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梅雨イサキ




 釣りを始めて三十分ほど経過。未だあたしたちにアタリはない。普段なら何かしら釣れてるんだけど、釣りたい欲が出てくると釣れなくなるってのは、ほんとありがちだ。


 ルアーのサイズ、落としてみようかな。


「ルアーチェンジ?」

「うん、ちょっと小さいのに変えてみようかなって」


 イワシカラーのミノープラグをサイズダウン。飛距離はなくなってしまうけど、遠くに魚の反応があるわけでもないから、今は飛ばすことよりもアタリ重視だ。


 ルアーを変えてから数投目、手許に僅かな反応があった。けど、全然引かない。気のせいかな、と一度手を止めると、ちょっとずつだけどラインが引っ張られていく。

 何か掛かってはいる……?


「何だろ、これ……」

「どうしたの?」

「何か釣れたっぽいんだけど、全然引かなくてさ……。多分、めっちゃ小さいのが掛かったかも」


 リールを巻くのもかなり軽い。だから、回収も速くて簡単だった。


「あはっ、ほんとだー。可愛いサイズだね」

「うげっ……お前か……」


 釣れたのは十センチほどの魚。背中は黒かそれに近い緑色で、お腹は真っ白。

 何でも食べるから、海釣りならどんな場面でも顔を出してくる厄介な奴だ。食べられるなら外道もゲストとして喜べるけど、こいつだけはサイズに拘らずリリースするしかない。


「グー、グー、グー」

「う、うわっ、この魚……鳴いてる!?」

「そうそう、こいつの特徴だね。で、最も特徴的なのが……」


 針から外したそいつを、あたしは掌に乗せて指で軽くツンツンしてやる。

 へへーん、釣ってやったぜ悔しいだろー、ってそいつを挑発するみたいに。


 すると、


「ええっー! 魚が風船みたいに膨らんだ! 何これ!? 何で!?」

「面白い魚でしょ? これはフグって魚だよ」


 フグ。漢字で書くと河の豚で河豚。何で豚かって言うと、膨らんだ見た目そうなんだろうけど、さっきの鳴き声が豚に似ているからってことらしい。

 フグって海にいるのに河っておかしくない? って思うかもだけど、河豚って漢字は中国から渡って来たもので、中国のフグは河にいたんだ。だから、日本のフグは海にいるけど「河豚」と書くわけ。


「これ、空気を吸って膨らんでるの?」

「そうだよ。水の中でも膨らむんだけど、その時は水を胃の中に溜めて膨らむんだ。理由は自分を大きく見せて身を守るため」


 だから、今も怒って膨らんだってよりは自分の身に危険を感じて膨らんだってことだ。


「最初はびっくりしたけど、こうやって落ち着いてから見ると……な、何か、可愛い!」

「それはわかる。こんなまん丸な魚、いないもんね。ただ、釣り人にとっては可愛くない奴なんだよね」

「そうなの?」

「正に外道中の外道。釣りたくない魚ナンバーワンだね」


 海琴調べだけど。


 ただ、それでもリリースは優しく、だ。最初は膨らんだままだから浮いてるけど、逃がしてもらったってわかったら、空気を吐いて萎んだ体で海へと泳いでいった。


「もしかして、食べちゃいけない魚?」

「うん、その通り。もしかしたら、こっちの人の魚に対する偏見を生んだ原因の一つかも知れないね。フグは絶対食べちゃダメ。大きさなんて関係ない。ちょっとでも食べたら、確実に死ぬ」

「えっ……!?」

「魚に関することが進んだあたしの国でも、フグの毒はどうすることもできない。生きるか死ぬかは、もうその人の運だよ」

「う、嘘……」


 あたしは敢えて、怖がらせるような言葉を使った。怖いと思ってほしかったんだ。それくらいに危険な魚だから。


 フグ毒はあたしの世界でも、確立した治療法や解毒剤があるわけじゃない。どうにか生き永らえさせて、フグ毒が体の外に排出されるのを待つしかないんだ。

 それなりに医療が発展した国でも死者が出てしまうんだから、こっちの世界じゃ確実に死ぬって言うのは、大袈裟な言葉じゃないはずだ。


「み、ミコト、触ってたけど平気なの……?」

「基本的には触れない方がいいかな。さっきはユフィに見てほしかったから、わざと膨らませたけど、基本は触れずにリリースがベストだね。フグって硬くて強い歯を持ってるから、噛まれると大怪我するんだよ。あと、触ったからって毒の影響を受けるわけじゃないけど、触れたら手を念入りに洗うこと」


 磯に溜まった潮水で、ゴシゴシと手を洗う。石鹸使った方がそりゃ確実なんだろうけど、そこまで神経質になる必要はない。でも、ユフィの前だし、少し大袈裟くらいがちょうどいいかな。


「前のゴンズイみたいに触れるのも危険な魚なんだね」

「うん。しかも、海なら大体どこにでもいる。海で釣りしてたら結構お目に掛かる奴なんだ。だから、今まで釣れてなかったのがちょっと不思議なくらいかも」

「そ、そんな頻繁に釣れるの……?」

「大丈夫。対処法さえ知ってれば、怖がって膨らむだけのキモ可愛い奴だから。うーん、でも、いい機会だしアングラー用の手袋を作ってもらうのもいいかも」

「普通の手袋じゃダメなの?」

「ダメってわけじゃないけど、面倒なんだよね。ほら、あたしたちアングラーはラインを結ぶでしょ? 手袋したままできそう?」

「あ、ああ……無理かも……」

「まあ無理なんだよ、あたしでも。だから、普通の手袋だとラインを結ぶ時にいちいち外さないとダメなんだよ。でも、考えてみて。ラインを結ぶ時って親指、人差し指、中指くらいしか使わないよね? この三本さえ自由ならよくない?」


 釣り以外の場面でも使われることや、見ることがあると思う。指先が出るタイプの手袋を。使うシーンによって何本の指が出るかを使い分けるけど、釣りにおいては今言った三本指が出るタイプが使い勝手はいいと思う。


「普通の手袋の指先を切って代用はできるけど、釣りしていると濡れるのが当たり前だから撥水性、防水性はほしいよね。あと、歯が鋭い奴やヒレが尖ってる奴とかもいるから、それなりに丈夫なものがいい」

「アサカさんに相談だね。多分、難しいものじゃないと思うよ。御者の人たちの手袋ってミコトが求めてるものに近いと思うから。それを弄ればいいだけじゃないかな」

「……ぎょしゃ、の人?」

「馬車を運転してる人のこと。スズカゼにも馬車はあるでしょ?」

「あ、ああー! あるある! けど、あたしはあんまり馬車って使わなくてさ……」


 あんまりどころか乗ったこともないし。この世界に来て初めてだし。

 けどそっか、御者か。何となく、聞いたことのある単語だ。


「雨の日も馬車を走らせるから水にも強いし、常に手綱を握ってるから丈夫なものだと思うよ」

「なるほどね。確かにそれはいいかも――」


 ぐん! っと、強く鋭いアタリ。慌てずフッキングすると、ラインが縦横無尽に走り回る。


「ミコト、ヒット!?」

「みたい。おうおう、そんなにサイズは良くないっぽいけど、元気な魚だ」


 もしかして青物かな? ほんと、よく走る。目の前に岩があるから、ちょっと立ち位置を移動してランディングだ。


「おおー、やった! イサキじゃん!」

「これも初めての魚だね」


 イサキ。大きなものだと四十センチ以上にもなる魚で、あたしが釣ったのは三十あるかないかってところだ。あんまり聞かない名前かもだけど、スーパーではたまに見掛けるお魚さんだ。


「綺麗な魚だね。全体は褐色だけど、ヒレは黄色味を帯びててお洒落してるみたい」

「魚がお洒落する、か。ユフィの譬えは面白いね」

「これは食べられるの?」

「もちろん。何と、今が正に旬のお魚だよ」

「へー! そうなんだ!?」


 梅雨イサキって言われるように、初夏がイサキの旬になる。それは夏に産卵を控えていて、イサキはこの時期に栄養を蓄えるからだ。


「イサキは群れで行動するから今がチャンスだよ。中層から表層を意識してやってみて」

「わかった!」


 イサキは夜行性で、昼間は深いところにいるんだけど夜になると浮かんでくる。この夕マヅメのタイミングで活性が上がったのかも。


 釣りでのイサキは船からの餌釣りが一般的かと思うんだけど、こうして釣れたみたいにルアーで狙えない魚でもない。ただ経験上、青物狙いでゲストとして登場ってことが多い気がするけど。


「あっ! アタった! けど、乗らなかった……」

「でも、そこにいるってことだよ。チャンスはまだ続いてる」

「そうだよね――って、来たー!」

「おおっ、イサキの方も諦めずに追い駆けて食い直してきた!?」


 ユフィのロッドが鋭い弧を描き、リールはドラグ音を響かせる。食欲旺盛な時期だから、餌を見付けたら猛烈にアタックしてくるんだろう。そして、元気がいいから引きも強い。

 アングラーには堪らない魚だね。


「よし、ユフィも無事イサキを初キャッチだね」

「ミコト、網ありがとうね」


 タモ網で掬ってあげたイサキは、あたしが釣ったのと同じくらいのイサキだった。だから、ありがたく頂こう。


「手応えはもっと大きい感じだったんだけどなぁー」

「これでもサイズ的には全然いい方だよ」

「そうかもだけど……もっと大きいのが釣りたいって欲が出て来ちゃうんだよねぇー」

「まあ、それはあたしもわかる」


 数を釣るのも楽しいんだけど、目標にしがちなのは大きさだったり重さだったりが多いんだよね。単純に魚を釣るなら餌でいいのに、大物狙ってデカいルアー投げるとかね。

 で、大体ボウズになることが多いんだけど。


「そう言えば、スズカゼにも納涼祭ってあるの?」

「う、うん、まあ、あるよ。フィーリアと同じ感じで、河川敷とか大きな公園に出店が並んで、最後に花火を楽しむの」

「友達と行ったりした?」

「うーん、誘われたらって感じかな。ここ最近は家から花火だけ眺めてた」


 中学くらいまでは、みんなで行こうか、ってな感じで積極的だったんだけど、高校に入ってからは受け身に回っていた。特別この子とお祭りに行きたい、って思う友達もいなかったし。


「ユフィはどうなの?」

「納涼祭に参加はするけど、楽しむって言うよりは両親の視察に付き合うって感じの方が強かったかな。ましてや、出店する方になるなんて初めてのことだから、今年は凄く楽しみなんだよね」

「あたしも。フィーリアに来て初めての納涼祭で出店やることになるなんてね」

「ミコトがうちに来てくれて、私の生活は大きく変わったよ。もちろん、いい方に、楽しい方にね」

「な、何さ、急に……。何だか、こそばゆいな……」


 首の後ろを掻くあたしを、ユフィは横目で眺めながら笑っていた。

 か、からかわないでよぉ……。


「これからもミコトと新しいことに挑戦して、楽しいことを共有していきたいなって、改めて思っただけ」

「……そだね。あたしもユフィといろんなこと、経験していきたいよ」


 夕日に染まる海を、一隻の船が進んでいく。それを眺めながら、あたしたちは揃って笑みを零した。




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引き続き宜しくお願い致します。

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