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大人たちの絶望と歓喜



 ユフィたちとの待ち合わせ場所に先に到着したのはあたしたちだった。程なくして、ユフィとアサカさんがちょっと慌てるように駆けてきた。


「ご、ごめんね、ミコト。待たせちゃった?」

「ううん、あたしたちもさっき着いたところ。それに、時間には間に合ってるよ」

「アサカさんが何回も『これが最後の一投やから!』って繰り返すから……」

「え、ええやん、間に合ってんから、それは言わんでもっ」


 ああー……簡単に想像できちゃうな、そのシーン。


「とりあえず、そっちで釣れたテナガエビもこっちのスチールボックスに入れましょうか」

「そ、そうだね」


 少し苦笑いのユフィが差し出した網には、数匹のテナガエビしか入っていなくて、想像していた半分以下って数だった。


「あんまり釣れなかった?」

「最初の時とは全然違って……。餌を変えても全然反応がなくて……。鳥がいたから釣れると思ったんだけどな……」

「鳥?」

「うん、白くて細い鳥。私たちが近付くと飛んで逃げちゃったけど。ミコト、鳥がいるところには魚がいるって言ってたでしょ?」


 多分、鳥の正体は上流でも見たシロサギ。だとしたら、釣れないのは当然だ。てか、その状況でここまで釣ったのが逆に凄いけど。


「確かに小魚の群れを探している時に、鳥がたくさんいたらラッキーだよ。けど、テナガエビは群れてるわけじゃない。そして、その鳥はテナガエビの捕食者だ。そんな奴がいたら、みんな逃げるか隠れちゃうよね」

「鳥がいたら釣れるってわけじゃないの!?」

「そうだね。鳥がいたら魚がいる可能性も高いってだけ。探索の時の情報源って感じかな。鳥がいる場所でどうやって釣りをするか。それはまた別で考えないとね」


 鳥がいた。よし釣るぞー。それじゃダメなんだ。その時のシチュエーションでアングラーが取るべき行動が分かれるんだ。

 例えば水鳥なんかが泳いでいる場合、鳥に向かってキャストしちゃダメなのは言うまでもないけど、静かに泳ぎ去ってくれるのを待った方がいい。それか、釣り人側が水鳥にその場所を譲って、別の場所に行くか。


「じゃあ、私はどうしたら良かったのかな?」

「その鳥にはあんまり近付かず、飛び去るのを待つ。それか、別のエリアに移動するか、だね。驚かせて飛び立たせちゃったら、物音とか水飛沫で魚までびっくりさせちゃうからね。そうなった場合、そのポイントは時間を置いてから入り直した方がいいよ」


 場を休ませるために。


「じゃあ、うちらは完全に裏目ったってことか……」

「ごめんね、アサカさん……」

「いやいや、ユフィ様だけのせいちゃうよ。うちらが勉強不足やったってことやん。けど、これで同じミスはせえへん」


 そう言えば、ユフィと離れて釣りをするのは初めてだな。あたし一人で釣りに行くことはあっても、一緒に行ってお互い別エリアで釣るって初めてだ。

 今回の経験はその成果だろう。いつもより短い時間だったけど、いろいろと得るものがあった釣行だったな。



 シルキーを屋敷に送り届けると、お礼にとお茶に誘ってくれた。豪華で綺麗な客室に招かれ、メイドさんが淹れてくれた紅茶を頂く。けど、その前にスチールボックスの水は新しいものに替えておいた。


「ミコ姉、あのテナガエビは昼食の際に頂けるのですか?」

「結構釣れたもんな。みんなで食える量、全然あるで」

「あれがどう美味しく料理されるのか。今から楽しみだわ」


 三人は何やら盛り上がっている様子で、事情を知っているユフィはどこか苦笑い。


「残念ですけど、テナガエビはもう少しお預けです」

「えええっー!?」


 三人同時に不満の声を上げる。

 仕方ないんだって。あたしとしても心苦しいよ、こんなに楽しみにしてくれてるんだから。


「これから数日、あのテナガエビは水を交換しながら生かすことで泥抜きをするんです」

「テナガエビの中には泥が入っているの?」

「泥って言うか、正確には体の中に残ってる消化物、食べてた餌ですね。これを排出させることで美味しく頂けるんです」


 まあ、絶対にやらなきゃダメってわけじゃないんだけどね。綺麗な場所に住んでいたテナガエビなら釣ってすぐに料理してもいい。ただ、別にあの川が汚いって言ってるわけじゃないんだ。

 美味しく頂きたいから手間暇掛けたいってこと。


「そ、そんな……。うちは釣り終わったらソッコーで酒が飲めるって思ってたのに……」

「いや、別に飲んでいいですよ?」

「ミコっちゃんの料理あっての酒やねん!」

「楽しみは後に取っておいた方が美味しくなるってもんですよ、料理もお酒も」


 ぐすぐす、とわざとらしく泣き真似をするアサカさんはまだいいんだけど、人知れず静かにガックリと肩を落とすキーナさんは、何だか見ていて居た堪れなくなってしまった。


 そ、そこまで落ち込まなくても……。


「でしたら、今日はうちのシェフが作るランチをお召し上がりなりますか?」

「領主様専属シェフの料理やて!? そんなん最高やん! もちろん頂きます!」


 いや、何でもいいんじゃん。キーナさんもめっちゃ笑顔だし。


 当然のようにあたしたちも頂いたんだけど、当然のようにめちゃくちゃ美味しかった。いやだって、そりゃそうでしょうよ。相手はプロ中のプロなんだから。端から勝ち目なんてない。

 けど、ただな……。こっちの料理とあたしが知ってる海鮮料理。これをミックスさせるのは面白いと思う。だから、こっちの料理も勉強していかないとね。



 後日のお昼、テナガエビを振る舞う場所がジルクニフ家に決まったのは別にいいんだ。シルキーの歓迎会的な意味合いも籠められるし。けど、そこにクライブ様が参加するのは予想外だった。


 確かに、あたしたちはギルドとして活動しているんだから、それの一番の上司に成果を報告するのは当然のことだ。けど、いきなりだと緊張するから前以って言ってほしいもんだよ。


「今日は魚とは少し異なるものを料理したそうだな」

「はい、今回はテナガエビ。前に磯で見てもらったカニやエビの仲間です。比較的、身近なところにいて、釣り経験の浅い人や子供でも釣ることができます。何なら、釣り初挑戦のシルキーもたくさん釣りましたからね」

「シルキーから話は聞いたのだが、本当のことだったとはな……」


 我が子の話、信じてなかったんだな……。まあ、わからんでもないけど。子供が初めて釣りに行って「アジ釣った」とか「フナ釣った」とかならわかるけど、いきなり「テナガエビ釣った」はビビるよね。


「それで、今回はどんな料理を作ってくれるん?」


 あたしたちがいるのは屋敷のキッチン。料理はまだ作ってない。

 それと言うのも、クライブ様とシルキーが料理しているところを見たいってことで、あたしはみんなの前で料理して、それを振る舞うってことになったんだ。これも緊張の理由の一つだ。


「普段、あたしはシンプルに塩焼きにするか唐揚げにするんですけど、今回はちょっとだけ手を加えてみようかと思います。でも、まずはテナガエビの味を知ってもらうために、塩焼きと唐揚げからやっていきますね」


 テナガエビは予め大きいものと小さいものに分けておいて、唐揚げ用には小さい方を選んだ。こっちの方が殻が口に残りにくいから唐揚げ向きだ。


「まずはテナガエビを締めますね。これは簡単。お酒に漬けるだけです」


 この時、テナガエビが暴れることがあるから気を付けよう。


「動かなくなったら酒から上げて、胃袋を取り除きます。口から爪楊枝を入れたら、すぐ取れますよ。次に塩を振ってよく洗います。お腹や足の辺りを念入りに。水気をよく拭き取ったら、熱した油で揚げます。片栗粉を塗す場合もありますけど、今回はよりシンプルに素揚げでいきます」

「揚げ物を作っている時の音って、無性に食欲をそそられるわよね」

「体の中に水分が残ってると爆ぜるんで、それに気を付けながら色が変わるまで揚げて、と」

「ええっ!? て、テナガエビが真っ赤になってる!?」


 エビやカニってそう言うものだって知ってるから何とも思わないけど、知らない人からしたら衝撃的なことなんだ。揚げる前のテナガエビは黒っぽかったからな。これがこんな鮮やかな赤色になるんだから。


「な、何でですの、ミコ姉!?」

「何で……。ええっと、確か……『アスタキ何とか』の色素が加熱されることによって、タンパク質からどうにかなって……? と、とにかく、逆上せた感じになるの!」

「そ、そうなんですの!?」


 いや、ごめん。違う。

 前に生物の授業で先生が突拍子もなくそんな話をしたのは憶えているんだけど、あまりにもいきなりすぎて内容までは記憶になかった。

 こんな時にググれたらな……。


「揚がったテナガエビに塩を振って、レモンを添えたら完成です。もうこのまま、スナック菓子の感覚で食べちゃって下さい」

「こ、これはなかなか……。足があると昆虫を想像させると言うか……」

「けれど、香りはとてもいいですわ、お父様……!」

「う、うむ」


 まずはジルクニフ親子が思い切った様子でパクリと放り込む。

 その瞬間、クライブ様はカッと目を見開き、シルキーは蕩けた顔で両頬を手で覆っていた。


「な、何と香ばしい! この薄い殻がサクサクで確かに菓子のようではあるが、その中の身はぷりぷりとした食感! しかもまた、この身の上品な甘さ!」


 二人に続いてアサカさんとキーナさんもエビを摘まむ。その瞬間、目を輝かせて頬を赤く染めるのだった。


「うっまー! 見た目からは全然想像できん味やん!」

「確かに、こう言う味のスナックがあるわよね。でも当然、お菓子なんかよりも全然食べ応えがあるわ」

「これはもう完全にビールやん!」


 だろうね。お祖父ちゃんもそうだったし。たまに日本酒も飲んでたかな。

 すぐさま領主の命令でビールが持って来られ、大人三人は「ぷはぁー」と歓喜の音色を奏でていた。


「シルキー、自分で釣ったテナガエビのお味はどう?」

「そうなのですわ! これを自分で釣ったと言う達成感が、更に料理を美味しくさせていますわ!」

「気に入ってくれたみたいで良かったよ」

「この細い腕、小さな足は塩気が強く、確かにスナック菓子のよう。しかし、このはち切れんばかりにぷりぷりとした食感の身は、肉や野菜で感じる甘さとはまるで違います。香ばしさと塩味の中にある甘み。これはまるで、砂漠に咲く一輪の可憐な花のよう……!」


 ……シルキーの味の表現って、何か独特だな。お嬢様だから感情表現が豊かなのかな……。ユフィはそこまでじゃないけど。


「じゃあ、次に塩焼きです。これは少し大きめのサイズを使って、串に刺して焼いていきますね」


 串に刺して焼けば、丸まらずに真っ直ぐ焼けるから見映えもいい。これも香ばしい匂いがしてきて、鮮やかな赤色になったらオッケーだ。


「素揚げより少し殻が気になるかもですけど、食べられるのでそのままどうぞ」


 天婦羅とかエビフライの尻尾を食べる派の人っているよね。あたしもそっち派なんだけど、感覚的にそれに近いかな。


「おおー! 焼いた方が更に香ばしいぞ! それに大きいと食べ応えもあるな! この殻も確かに言われれば気にはなるが……」

「噛めば噛むほど旨味が引き立ちますわ!」


 エビって頭に角みたいな突起物が生えているから、これをハサミでカットしてあげると、頭も食べやすくていい。


「エビって魚と全然違った味がするのね。魚と比べると味が濃厚なのかしら?」

「それな。魚は調味料とか足して、料理することで美味しさを増していく感じやけど、これはもう素材そのものの味がめちゃめちゃ強いよな」


 その通り。だからこそ、この濃厚な味わいは出汁にも使われるんだ。

 そして、ここからはこの旨味をより引き立たせる料理を作っていくよー。




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引き続き宜しくお願い致します。

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