二人の選択
サイズアップしてやろうと意気込んでから、アタリがピタリと止まってしまった。よく、殺気を出すと魚が逃げる、とか言うんだけど、強ちオカルトだとバカにできないよね、こう言う格言って。
みんなの方にもアタリがないようで、あたしたちは少しだけ上流に移動することにした。
「ユフィ、シルキーに餌変えたらって言われた時、最後に何か言いかけてやめたように見えたんだけど?」
移動の道すがら、シルキーが少し離れたので、あたしはそっとユフィに歩み寄った。
「ミコトはよく見てるなぁ……。あの時、シルキー様は釣りを始めたばかりの初心者だから、そんな人のアドバイスなんて当てするもんか、って言いそうになったの。けど、五目釣りの時のことを思い出して……」
確かに、あの時もいくつか餌を用意したっけ。それで、自分で考えるように釣ってほしいって言ったんだ。
「あの時も餌を変えた途端に釣れたし、今回もそうかもって。あと、ミコトのお蔭かな」
「あたしの?」
「ミコトは釣り初心者の私の提案とか質問にきちんと応えてくれて、すぐに否定しないで私の意見を尊重してくれた。だから、私もそうあるべきだって思ったの」
ユフィから見たあたしって、そんな大人な女性だったのか。これは嬉しい反面、これから先もそう言う姿でいないと、って言う緊張も生まれちゃったな。
「領主様も自分を貫くってどう言うことかって仰られていたしね」
「領主様と同列に並べられるのは申し訳ないよー」
ようやく和やかな雰囲気になってきた中、釣り再開だ。
次にやって来たポイントはさっきと似たような岩場なんだけど、前回来た時はあんまり釣れなかったんだ。でも、ここは岩の他に葦みたいな植物が多く生えていて、釣り場としてのポテンシャルは結構高いはずなんだ。
こう言う場所は実績に関係なく、様子くらいは見ておくべきだよね。
「そうだわ、ミコト。この間の干物、美味しく頂いてるわ」
大量に作ったカマスの干物は、アサカさんとキーナさんにも手伝ってくれたお礼にお裾分けしたんだ。アサカさんもあれで毎日、晩酌を楽しんでいるとか。
「凶暴そうな顔なのに、優しい味わいで驚いたわ」
「気に入ってもらえて良かったです。また機会があれば、みんなで行きたいですね。今度はシルキーも加えて」
「ええ、そうね。みんなでと言えば、キャンプの話は聞いた?」
「はい、聞きました。あたし、キャンプにも興味があったんで楽しみです。キーナさんは経験者って聞きましたけど、野営ってどんな風にするんですか?」
「基本的には獣の多い山や森の中ですることが多いから、焚き火を囲むようにテントを張って、その中で寝泊まりするわね。その時は布団じゃなく寝袋ね。交代で火の番をすることもあるわ」
あたしが想像していたキャンプとあんまり違いはなさそうだな。獣がいる中でキャンプするって確かに危ないけど、どんなに整備されたキャンプ場にだって野生動物は入ってくるからね。そこも大きな違いってことにはならないと思う。
「料理とかってするんですか?」
「簡単なものだけどね。肉を焼いたり鍋をしたり、それをパンで食べるって感じかしら」
向こうでもキャンプ飯って言ったらBBQとかカレーが一般的だもんね。そこも一緒だ。
「けど、今回はミコトがいるから特別なものが食べられそうな気がするわ」
「あたしもキャンプしながらご飯作るのって、ちょっとした憧れがあったんで、自分でハードル上げるのも何ですが楽しみにしてて下さい」
そんな楽しいお喋りをしながら釣りに興じていると、ようやくウキが動いた。みんなの方にも反応があったみたいで、最初の場所ほどじゃないけど釣果は挙がった。
次に移動してきたのは更に上流の橋脚エリア。移動するのが早いように思われるかもだけど、実はシルキーに門限があって、お昼前には屋敷に戻らないといけないんだ。その条件を呑んだから、シルキーの参加が認められたって感じだ。
「うっわ! 今何かバコンって凄い音鳴って、えらい水飛沫が上がったで!」
「多分、シーバスですね。小魚を捕食してるんです。けど、そうなると……テナガエビが警戒して逃げてるかもな……」
「魚もテナガエビ食うんや?」
「シーバスみたいな大型魚は大好きですよ」
「じゃあ、これに針付けて餌にしたら、めっちゃデッカい魚釣れるかもってこと?」
「大正解です。テナガエビはもちろん、生きた魚を餌にして釣るやり方はあります。泳がせ釣りって言うんですよ。雨期が終わった夏にやってみたいですね」
大型の青物を狙ってみたいものだ。けど、それにはこのロッドの強度じゃちょっとキツいかもな……。
「ユフィ、いいサイズですわね!」
「あ、ありがとうございます」
前回、橋脚下は渋かったけど今日はなかなか反応がいい。シーバスのボイルはあれから見られないし、突発的なものだったんだろう。
あと、何がこのポイントの魅力かって言うと、橋を歩いて対岸に渡れることだ。
「こっちも釣れたわよー!」
キーナさんが偵察として対岸に渡って釣りをしていて、どうやら向こう側も好反応みたいだ。今日はテナガエビ釣りの当たりの日、とも言えるのかも。
けど、こうなってくると悩みの種ができてしまう。どのポイントもそれなりの釣果ってなると、どこを本命にするのか決めにくいんだ。時間的に移動するとしたら一度きり。
このまま橋脚エリアで粘るか、それとも下るか。
「みんな、ちょっといいかな」
ポイント選びはどの釣りにおいても重要なこと。試合や大会になれば、勝敗を分かつ選択とも言える。
「時間的に移動するとしたら最後になると思うんだよね。もちろん、移動せずにここで粘るって選択肢もある。それをユフィとシルキー、それぞれに選んでほしいんだ」
「それってユフィ様とシルキー様が別行動になるかもってこと?」
「そうです。だから、別々になった場合はアサカさんとキーナさんには保護者として二人に付いてほしいです」
「まあ、そらそうよな。ミコっちゃんは?」
「あたしはシルキーに付きます。経験と知識で言えば、ユフィの方が豊富ですし。何よりユフィはあたしの一番弟子ですから」
保険ってわけじゃない。実際にそう思ってる。けど、一番弟子ってちゃんと言葉にしてあげた方が、あたしがシルキーに付く不満が少しは和らぐかなって思ったのも事実だった。
結果、ユフィは少し照れ臭そうな顔。代わりにシルキーがどこか不満気な顔。
「ミコ姉、質問してもよろしいですか?」
「もちろん」
「移動するメリットはあるのでしょうか? どこの場所も私にはよく釣れた場所に思えました。だとしたら、移動する時間を全てここに費やすのが効率的なのでは?」
やっぱユフィにしろシルキーにしろ、貴族の人たちって育ちがいいのか頭の回転が速い気がする。
「移動しないメリットはそこだね。ただ、ここで粘った場合、切り上げる時間は下流部よりも早くなる。意味わかる? ここだと帰り道まで遠いんだよ」
「……ああっ!」
「帰り道に一番近いのは二番目に入ったポイント。あそこだと時間ギリギリまで釣りができるよね。最初のポイントもここよりかは近いから、この橋のエリアだと一番最初に釣りを終わらせないといけないんだ」
ユフィも気が付いたみたいで、そっと顎に指を当てる。
今回はシルキーの門限って言う、いつもと違う条件が付いているんだ。いつもは陽が暮れたら帰ろう、みたいな感じ。六時に日没なら、どこで釣りをしていても六時に釣りを終了させる。
けど、今回は昼までにシルキーが家に帰らなきゃならない。その帰り道の時間を考慮しないといけないってこと。
これはちょっと、プロのバス釣りの大会に似たところがあるかも。
大会だとウェイインって言って、釣ったバスを計量する時間が試合中に何度か設けられている。このウェイインに少しでも遅れたら、どれだけのバスを釣っていても結果はゼロ。
だから、アングラーたちはウェイイン前の時間をどこのポイントで釣るかを考えるんだ。ウェイイン会場の近くでギリギリまで釣りをするか。けど、そう考えるアングラーは多いだろうから、必然的にそこのプレッシャーは高くなる。
かと言って、人が少ない遠くの方で釣りをしていたらウェイインに間に合わない可能性もある。
「私は最初の場所に移動するよ。やっぱりあそこが一番釣れたから」
「私は……ここに留まりますわ。ここは釣りをするエリアとしては一番広い。エリア内での移動を繰り返すことも可能なはず」
実績重視のユフィとエリア重視のシルキー、か。
正直これは、
「どっちも凄くいい考えだと思う。結局、釣ってみないことには正解はわからないんだよ。そして、釣れなかったとしても、それは不正解じゃない。次に繋がるチャンスなんだ。絶対なんてものはない。あたしたちは魚、動物、自然ってものと駆け引きしてるんだからね」
何か大それたこと言っちゃってる感が漂ってるかもだけど、実際そうなんだって。軽く言えば、今日釣れた場所で明日釣れるとは限らない。そう言うこと。
「じゃあ、ユフィにはアサカさんが付いてもらえますか?」
「了解や。釣ったテナガエビはどうする?」
「予備のネットを持ってるんで、二人はこれに入れてもらって……――」
スチールボックスはあたしたちが持っておいて、帰りに二人が釣ったエビを回収する。その時間や場所を決めておいて、あたしたちは二手に分かれるのだった。
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