釣り上げちゃった!?
シルキー様の許へ歩み寄ったあたしは、何も言わずに茶碗を取り、ご飯を装い、そっと目の前に置いてあげた。そんなあたしを、シルキー様はぽかんと見上げている。
「最初の一口で思わず、ぽろっと『美味しい』って言っちゃうんじゃないかって、実は期待していたんです。でも、言わせられなかった。あたしはシルキー様と勝負してたわけじゃないです。あなたに『美味しい』と一言、言ってもらいたかっただけ。だから単純に、あたしの力不足だったってことです」
「えっ、いや、あれは別に……」
「だからもう、あれこれ考えないで食べて下さい。料理を、魚を楽しんで下さい。それだけであたしは満足なので」
「……釣りギルドがなくなっても?」
「それはもちろん悲しいですけど、ギルドがなくても釣りはできますから」
そうだ。せっかくこうやって近くにいるんだし、もう少し踏み込んでもいいんじゃないかな。
そう思ったあたしは、シルキー様の耳許にそっと口を寄せて、小声で囁いた。
「もしまたカマスが釣れたら、クライブ様には内緒で持ってきて、食べさせてあげるよ。シルキーの好きな料理をね」
フレンドリーに接すれば少しは何か変わらないかな、とか安易に考えていたんだけど、局面は大きく変わり始めようとしていた。
シルキー様は急に顔を伏せ、両拳を膝の上に乗せて、ぷるぷる震わせている。
さすがにタメ口、呼び捨ては不味ったか!? 怒らせちゃった!?
「……――です」
焦っていたあたしにはよく聞こえなかったんだけど、シルキー様が何かを呟いたのだけはわかった。
「嘘です! ごめんなさい!」
えっ?
「う、嘘じゃないと言うか……不味くないのは本当ですわ!? けど、意地を張って、美味しいとは言えなかった……。言ったら、私が負けてしまうような気がして……」
普段は領主の娘として大人ぶった振る舞いをしていたのかも知れない。今のシルキー様は、肩を窄めて恥ずかしそうに話す姿は、普通のどこにでもいる女の子だった。
「でも、あなたは私と勝負しているつもりはない、と……。端から勝ち負けなんてなかったのに、意地を張っていた自分が情けなく思えて……」
ただ、こう言う時、どんな言葉を掛けてあげればいいのか。あたしにはちょっと難しい問題だった。それを見抜いてくれたのか、クライブ様が少し大きな咳払いをした。
「シルキー、自分を貫くと言うのは大切なことだ。しかしそれは、一歩間違えれば我が儘となる。他人の意見を聞かず、ただ独断で突っ走るのは我が儘だ。だが、自分を貫く者は他者の意見を聞き、時に取り入れ、それすらも己のものとして貫くのだ」
おお……! さすが領主様! 凄い、いいこと言ってる気がする! 三年B組っぽい! ビール片手なのが気になるけど!
「お前はほんの少し前まで、単なる我が儘娘だった。だが今、ミコトの言葉を聞いて気付けたのではないか?」
「……そう、なのかも知れません。でもまだ、貫きたい自分、と言うものがあまりよくわかっていない気がします」
「では、一つずつ乗り越えていけばいい。まずは、お前自身が言い出したことに責任を持つのだ。釣りギルドへの罰はどうする?」
ふぅー、と大きく息を吐いたシルキー様は、あたしの方へと体を向き直して、真っ直ぐにあたしの目を見て言うのだった。
「釣りギルドに罰を与えますわ!」
あたしも姿勢を正して、真っ直ぐに彼女の瞳を見返した。
「もっと私に魚のことを教えて下さい! もし叶うのであれば、私も釣りと言うものをしてみたいですわ!」
「その罰、受け入れます、シルキー様」
「あと、私のことは『シルキー』と呼ぶこと!」
「は、はあ……」
「その代わり、私は『ミコ姉』と呼びます!」
「み、みこねえ……?」
「ミコ姉はこれから私のお姉様ですわ!」
とか意味不明なことを言いながら、食事の席だって言うのにシルキー様は立ち上がり、あたしの許へ駆け寄って抱き付くのだった。
「ええっ!? ちょっとシルキー様……!」
「ダメですわ、ミコ姉。私のことは『シルキー』とお呼び下さい」
な、何だろ!? 今まで遠目に見ていたから気付かなかったんだろうか。近くで見るとこの子、年下のくせにあたしより色気があるような気がする……!
「ちょ、ちょっと待てーい!」
「な、何ですの、ユフィ!? 邪魔をしないで!」
ちょっと時代劇っぽい声を上げながら、今度はユフィがあたしの腰辺りに突進してくる。あたしは今、貴族のご令嬢に前後からサンドされている、不可解な状況に陥ってしまった。
「ミコトは私のお姉さんですっ!」
「だから、罰として私のお姉様になって頂くのよ」
「罰はギルドが対象であって、ミコト個人に与えるものではないと思います!」
「こ、細かいことをぐちぐちと……!」
「細かいことを守れないようなお人が、領主様の娘様なのですかぁ?」
おーい、やめよ? 一旦離れようか、二人とも? あたしの願望としては、どっちもあたしの妹にしたいんだけど……そんなこと言うとガチで引かれそうだから言わないけど。
「おぉ……シルキーがあのように子供のような振る舞いをするのは、いつぶりだろうか」
「ミコトに心を開いたのでしょうね。彼女には不思議な魅力がありますから」
「……ミコトをうちにくれ」
「ダメです。ミコトは私の娘です」
「シルキーの姉になったのなら、私の娘でもあるだろう!」
「まだなってません! ミコトはユフィの姉ですっ!」
父親二人も何言ってんだ……? 酔いに任せて好き放題言ってくれて……。
「ミコ姉の妹には私が相応しいですわ! ミコト・ジルクニフ。とても響きがいいじゃない?」
「そんなことない! ミコト・スタインウェイ、こっちの方が似合ってます!」
険悪ムードの二人だけど、容姿が可愛らしいだけに、ハムスターが喧嘩してるみたいに見えてしまうのはあたしだけだろうか。
「はいはい、ストップ。あたしは魚や釣りを教える立場としては、両方のお姉ちゃんってことになる。でもね、あたしはミコト・ハマナなの。あたしにとって『波満奈』って名前はとても大事な、消したくはない名前なの。どんな形でもいいから、後世に残したいものなんだ。だから、その名前だけは貴族だろうが王様だろうが神様だろうが、絶対に譲ったりはしないよ」
このことは本当に、誰にも話したことはない。釣りが好きってことは、ぽろっと誰かに話してしまうことはあった。でも、この決意は想いとしてぼんやりとあったことで、言葉にすることすら初めてだった。
だからだろうか。あたしの決意にユフィとシルキーは傍を離れ、何だか遠い目であたしを見上げているような気がした。
「と、とにかく、あたしは釣りギルドのギルマス、ミコト・ハマナとしてこれからも魚を釣って料理していく。シルキー、それでいい?」
「もちろんですわ!」
「だから、ミコトにいちいち抱き付かないないで!」
あたしを取り合ってくれるのは悪い気分じゃないんだけど、それを肴にお酒を飲んでいる父親二人はマジでぶん殴りたかった。
「ねえ、ミコ姉? もう干物はないのでしょうか?」
「まだあるよ?」
「あ、あの、できれば味醂干しをまた食べたいのですが……」
「いいよ、焼いてあげる。シルキーは結構ガッツリ系だね……。だったら、あれとかも……」
「もっと美味しい料理があるのですか!? 是非、頂きたいです!」
どうやらあたしはまた、大物を釣り上げてしまったらしい。
ランディングには手間取ったけど、グッドサイズ、グッドコンディションの大物だ。
釣り好きが高じて、あたしはまた異世界貴族のご令嬢を釣り上げてしまったようだ。
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