テナガエビ
「エビ? エビって確か、前に領主様とお父様とで磯を探索した時に見掛けたよね? あれのこと?」
「あれを釣るわけじゃないんだけど、そう言うことだね。エビの仲間にテナガエビってのがいるんだけど、これを釣ってみようと思うんだ」
「テナガエビ……手長……。手が長いの?」
「おっ、ユフィ正解」
正確には脚なんだけど。リアルじゃなくても、テレビとかで見たことある人もいるんじゃないかな。二本の手が異様に長いエビを。あとは、唐揚げなんかにされた、料理としてのテナガエビを見たって人も多いかも。
暖かい地域の川の下流域や汽水域の河口、湖や沼になんかにも生息していて、比較的どこにでもいるエビだ。ただ、キャンプしようって言ってた場所のような、高いところにある湖には生息していないらしい。
「大きさは長い手も含めると二十センチくらいかな。夜行性で昼間は岸際の岩陰とか草陰に隠れてるんだ。だから、遠くへキャストする必要がない。穴釣りみたいに餌付けて、落とすだけでいいんだ。お手軽でしょ?」
「それで、その短いロッドなんだ? けど、夜行性ってことは夜に釣りするの?」
「ううん、そこは普通の釣りと同じ、朝マヅメと夕マヅメだね。晴れた日はそうでもないんだけど、曇った日なんかは日中でも活性が高いんだよ」
「曇りの日か……。あっ!」
すぐにピンと来たみたいだね。口を開けたユフィに、あたしは笑みを返した。
「そう。今は雨期。曇りの日が多いよね。だから、テナガエビ釣りの最盛期は雨期なんだ」
「さすが、ミコト! こんな時期でも釣りを楽しむなんて、釣りの天才だね!」
あたしの世界じゃ釣りバカって言われるんだけどね。
ちなみに、雨期が終わって夏になれば、この竿でハゼ釣りを楽しむ予定だ。そこまで考えてのロッド作り。やっぱ、あたしは釣りバカだね。
「狙い目としては川の下流域がいいかな。足場も悪くないし、雨が降ってきたら上流にある橋の下に避難すればいいしね。何ならそこでも釣りができる」
橋の下だからより暗い。テナガエビには心地いい環境のはずだ。避難先が一級ポイントって無双モードでしょ、これ。
「シルキーの最初の獲物が魚じゃないってのは何かあれだけど、いい思い出にはなるんじゃないかな」
「シルキー様には私が教えるからっ。ミコトは見てるだけでいいからねっ」
「あ、ああ、うん……」
ユフィ、やけにやる気モードだな……。後輩ができて気合い入ったのかな……?
けどまあ、誰かに教えるってのはいい経験だ。教わる立場から教える立場になって、改めて釣りってものに向き合えた。あたしはユフィに釣りを教えることで、そう実感したんだ。
「だから、シルキー様と行く前に二人で行きたい! ダメかな!?」
せっかくやる気になっているんだ。それを削ぐ意味なんてない。
「いいよ。じゃあ、早速明日行ってみようか。天気予報だと一日曇りみたいだし」
「やったー!」
「そうと決まったら餌を探しに行こうか」
「餌? イソメ探すの?」
「ううん、今回はミミズだよ。あと、市場にも行ってみたいな。餌になりそうなものがあるかも知れないし」
雨の中、あたしはユフィと一緒に市場へと向かった。
テナガエビは肉食性のエビだ。ミミズの他にもカニカマやホタテ、魚肉ソーセージなんかを餌にして釣る人もいる。虫餌が苦手な人でも代用品があるってところも、初心者にはおすすめの釣りだ。
ただ、こっちの世界でカニカマや魚肉ソーセージが手に入るとは思ってない。それに似た何かがあればな、って程度だ。なければ魚の切り身も餌になるしね。
「ユフィはこれまでいろんな魚を食べてきたでしょ? その中でさ、あの魚の味ってあの食材とかあの料理に似てるかも、って思ったことない?」
「うーん……! それは難しい質問だね……」
「ほんと、ユフィの感覚でいいよ。あれが海の味に似てるかもってくらいでさ」
どこか遠くを見つめながら唸るユフィ。必死に考えてくれるのはありがたいんだけど、もう少し目の前にも集中してほしい。雨も降ってるし、転ばないか心配だ。
「あっ、そうだ! 〈クフカア〉がそうかも!」
「くふかあ? 何それ?」
「お菓子なんだけど、それが焼いた魚に似てるかも」
「それ、どこかで売ってる?」
「商店で簡単に手に入るよ。行ってみよ」
聞けば、クフカアは庶民の子供も貴族の子供も割と普通に食べるお菓子だそうで、焼いた魚に似てるってことは甘い系じゃなくて、塩っけのある食べ物なんだろう。
お菓子が餌になる? って思われるかもだけど、魚肉ソーセージも似たようなもんだ。コイを釣る時に干し芋使う人もいるしね。
「これだよ」
ユフィが買ってきてくれたのは、白くて丸くて……そうだ、ベビーカステラっぽいぞ、これ。大きさ的にもそれくらいで、袋の中にいくつも入っている。
指で摘まんでみると表面はつるっとしていて、乾燥餅を持っている感覚かも。
「このまま食べるの?」
「うん。スズカゼにはないんだ?」
「少なくとも、あたしは知らないな……」
で、味は……。もぐもぐ……。
おおっ!? こ、これは……カマボコっぽくないか!?
「ど、どう? 美味しい?」
「うん、美味しいよ! てか、確かに魚っぽい味がする! これ、原料何なの!?」
「ええっと、確か……大豆とか小麦粉じゃなかったかな? 作り方とか味付けはちょっとごめん、わからないや」
「ううん、全然。実際に目にして食べただけでも、少しくらいはどんな料理なのかはわかったから」
多分これ、ベジタリアンとかヴィーガン料理みたいなものだ。大豆やオカラでハンバーグを作るみたいに、魚肉を使わないでカマボコを再現した感じかな。
もちろん、こっちの人がカマボコを目指して作ったわけじゃないけど、結果的にカマボコに近い味になったんだろう。
「これは餌に使えそうだね。小腹が空いたら、あたしたちも食べられるし」
「餌がなくなっちゃうよぉ」
「これ、保存は結構利くの?」
「大体一週間くらいで食べないとダメかな」
「じゃあ、みんなで釣りに行く日が決まったら、また買いに来ようか。明日の分はこの一袋で足りそうだし」
市場をもう少し歩いた後、今度は雑木林に行ってミミズ探しだ。
スコップで土を掘って、ってイメージかもだけど、こう言う腐葉土が多い場所だと落ち葉を引っ繰り返すだけでもすぐ見付かるから楽なんだ。
「ユフィはミミズ、平気?」
「前まではダメだったけど、イソメとかフナムシとか見て、今は平気になったのかも。ほら」
と言いながら、ユフィは見付けたミミズを素手で摘まんで、用意しておいた木箱に入れる。
「頼もしい限りだよ。じゃあ、大きいミミズよりも小さめのを捕まえてくれる? あんまり大きいのはテナガエビの餌には不向きだからさ」
「りょーかい」
雨降る雑木林の中、傘を差して屈んで何かを探すあたしたち二人を、通り掛かった人が不思議そうに眺めていた。
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