ウキウキ雨期
とうとうやってきてしまった。暦は六月。つまりは梅雨、こちらで言う雨期だ。
曇りがちな天気が続くなと思っていたら、ここ三日ほどは雨続き。釣りには出掛けていない。ずっと部屋に引き籠もっていると頭からキノコでも生えてきそうだから、道具の調整って名目でアサカさんの工房へ行ってみることにした。
「おお、ミコっちゃん。いらっしゃい。一人か? 珍しいやん」
「ユフィはスクールに出す課題で忙しいとか」
夏休み前のテスト、みたいな感じかな? そもそも夏休みがあるのか知らんけど。
「そうなんや? まあ、この天気やし、遊びにも行かれへんからちょうどええんちゃう?」
「あたしとして釣りに行きたくてうずうずしてるんですけどね」
「そ、そうなん!?」
「まあ、あたしが知ってる雨期とフィーリアの雨期が一致しているかはわからないんですけど、雨期は魚によっては活性化する季節でもあるんです」
五月は晴れ間も多くてぽかぽか陽気の、人間にとっては過ごしやすい時期だ。けど、魚にとってはそこまでじゃなくて、天気がいいと鳥なんかの外敵に見付かりやすいから物陰に隠れていることが多い。
けど、六月は曇りの日が多いから、魚も快適に泳ぎ回るんだ。しかも、晴れの日が多い五月と謂えど、六月の方が水温は確実に上がってる。暖かい方が動きやすいよね、人間も魚も。
「じゃあ、釣りしに行ったらええやん」
「ユフィが勉強してるのに、あたしだけが釣りに行くのもなぁーって……。てか、課題そっちのけで付いて来そうだし……」
そうなった場合、ネリスタさんに怒られそうだ。それを察してくれたのか、アサカさんは「ああ……」とだけ呟くのだった。
「それで、課題を頑張ったご褒美にユフィ専用の釣り具セットをプレゼントしようかなって考えてまして」
「おお、ええやん」
「それで相談なんですけど、こう言うケースって作れたりします?」
あたしが取り出したのはルアーとか、釣り針や錘なんかを入れているクリアケースだ。釣り具メーカーからも出ているけど、あたしが使っているのは百均の収納ケースだ。
「あたしのは、こうやって仕切りを自由に変えたりできるタイプのものなんですけど、そこは固定でも全然構わないんですけど……」
さすがにプラスチック製品は無理だよな……。木製だと耐久性に問題がありそうだし、金属製ってなると重さがな……。
「作れるよ。こんなんやろ?」
と言って取り出したのは、あたしが持っているものより少し大きめのクリアケースだった。
「ええっ! 何で!? 作ったんですか、これ!?」
「いや、これは他の街のギルドで作られたもんや。キーナがこの前仕事で運んだ荷物におもろいもんがあった、って言うて買ってきてくれてん」
「こ、これ、何でできてるんです?」
「フィーリアでは採られへんねんけど〈ナバーリュ〉って言う木の樹液を固めたもんやな。型取ってそれに流し込んで、仕切りの部分は後から溶接してあるんやろ」
触らせてもらうと普通に硬くて丈夫そうだ。ちょっとだけ重い気もしないでもないけど、些細な範囲だ。
「アサカさんのギルドで作るのは難しいですか?」
「大量生産ってなると難しいな。材料が足らん。けど、それも解決は簡単や。ロイド様にナバーリュの流通量を増やしてもろたらええだけやから」
「そんなすぐにオッケー出ますかね?」
「出る出る。てか、こう言うケースは小物入れに便利やから、もっと作りたかってん。それで、前々からナバーリュ増やしてくれって言うてあんねん。今回、ミコっちゃんの釣りギルドも声を上げてくれたから、優先度は一気に高なるはずや」
へっへっへ、とアサカさんは嬉しそうに笑う。
「とりあえず、今ある材料で一個は作れるから、それをユフィ様のプレゼント用にしたらええよ」
「ありがとうございます、アサカさん! あと、急ぎではないんですけど、前にアサカさん作った延べ竿あるじゃないですか。あれをもっと短くって可能ですか?」
「短く? 具体的には?」
「一・五メートルくらいですね。造りはほんとシンプルなもので大丈夫です」
「うーん……それやったら竹をちょっと加工すればできるかな。けど、そんな短い竿作ってどないするん?」
「釣りギルドにシルキーが入ったじゃないですか」
「ああー」
そう。あの食事会で大いに慕われてしまったお蔭で、シルキーは釣りギルドのメンバーになることとなった。これにはユフィはどこか不満気だったけど、釣りの先輩として面倒を見てあげてほしい、と言うと少し満更でもない様子に変わっていた。
ただ、シルキーもユフィと同じく課題に追われている身。今のところ、シルキーの初ギルド活動はお預けとなっている。
「それで、まずはシンプルなロッドで、お手軽に楽しめる釣りから始めようかなって思いまして。魚への耐性もまだ低いと思うし、小さなターゲットの方がいいかなって」
「それはそうかもな。ミコっちゃんとユフィ様の分も作った方がええんよね?」
「できれば、ですけど……」
「シンプルなもんでええなら余裕や。何ならうちとキーナの分も作って参戦したるわ」
「いいですね! みんな揃って釣りするの、楽しそうです!」
そこでアサカさんが、せや、とぽつりと呟いた。
「キーナが言うてたんやけどな、夏くらいになったらみんなでキャンプせえへんかって」
「きゃ、キャンプですか!? えっ、あたしやってみたかったんです! この辺にキャンプ場ってあるんですか!?」
「キャンプ場って言うか、山の方に貴族様御用達の避暑地があんのよ。そこには湖があるんやけど、もしかしたらそこでも釣りできるんちゃうかって」
「湖なら釣りは全然できますよ! 海の魚とは全然違う魚が釣れます!」
「ミコっちゃん、テンション爆上がりやん」
笑われてしまったけど、興奮しているのは事実だから仕方ない。だって、釣りキャンプはちょっとした夢、憧れだったんだから。
「キーナさんってキャンプするんですか?」
「キャンプって言うか、野営やな。狩猟ギルドの手伝いで何度も経験あるみたいやで。うちも数回やけど、馬で遠出した時に野営したことはあるよ」
見掛けに寄らず、二人とも結構ワイルドなんだな……。
けど、アサカさんとキーナさんの大人二人が同伴で、場所も貴族御用達の避暑地って言うなら、親の許可もすぐ下りそうだ。
夏の釣りキャンプ女子会、か……。どうしよう……!? 楽しみすぎるんだけど……!
「まだ先の話にはなるけど、今からちゃんと計画立てていかんとね。貴族のご令嬢が二人もおるんやし」
「アサカさんって意外と真面目なんですね」
「意外とは余計やっ」
コツンと頭を小突かれた。
「ほんなら、ケースと竿の依頼は承ったで。依頼料は出来上がってからでええよ」
「了解です」
アサカさんの工房を出ると、雨が少しだけ弱まっているような気がした。予報だと今日は一日中雨。この先も降ったり止んだりの天気らしい。
憂鬱な空の下、あたしはスキップしたくなる気持ちを抑えつつ、市場へと向かった。
「課題終わったー!」
そんな雄叫びを上げながら、ユフィが部屋から飛び出したのは四日後のことだった。
「お疲れ様、ユフィ」
その日も生憎の天気だったけど、そんなの帳消しにするくらいの笑顔が見れたらいいなと願いながら、あたしは後ろに隠していたものをユフィに差し出した。
「はい。これ、あたしからのプレゼントだよ。課題、頑張ったご褒美に」
「えっ! ええっ!? これって……!」
「ユフィ専用の釣り具ケースだよ。ケースはアサカさんに作ってもらったんだけどね。でも、中身の小物やちょっとしたルアーなんかは、あたしが選んだものだよ」
さすがアサカさん、仕事が早い。依頼しておいた品を受け取ったのは昨日のことだった。
「も、貰っていいの……?」
「貰ってくれないとプレゼントなんないじゃん」
「ありがとー、ミコトっ!」
抱き付いてきたユフィの頭をそっと撫でていると、窓を叩く雨音がどこか遠くに行っているような、そんな気がした。
「あともう一つ」
「ま、まだあるの!?」
「これはプレゼントって言うか、あたし自身もほしかったもので、何とメンバー全員分作ってもらったんだけど……」
じゃーん、と取り出す二本のロッド。とりあえず、あたし用とユフィ用の二本を受け取ったんだ。
「み、短い竿だね……。今度は小さい魚を狙うの?」
「それもありなんだけど、今回は魚がターゲットじゃないよぉ」
「釣りなのに魚を釣らないの!?」
満を持して、と言えるかはちょっと微妙だ。カニとかフナムシとかクラゲとか、魚じゃない海の生き物を通ってはきているからね。
ただ、それを釣るのは初の試みだ。
「次のターゲットはエビだよ」
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