが多いから、収納ケースはたくさんあるに越したことはない。あたしみたいに整理整頓が苦手な奴は特に、だ。一つのケースにいろいろぶち込んで、結局ぐちゃぐちゃになっちゃうんだよね。


「それで、ミコっちゃんの方は何が釣れたん?」

「今の時期にめちゃくちゃ美味しくいなる魚、イサキです」

「また初めて聞く魚やん。けど、それより聞き捨てならんのは……めちゃ美味いん!?」

「あたしの国ではこの時期になると、イサキしか狙わなくなる釣り人もいるくらいですからね」


 初夏って言う短い期間だから、余計に人を惹き付けるんだろうな。

 ただ、別に今しか釣れないわけでもないし、初夏じゃないと美味しくないのかって言うと、それも違う。冬は冬で、濃厚な脂が乗っていて美味しいんだ。もしかしたら、冬は他の魚も美味しくなるから、初夏の旬の方が注目されちゃうのかな。


「そしたら、こんな仕事さっさと終わらせて一杯いくか、キーナ」

「急いでくれるのはありがたいけど丁寧に運びなさいよ」

「うぇーい。場所は? うちでやる?」

「アサカさんさえ良ければ」

「ええよ。そしたら、また後でうちに集合ってことで」


 屋敷に戻って釣り具を置いて、準備が済んだらアサカさんの工房へと向かう。もちろん、ネリスタさんにはアサカさんちに行くのは連絡済みだ。私も一緒に行きたいわ、ととても残念そうな顔をしていたけど、今日は忙しいみたい。


 工房に着くとキーナさんも既に来ていて、二人で軽く仕事終わりの乾杯をしていたようだ。


「わざわざ自分の包丁持って来たん? 別にうちの使ってええのに」


 イサキを捌くため、あたしはアサカさんから買った出刃包丁を持参していた。


「早く自分の手に馴染ませたいのと、イサキって骨が硬いんですよね。だから、せっかくのアサカさんの包丁をダメにしちゃいたくなくて」


 イサキは別名「鍛冶屋殺し」って言われる。恐ろしい別名だよね。和歌山の方でそんな風に呼ばれるらしい。

 その由来は、昔イサキを食べてたら硬い骨が喉に刺さって死んだ鍛冶屋がいたってのと、包丁を傷付けるから鍛冶屋泣かせだって言う二パターンがある。

 鍛冶屋ではないけど、アサカさんには言わないでおきたい豆知識だね。


「じゃあ、一番大きいのは姿焼きにして、あとは刺身と煮付けにしようかな」


 皮や皮と身の間に独特な旨味を持つイサキは、刺身や塩焼き、煮付けが美味しいって言われている。ただお祖母ちゃん曰く、揚げ物には向かないそうだ。せっかくの旨味が油に流れてしまうんだとか。

 けど、イサキの唐揚げが存在しないわけじゃない。ネットで「美味しい」って書かれてるのを見たこともある。不味くはないけど、お祖母ちゃんの好みではなかった。そう言うことなんだろうね。


 誰かに食べさせるんだから、自分が美味しいって思えるものを食べさせたいもんね。食べてもらう人のことを想って作る。それが料理だ。自分で作って自分で食べる時だってそうじゃん。結局は食べる自分のことを考えての味付けでしょ。


「姿焼き用のイサキはエラと内臓を取ってっと……」


 お腹に包丁を入れて、慎重に内臓を取りだすと白くて艶やかな物体がでろんと出てきた。


「おお、これはこれは……」

「何、なに? 何か出てきたね」

「これは白子だね。初夏のイサキの代名詞、かな」


 白子って言うとタラをイメージしがちだろうか。マダラの白子は美味しいよね。けど、他の魚の白子も絶品なんだ。フグの白子なんかは高級食材だし、サケの白子もなかなかお目に掛かれないかもだけど、出会うことがあれば食べてほしい食材だ。


「こっちも立派な白子だ。これは刺身用にしたいから三枚おろしにしていくね」

「ほんと、いつも思うけど手際がいいわよね」

「そ、そんなことは全然……。イサキって鱗が硬いんで取りにくいし、飛び散ったりするんで案外手間なんですよね。それにヒレの棘も鋭いから油断してると――」


 グサッ!


「痛っぁあああああー!」

「み、ミコト、大丈夫!? ごめんなさい、私が話し掛けたせいよね!?」

「い、いえ、全然! 全然、大丈夫ですし、キーナさんのせいじゃないです! あたしが油断してました!」


 褒められて調子付いたあたしの指に、イサキのヒレが突き刺さった。くぅー、何たる失態。恥ずかしい……。


 予め、ヒレをキッチンバサミなんかで切り落としておく。イサキだけじゃなくて、他の魚でもそうしておけば安全に鱗取りができるよ。


 気を取り直して……白子は軽く塩を振って、優しく揉み洗いしたら流水で流す。釣りたてだし今回は省くけど、臭いが気になるなら日本酒に十分くらい漬けておくといい。

 お湯を沸かしたら二十秒くらい白子を湯通しして、冷水で冷やす。大葉の上に白子を乗せて、スライスしたキュウリを添え、ポン酢を掛ける。最後に上から万能ネギを散らせば完成だ。


「イサキの白子ポン酢です。お酒が進みますよぉ」

「っしゃ!」


 いきなりのおつまみ登場にガッツポーズを見せる大人二人。ただ、ユフィも初めての白子に興味津々って感じだった。


「ほんじゃ、頂きまーす」


 真っ白くて綺麗な白子をパクリと口へ放り込んだ瞬間、アサカさんは冷蔵庫へ猛ダッシュ。酒瓶を取り出したかと思うと、陶器のグラスに二つ注いで一つをグッと飲み干す。


「ぷはぁー! キーナ、これは完全に冷酒や!」


 自分のだけじゃなくて、キーナさんの分も注いであげる辺りが、アサカさんらしいなって何となく思った。


「本当ね。確かに冷酒に良く合うわ。けど、白子って……不思議な味だわ」

「だよね。クリーミーで濃厚なのはわかるんだけど、他に譬えようがないと言うか、私たちが知ってる食べ物の味じゃないんだよ」

「半熟卵食ってるようなトロっとした舌触り。喉を流れていく生っぽさ。そして、口に残った旨味の余韻を吸収して引き立つ酒! 最高すぎて涙出てくるわ」


 大袈裟なアサカさんだから、リアルにちょっと泣いててももう驚かない。けど、しみじみと頷くキーナさんの姿は、様になりすぎていて妙に気になった。


「て言うか、このお酒も美味しいわね」

「それ、スズカゼから取り寄せた酒やねん。今回運んでもらった荷物の一つや」

「凄くキレのいいお酒ね。ほんと、水みたい」

「料理の邪魔せんくせに、酒としての豊潤さも感じさせてくれる。これ、魚だけやなくて肉とかにも合いそうやな」

「万能な冷酒ね。いいもの手に入れたじゃない」


 ドンっとテーブルに置かれた一升瓶。ラベルには「ギザエモン」って書かれてる。何だろう、この馴染みのある語感は……。凄く懐かしいような気がする……。


 ああ、ドラ〇もんか。確かに奴は万能ロボだ。それ由来……なわけないか。


「七輪で姿焼きを作りつつ、刺身は炙りと漬けを作ろうかな」

「今回はシンプルな刺身はなしなん?」

「もちろんそれも美味しいんですけど、イサキは皮目も美味しいから炙り刺しに向いてるんです」

「ヅケってのは?」

「醤油ベースのタレに漬け込んだ刺身のことですね。当然タレの味が濃いんですけど、それにも負けないイサキの旨味を感じてもらおうかなって」


 炙り刺しはカマスの焼き霜造りと同じだ。切り身の皮に軽く塩を振って、皮目から炙っていく。これも氷水なんかには浸さずに、ペーパーで包んで冷蔵庫へ。


 次に漬けタレだ。基本あたしは醤油、酒、味醂を1:1:1で作る。あたし目分量だし、わかりやすいし、失敗しにくいってことで、これがあたしの黄金比率だ。

 レシピ本とかネットで調べればいろんな比率があると思うから、これも自分が美味しいって思えるものでいいと思う。


 調味料を混ぜたタレを火に掛けてアルコールを飛ばし、小鍋ごと氷水に浮かべて粗熱を取る。甘みがほしかったら砂糖を入れたらいいし、塩気がほしいなら醤油を足せばいい。

 漬ける魚が少し古くて臭いが気になるんだよな、なんて時はおろし生姜を入れたりもするね。あとはゴマとかもいい。あたしの漬けダレはそんな感じ。


「これも漬けたら冷蔵庫で待機。待ってる間の姿焼きは……もうちょっとかな。お米も炊けてるし、先にこっちをやっちゃいますか」


 お米もユフィの屋敷から持参したものだ。ちなみにこっちには炊飯器なんてないから、米は土鍋炊きだ。もちろん土鍋でご飯を炊くなんて初めてだったあたしだけど、お屋敷のメイドさんに教わって、結構上手に炊けるようになったんだ。

 いやはや、まさか異世界でお米の炊き方、教わるとはね……。


 お酢に砂糖と塩を入れてよく混ぜる。これも、あたしは目分量。さっぱりめが好きだから、砂糖は控えめかもね。お祖母ちゃんのは甘かったけど。

 お米をボウルに移したら合わせた調味料を少しずつ、満遍なく米に馴染ませる。お酢が米全体に行き届いたら、うちわで扇いで米を冷ます。

 プロの職人さんは桶を使うだろうけど、一般家庭にあるのはボウルだ。その場合は熱が逃げにくいから、底の方からしゃもじで引っ繰り返してやる感じがちょうどいい。


 熱が籠るとべちゃーっとした食感になっちゃうんだよね。何がって?

 寿司飯がね。


「もしかして、それが作りたいって言ってた料理のこと? 何て言ってたっけ? す、す、すひ……?」

「寿司、だよ。納涼祭に出す、今のところ第一候補。ただ、人生で何回も食べてるし、作ってるところも何度も見てるんだけど、実際に自分でやるのは初めてだから、ちょっと練習させてね」


 女子高生が行ける寿司屋なんて、当然の如く回転寿司だ。大体が機械がシャリを握っているんだろうけど、チェーンの回転寿司屋さんの中にもレーンの真ん中に職人さんが立って、目の前で寿司を握ってくれるタイプのものもある。ちょっとお高い回転寿司ってやつ。

 そこで職人さんがやってた動きを、真似してやってみる。


 まずはお米が付かないように手を水で濡らして……。右手でシャリを、って……これくらい? いや、ちょっと少ない……? まあ、初めてだし、これくらいでいっか。

 形を整えたら予め切っておいたカサゴの切り身を乗せて、人差し指と中指で握る……。


「おお! 何やこれ!」

「おにぎりに刺身が乗っているの?」

「へぇー、美味そうやん!」


 ……いや、これは違う!


「ごめんなさい、失敗です!」

「ええー!? そうなん!? てか、失敗って言いつつ自分で食ってるし!」

「も、勿体ないので……」


 失敗したのが恥ずかしくて、あたしは握った寿司を素早く口の中に掻き消した。後でスタッフが美味しく頂きました、みたいな配慮だ。


 むぐむぐ……。味自体は成功かな。けど、硬い……。


「よし、次こそは……!」


 反省点を踏まえ、あたしはシャリの量を微妙に調節していた。


 失敗はこれ。見た目が最悪だった。まるで消しゴムに寿司ネタが乗ってるみたいな。そして、食感。初めてだったせいか、力んじゃったのかな……。

 練習しておいて正解だ。こんなもの、みんなには食べさせられない。


 さーて、次こそ……はまな寿司の開店だ!




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引き続き宜しくお願い致します。

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