幕上がる食事会
「頑張るんやで、ミコっちゃん、ユフィ様!」
「いい報せを待ってるわ」
昨晩、屋敷に泊まっていたアサカさんとキーナさんにエールを貰い、あたしはユフィとロイドさんと馬車に乗り込んだ。
確かに緊張はしている。けど、こうやって領主様に会いに行くのは二度目。だからか、個人的には適度な緊張感だな、と思っていた。
屋敷に到着するとたくさんの使用人やメイドさんに出迎えられ、あたしはキッチンへ。ユフィとロイドさんは前と同じく、領主様に挨拶へと向かった。
「ハマナ様、七輪はこちらでよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
「炭は職人ギルドより、最高級のものを用意させました」
「あ、ありがとうございます」
あたしの世界で言う備長炭、みたいなものかな……。正直、炭の良し悪しまではよくわからんよ……。
そう言えば、このメイドさんは前も手伝ってくれた人たちの一人だ。顔に見覚えがある。四十代くらいかな。他のメイドさんに比べると年配のように見えるから、メイド長、みたいな感じなんだろうか。
「お嬢様は食にうるさい……いえ、我が儘ですよ」
「えっ……?」
いきなり何だろう……?
事務的な、仕事のことしか話してこないだろうと思っていたから、こんな風に世間話でもするように切り出してこられたから少し驚いた。
「私はシルキー様が幼少期の頃から、お食事の面倒を見させてもらっていました。だから、よく知っているのです。それはそれは、好き嫌いの激しい子、だと」
「何か、ちょっと想像できます……」
「よく食べたもの、残したもの。それを毎日チェックして、味付けも毎日のように試行錯誤しました。その努力もあって、今はほとんど残さずお召し上がりになって下さいます」
「は、はあ……」
この人、何が言いたいのかな? 努力自慢?
「ですので私は最初、魚なんてものをお嬢様に食べさせるなど反対だったのです」
「……今、何て? 魚なんてもの、って聞こえたんだけど?」
自慢話なんかじゃないじゃん! 喧嘩売ってきたよ、この人!
「ふふっ」
こっちは目に力を入れて睨んでいるって言うのに、このメイドさんはどこか満足気に笑うのだった。
「失礼致しました。わざとハマナ様の琴線に触れるような言葉を使いました。申し訳ありません」
「い、いえ、それは別に……」
「私は最初、反対していただけで今は賛成しています。それはハマナ様の矜持、プライドを垣間見たからです。クライブ様への料理を熱心に作り、シルキー様の魚を卑下するような言葉に怒りを露わにされた。食べさせる相手に『美味しい』と言わせたい。その心が見て取れた時、私と同じだと思ったのです」
「美味しいって言ってもらいたい……。確かにそれは同じです」
「はい。食材はどうあれ、お嬢様を食で満たしたいと思う気持ちは同じ。なので、今はハマナ様を応援しています」
まさか、こんなところで仲間ができるとは!
あたしは思わず、そのメイドさんの手を握り締めていた。
「あと、そろそろ食の我が儘を克服してもらおうかと。魚が食べられたのなら、他のものも食べられるはずです。領主の娘ですからね。苦手なものの克服、もしそれを出された時の対応力。それを身に付けてもらわなければ」
……仲間か、この人? あたしの挑戦を餌に、シルキーお嬢様の偏食を治そうとしてないか?
「ち、ちなみにシルキー様はどんなものがお好きなんですか?」
「そうですね……。比較的、味の濃いものがお好きですね。あと、辛いものはお好きですが苦手でもあるようです。自分で辛くした結果、食べられないと言うことがよくありました」
それはちょっとわかる。あたしも牛丼に七味掛けすぎて後悔したことは何度もあるしね。
「あとはクセの強い野菜はお嫌いですね」
パクチーとかセロリとかかな? あたしも苦手だから、料理で使うことなんてほぼないけど。
「ありがとうございます。参考になりました」
「どういたしまして。あの、ハマナ様。もしよろしければ、いつか私にも魚の料理の仕方を教えてくれませんか?」
少し照れ臭そうに微笑むメイドさんに、思わずあたしも笑みが零れてしまった。
「はい! もちろん!」
最後に会釈をして、メイドさんはキッチンを後にした。今からここで教えても良かったんだけど、メイドさんにも別の仕事があるんだろう。
あたしも自分の仕事に取り掛かりますか。
とは言っても、今日は刺身も焼き物もみんなの前で調理するから、作っておくものは煮物くらいなんだけどね。その煮物もいつもとほぼ一緒。酒と味醂を沸騰させて、醤油と砂糖で味を調える。濃い味付けが好みって聞いたから、今回は甘めにしておこう。
あたしが自分で食べる場合、カマスはぶつ切りにして骨ごと煮付ける。けど、今回は魚を食べるのが初めての人に振る舞うものだ。骨を取るって言う、煩わしい作業は極力省きたい。だから、丁寧におろして骨を取った切り身を使っている。
もちろん、骨だって食べられるし、骨を外すのも含め、魚の醍醐味だってことはわかってる。けど、そんなのはゆっくり、後から知ればいいじゃん。まずは食べてもらうこと。
そして、煮付ける際には生姜を多めに投入。皮ごとスライスした生姜がいいね。なければチューブの生姜でも全然いい。実家じゃ、そうしてることが多かった。
今回は切り身だから味はすぐに入る。あんまり煮詰めると身が崩れちゃうしね。お皿に盛り付けたら、更に針生姜を乗せて完成だ。
針生姜って言うのは生姜の千切りのことだね。それを十分くらい水に漬けておいたもの。水を絞って料理の上に乗せると、ネギやミョウガなんかと同じ薬味、ちょっとしたアクセントとして使えるんだ。
「刺身用の皿の準備もオッケー。七輪と炭もオッケー。よし……」
最終確認をしてから、あたしはぱんっと自分の両頬を叩いた。典型的な気合いの入れ方かもだけど、何でかそうせずにはいられなかった。
大きく息を吐いて、みんなが待つ広間へと向かう。
「おお、待っていたぞ、ミコト」
テーブルを挟んで正面にはクライブ様。あたしから見て右手にシルキー様、それと向かい合うようにスタインウェイ親子が座っていた。
「今回はどんな魚を料理してくれたのだ?」
「今回はカマス、と言う魚です。群れを作って回遊する魚で、フィーリア近海にも数多くの群れが入っていると思われます。一度にたくさん釣れるので、水産資源としてはかなり有益な魚です」
ちょっと頭の良さそうな、カッコ付けた言い方しちゃったけど、一応はギルド活動、お仕事なんだから、きちっと報告しておかないと。
「そんなたくさんいるカマスの中でも、ワンランク上のアラハダと言うカマスが釣れたので、まずはそちらから召し上がって頂こうと思います」
「ほぉ、アラハダか……」
本当の名前はアカカマス。けど、偏った自分よがりな想いかもしれないけど……ここは慣れ親しんだ名前をこの世界に広めたい。
「では、カマスの焼き霜造りから」
皮を残しておいた切り身に、鉄の串を打つ。皮目の方に軽く塩を振って、それを火の付いた炭の上へ。まずは皮目の方から炙る。感覚的にはウナギの蒲焼みたいな感じかな。
「ええっ!? い、今ここで調理するの、あなた!? 完成したものを持ってくるべきじゃないかしら! 不完全なものを持ってくるなんて、料理人としてどうなの!?」
「料理は舌ではもちろんですが、目でも楽しむものだとあたしは思ってます」
フランベもその一つだと思う。鉄板料理とかでよくあるよね。焼いてる食材にお酒を掛けて、ぼうっと火を上げさせるやつ。あれは香り付けの意味があるんだけど、それをお客さんの目の前でやって、楽しんでもらうって意味もあると思うんだ。
皮目の方は二十秒くらい、反対側の身の部分は二、三秒ってところで十分だ。焼き魚じゃないから、炙りすぎには注意しないと。滴る脂が炭に落ちて「じゅっ」と鳴り、少し煙を上げる。これによって炭の香りも付けるってわけだ。
「炙ったら氷水に入れるのが一般的ではあるんですが、それだとせっかくの旨味が流れ落ちてしまいます。だから、今日はこのまま切って盛り付けていきますね」
切り方も普通の刺身サイズでもいいんだけど、今回は少し大きめ、一口サイズくらい切っていこう。その方がアラハダの味をより深く楽しめるだろうからね。
お皿には大根のツマに大葉を立てて、そこにカマスを並べていく。カットしたレモン、ワサビを添えて完成だ。
「カマスの焼き霜造りです。ワサビ醤油もいいですし、レモンを絞って食べても爽やかで美味しいですよ」
一気に全員分は作れないから、まずは領主様の許へ運ばれ、次にシルキー様、ロイドさん、ユフィと続いた。クライブ様は待ちきれなかったのか、みんなの許へ行き渡る前に食べてしまい、
「んんっー!」
と、早くも悶絶のご様子。そんな父の様子を、シルキー様は目を丸くさせて眺めていた。
「美味いっ! 皮の香ばしさ、程良い脂の甘み、仄かに香る炭の匂い。それが絶妙なバランスを保っていて実に美味い! 普通の、生の刺身とはまた違った味わいだ!」
ようやくロイドさんとユフィの許にも運ばれ、すぐさま口へと運ぶ。
「おぉー……! アラハダは他の魚とはまた違った味がするな。クセはほとんどなく、前に食べたマダイに似ていなくもないか……?」
「身は結構柔らかいね。レア焼きになっているから、とてもジューシーだよぉ。ほんのり塩味がするから、レモンだけでも全然いけちゃうね」
みんなが食べる様子を窺ったまま、シルキー様の箸は未だに動かない。そりゃ、勇気がいることだってのはわかる。でも、食べてもらわないことには始まらないんだよな。
ようやく心の準備ができたのか。もしかしたら同い年のユフィが怖がることなく、バクバク食べているから、それの対抗心もあるのかも知れない。箸で一切れ摘み、醤油にそっと付けて、口へと運んだ。
「……っ! さ、魚ってこんな味ですの……?」
「いかがですか、シルキー様?」
「べ、別にっ!? 不味くはないですわ!」
美味しい、とは言わないか。まあ、こうなることは予想してたけど。
「では、次の料理を作っていきますね。今度はカマスの干物。それを二種類用意します」
干物も焼きすぎには注意だ。せっかく濃縮させた旨味が消えていっちゃうからね。
いい炭だからかな? 火力が強い気がする。焦がすと苦みになっちゃうから、細心の注意を払って、と……。
「カマスの一夜干しと味醂干しです。これは何も付けずに、そのままどうぞ。シルキー様、一夜干しの方には魚の背骨が残ったままなので、注意して食べて下さいね」
「骨が残ったままですって? 野蛮な食べ物ですわね、まったく……!」
野蛮、か? フライドチキンとか手羽先とかスペアリブとかはどうなのよ? こっちにそんな食べ物はないのか?
ぶつぶつ文句を言いながらも、シルキー様は一先ず一夜干しへと箸を伸ばす。
「くっ……! これは干物……! 所詮、保存食ですわ……!」
と、小さく呟きながら今度は味醂干しへ。
「ぬぅ……! こ、こんな干からびたもの、貴族が食べるものでは……!」
何かを堪えるように、何かを我慢するように、シルキー様はそれでも箸を進める。
はぁー……。いい加減、認めちゃえばいいのに。そうしたら楽になれるんだ。周りを見てみなよ。クライブ様とロイドさんはいつの間にか酒を飲んでいるし、ユフィはいつの間にかお茶椀片手だよ。
「ミコト! 言ってた通り、味醂干しはご飯のお供に最高だよ!」
「それだけではない! 酒の共にも最高だ! なあ、ロイド!?」
「ええ、全くです! この絶妙な塩加減でビールが進みます!」
あーあー、ここの人たちはすぐ酒に走っちゃうよね。まあ、喜んでくれるのは嬉しいんだけどさ。
ふと、メイドさんの列を眺めると、あのメイド長らしき女の人もいて、あたしと目が合うと苦笑いを浮かべていた。
「では、最後に煮物をどうぞ。カマスの甘辛煮です。骨の処理はしっかりしているので、そのままバクっと一口でいっちゃって下さい」
味はしっかり入っているけど、もう一度煮汁に浸してから食べるのもありだ。
「これはっ……!」
かっと目を見開いた三人のスピードが上がる。何のスピードかって? お酒を飲む速度と、白米を掻き込む速度だ。
「この甘じょっぱさは最高だよー!」
シルキー様の好みに合わせてはみたけど、比較的フィーリアの人って濃い味付けが好きなような気がする。ユフィのお屋敷のメイドさんが作ってくれる料理は結構そう言うのが多い。
だから、あたしの感覚、味覚とも相性はいいんだと思う。お祖母ちゃんの料理で育ったあたしには、ね。
お祖母ちゃんちの地方の郷土料理で「手こね寿司」ってものがあるんだけど……わかりやすく言えば、ちらし寿司みたいなもんだ。けどこれ、酢飯がめちゃくちゃ甘い。ほんと、お菓子か!? ってくらいに甘いんだ。
特にお祖母ちゃんの手こね寿司は甘かったと、近所では評判になっていたとか。
「シルキー様、お茶椀が空っぽですけど、おかわりはどうですか?」
「そ、そんなもの……! そんなの……!」
茶碗を持つ手がピクピク震えている。この子の中の天使と悪魔が葛藤しているんだろうか。そう思うと、何だか可愛く見えてしまう。
あたしは人付き合いって得意じゃなかった。ユフィもそう。きっと、この子も。だけど、あたしとユフィは仲良くなれた。だから、似たようなタイプのこの子とも、きっと仲良くなれるはずだ。
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