領主の娘だから
橋脚に残ったシルキーは、対岸の様子も見てみたいって言うんで、あたしたちは橋を渡ることにした。いくら同じエリアにいるからって、シルキー一人を向こうに行かせるわけにはいかないもんね。
「こうやって上から見ると、真ん中は結構深そうだね」
橋のほぼ中央に来た頃、あたしは身を乗り出すように川を覗き込んだ。
「ミコ姉! あそこに魚がいますわ!」
「ほんとだ。あれはコイだね」
「こ、こんな距離からでもわかるのですか!?」
「大きさと見た目と泳ぎ方、あとはどこにいるかってので大体はね。遠くからでも犬の種類は何となくわかるでしょ? そんな感じかな」
「あの白い鳥! あれが白鳥ですの!?」
「いやいやいや……。あれは鷺だね。シロサギ。小魚を食べに川岸にやって来たんだね」
ユフィもそうだったけど、シルキーもいろいろなものに興味津々。貴族の子供ってみんな好奇心旺盛なのかな、って思ってしまうくらいだ。
「シルキーって普段はどんな風に過ごしてるの?」
「勉学に勤しむか、お稽古事をしているでしょうか。音楽や美術などの芸術に触れたり、実際にそれをやってみたり」
それってほぼほぼ自分の時間がないってことだよね……。
「領主の娘ですから。礼儀作法、ある程度の教養がなくてはなりません。ユフィも前は私と同じでしたが、ギルドを設立してからは何と言いますか……伸び伸びしているようで羨ましく思っていました」
「それで噛み付いちゃったんだ?」
「お恥ずかしい限りですわ……」
案外、シルキーは正直な子だな。
「領主の娘ともなれば、分刻みでその日のスケジュールが組まれているとも聞くわ。厳しく見えるかも知れないけど、それ故に有能な人物へと育つ」
「じゃあ、釣りギルドに参加できたのって、かなり異例なことなんですね?」
「かなり、ね。それほどまでにミコトが信頼されている証拠でもあるでしょうね。警備の者も付けずに、シルキー様を街の外に連れ出すなんて前代未聞よ」
ですよね、ですよね!? あたしも薄々は感じていたけど、もしもこれ、シルキーに何かあった場合、あたしの首リアルに飛んじゃうやつだよね……?
いつも以上に警戒を怠らないでおこう。
対岸に着くと、シルキーは切り身を、キーナさんはミミズを使って釣りを始める。だったら、とあたしはクフカアをチョイス。
対岸も似たような地形で、大きな岩がいくつも転がっていて、テナガエビには絶好の隠れ家だ。
「やっぱりここ、調子がいい気がするわ」
さっきからキーナさんに立て続けにアタリが出る。こっちはミミズがいいのかも。あと、餌を落とす場所のチョイスも、キーナさんは上手いんだと思う。
船乗りだから水の中を見通す目もいいし、流れを読んで淀んでいる場所を的確に狙っている気がする。
「むむむー……!」
それを見習ってか、シルキーもミミズに挑戦しているみたいだけど悪戦苦闘。
「手伝おうか?」
見兼ねて手を差し出すんだけど、
「いえ、これも勉強の一つですわ。一人でできるようになりたいです」
と、払われてしまう。でも、これは嬉しいことだ。そんなにも釣りに夢中に、熱中してくれるのは、本当に嬉しい。
「やったー! また釣れましたわ!」
その成果もあって、シルキーも連続ヒット。アタリが渋くなったらまた橋を渡り、そこでまた好反応を得た。
「さっき釣り尽くしたと思ったのに、まだ釣れるのね」
「場を休めた結果ですね」
「場を休める?」
「はい。どんなに魚影が豊富な場所でも、周りでどんどん釣られちゃったら魚も怖くなって逃げちゃいます。そうなると、さっきまでめちゃめちゃ釣れてたのに突然釣れなくなるんですよね。けど、魚影が豊富ってことは魚が集まりたくなる場所なんです。だから、まだまだ釣れそうでも敢えて移動するんです」
「なるほど! そのエリアから一旦身を引いて、また魚が集まってくるのを待つと言うわけね」
「その通りです」
単純に釣る場所を変えるって行為にも、実はいろいろな考えがあっての行動なんだ。
そこから橋脚の影を移動しながら、どんどんテナガエビを釣り上げていく。思ってた通りの一級ポイントだ、ここは。まだまだ釣れるポテンシャルを持ってる。
だけど、
「終了だね。帰る準備しよっか」
「ええー! まだ、もう少しお願いしますわ! 走って行けば、まだ間に合うでしょう!?」
「だーめ。時間は厳守。走って間に合うかもだけど、その途中に何があるかわからない。余裕を持って行動することは、釣り以外のことでも大事だと思うよ」
「……はい、わかりましたわ」
まだ不満そうではあるけど、シルキーは従ってくれた。あたしもシルキーの門限さえなければ、まだまだ釣りたいさ。けど、打ち首はごめんだからね。
「ありがとうございます、ミコ姉。今日は本当に楽しかったですわ」
「どしたのさ、突然?」
ユフィたちとの待ち合わせ場所へ向かう中、シルキーは唐突に切り出してきた。
「ユフィに聞かれるのは恥ずかしいので、今言っておきたかったのです。私を釣りに誘い出してくれたこと、本当に嬉しかったですわ。少し考えていたんですの。釣りギルドに入ることはできたけれど、それはお飾りみたいなものではないか、と」
「お飾り?」
「領主の娘がギルドメンバーにいれば周囲の目を惹く。それだけの看板、と言うことですわ。そう言う扱われ方に慣れているせいか、自然と思考がそちらの方に向いてしまうのですわ」
シルキーはちょっと自嘲気味に笑った。
「けれど、ミコ姉は違いました。私を領主の娘としてではなく、ギルドの仲間として扱ってくれた。私の釣り道具を用意してくれて、私にもできる釣りを考えてくれましたわ」
「そりゃそうでしょ。あたしたち釣りギルドの目的は、釣りを世に広めることだよ。そのメンバーであるシルキーに釣りを教えるのは当然のことじゃん」
「ミコ姉にとっては当たり前のことでも、世間にとってはそうでもないのですわ」
「何かそれ、あたしがズレてる奴みたいじゃない?」
「そうかも知れませんわね」
「ちょっとぉー」
「ミコトって意外と世間知らずなところがあるわよね」
「き、キーナさんまで!?」
そりゃそうでしょ。あたしは別の世界から来たんだから、こっちの事情に疎くて当然なんだい。
そんなことが言えるわけもなく、あたしたちはただただ笑いながら川沿いの道を歩いていくのだった。
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