決戦の前に
ちょっとした騒動があったけど、無事にカマスを干せそうだ。
屋敷に戻ったあたしたちは干物作りを再開させた。本当は塩水に漬けている間にカマスで別の料理を作って、手伝ってくれたアサカさんとキーナさんを労いたかったんだけど、今日はちょっと無理そうだ。
なので、今日の晩ご飯はメイドさんに任せておいた。
「頭が付いた開きは水気をよく拭き取って、どんどん干し網に並べていって下さい」
「了解や」
普通の干物はアサカさんとキーナさんに任せ、あたしはもう一つの干物に取り掛かる。
頭を取って腹開きにしたカマスを、今度は味醂と醤油を混ぜたタレの中に漬け込むんだ。この漬けダレの割合は好みでいいと思う。一対一でもいいし、あたしの場合は味醂が二に対して醤油は一だ。
最後に白ゴマを入れて、冷蔵庫で寝かせておく。干すのは明日の早朝くらいかな。
「これが違うタイプの干物なんだね?」
「そう。カマスの味醂干しだよ」
「へぇー! どんな味がするのか、今から楽しみだよ!」
「ご飯が進むからね。楽しみにしてて」
干物の準備はこれで大方済んだ。三枚におろした方もキッチンペーパーに包んで、しっかり冷蔵保管してある。
あとは明日の昼、勝負の日を待つだけってわけか。
「ミコト、シルキー様にどんな料理を出すのか教えてくれないか?」
晩ご飯の後、あたしとユフィはロイドさんに呼ばれて自室にいた。アサカさんとキーナさんはネリスタさんと「お楽しみ」みたいだ。
「やっぱり最初は刺身から、といきたいところなんですけど、いきなり生ものってハードルが高いかなって思ってまして。領主様とかロイドさんみたいに、ある程度の大人に振る舞うなら、こちらの意図も察してくれるとは思うんですけど、めちゃくちゃ警戒してこっちを敵視してるシルキー様にそれは難しいかな、と……」
「ああ、その推察には私も同意見だ」
「だから、最初はちょっとパフォーマンス的な要素を取り入れて、焼き霜造りにしようと思います」
「や、やきし……な、何だ、それは?」
「焼き霜造り。皮の付いた身を火で炙って、それを刺身にする料理です。炙る工程を目の前で披露して、料理が完成するところを間近で見てもらおうかな、と」
感覚的には前のサバすきみたいな感じかな。
「おおー、いいんじゃないかな。私はミコトのお蔭で料理しているところを見るようになったけど、今まで料理になんて関心なかったもん。シルキー様もそうだと思うから、目の前で料理するのはいいと思う」
同年代で同じような立場のユフィが言うんだ。これ以上、心強いことはないよね。
「炭を使って炙ることを考えたら、そのまま焼き物にいった方が効率もいいので、ここで干物を出します。干物は二種類用意していて、一般的な一夜干しと味付けして干した味醂干しです」
「おおっ、また新しい干物が食べられるのか。楽しみだな」
「最後は煮物ですね。シルキー様の味の好みがわからないので、比較的一般的な味付けにしようかと。けど、ご飯に合う味付けだと思います」
そうか、とロイドさんは満足そうに頷いた。料理の内容、出し方や見せ方に問題はなさそうってことか。問題があるとすれば、やっぱりシルキー様の性格、かな。
「ロイドさん、シルキー様はユフィがギルド発足メンバーの一人ってことに嫉妬しているような感じでしたけど、その感覚って合ってます?」
「間違いではないな。ミコトやユフィのような年でギルドの看板を掲げる者は数少ない。しかも、それが既存のギルドではなく、全く新しいギルドとなれば異例なことだ。生まれては潰れ、また生まれては潰れる厳しい世界ではあるが、一旗揚げたことだけでも称賛に値するからな」
「だったら、シルキー様もギルドを起ち上げてみれば……って、無理か」
「ああ、無理ではないが難しい。親が領主なのだからな」
シルキー様が本当に頑張って、実力でギルドを設立させたとしても、世間は親の力だと決め付け、陰口を叩くに決まってる。だから、クライブ様も娘のギルド発足をそう易々とは受け入れられないはずだ。
多分、他の人の何十倍、何百倍と努力して、尚且つそれを世間に認めさせないと無理な話なんだろう。
生まれた環境がいいせいで、できないこともあるってことか……。そんなの、考えたことなかったな……。
「ギルドで言えば、先程の騒動で釣りギルドの活躍が街で噂になっているようだぞ」
「そ、そうなんですか!?」
「当然だ。今まで誰も、透明な悪魔の正体を暴くことができなかったんだ。しかもミコトは、その正体を暴いただけでなく、対処法まで知っていたのだからな」
「ただ魚を釣って食べる、だけが釣りギルドじゃないですからね。海や川の生物の危険性も正しく布教していくのも活動の一つです」
「クラゲの仲間、カツオノエボシと言ったか……。他にもクラゲには危険な仲間がいるのか?」
「あたしが知っている限りでは、カツオノエボシが一番危ないです。命を落とす危険性がある。他のクラゲは……軽く言うつもりはないですけど、譬えるなら虫刺され程度の毒を持っているものはたくさんいます」
「他にはどうだ? 今回、浜に打ち上がったカツオノエボシの死骸に触れたことで被害が出た。つまり、海の生物は陸の上でも我々の危険にも繋がると言うことだろう? 海に入らなければ安全。そうとは言いきれない」
「正にその通りです! 例えば、イモガイって言う貝がいるんですけど、こいつは毒矢を吹き出す、危険な貝なんです」
「ど、毒矢だと!?」
「はい。見た目が綺麗な貝なので……―—」
そこから暫く、あたしはロイドさんとユフィに毒を持つ海の生き物について、知っているだけの知識を全部吐き出すのだった。
翌日の早朝、まだ陽も昇っていない時間にあたしは庭の干物の様子を見に行った。指で触って確認。うん、もう少し干しておこうかな。
お次に味醂干しの方も干していこう。タレをから取り出したカマスをタオルでよく拭いて、別の干物籠に並べていく。これはカマスが思いの外釣れたからもう一つほしいな、とボヤいていたら、アサカさんが「そんなんうちがちゃちゃっと作ったるやん」と言って、ほんとにすぐ作ってくれたものだ。
「絶好の釣り日和だけど……今日はやめとこう」
お昼には大切な食事会があるし、もしボウズだったら縁起が悪いし。あたしはぐーっと伸びをしてから、屋敷へと戻った。
「あれ、ユフィ?」
部屋に戻ろうと歩いていると、あたしの部屋の前にユフィが立っていた。どうやら、あたしに何か用があったみたいだ。
「どうしたの、こんな朝早くに?」
「もう起きてたんだ。さすが、ミコトは早起きだね」
「干物の様子を見に、ね。あっ、今日はさすがに釣りに行かないからね?」
「わ、わかってるよ。そうじゃなくて……。昨日まではそこまでじゃなかったんだけど、今になって緊張してきたと言うか……。いよいよシルキー様に魚を食べてもらうんだって思うと、ドキドキして目が覚めちゃったんだ」
そっか、と呟きながら、あたしはユフィを部屋へと促した。
「ミコト、またサビキの仕掛け作ってるの!?」
「そうだよ。前の釣りで結構ダメになったからね」
「で、でも……」
ギルドがなくなったら、これも必要なくなるんじゃないか。ユフィの顔はそう語っているように見えた。
「別に弱気になって言うわけじゃないけど、ギルドがなくたってあたしは釣りをしていたい。てか、釣りする。正直、カマスが釣れたのめちゃくちゃ嬉しいんだよ。あたしの大好きな魚だからね。だから、これからも釣ってやるのさ」
まだまだ釣ったことのない魚、作ったことのない料理はいっぱいある。あたしはそれを釣って、そして料理するんだ。
「仕掛け作り、良かったらユフィも手伝ってくれない?」
「うん、もちろん!」
何か作業に没頭していたら、緊張や不安も忘れるんじゃないだろうか。そう思ってユフィを誘ったんだけど、それは正解だったみたいだ。
あたしたちは、たまにお喋りをしながら、いつの間にか優しい朝の陽射しに包まれていた。
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